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手が届く”夢”のコンピューター「量子アニーリングマシン」とは

量子コンピューターは”夢のコンピューター”

量子コンピューターは”夢のコンピューター”

企業の“現実的な選択”が加速させる「量子アニーリングマシン」の実用へ

 今、量子コンピューターが大きな注目を集めている。量子コンピューターとは、従来のコンピューターでは長い時間がかかる計算も瞬時に処理できる“夢のコンピューター”だ。実用化されると、公開鍵の暗号が解読される可能性が大きくなるなど、情報社会が根底からくつがえされてしまうとも言われてきた。昨年(2017年)、カナダのD-Wave社が量子コンピューター「D-Wave 2000Q」を発売して大きな話題を呼んだ。しかし幸か不幸か今のところそれによって世の中がくつがえされるような出来事が起きた気配はない。

 実は「量子コンピューター」といっても、2つの方式がある。まさに理想の量子コンピューターと、ある程度妥協した実用的な量子コンピューターだ。

量子アニーリングマシンでは、量子重ね合わせ状態を利用し、同時に全ての組み合わせにおける演算を実行する(NEC資料より)

量子アニーリングマシンでは、量子重ね合わせ状態を利用し、同時に全ての組み合わせにおける演算を実行する(NEC資料より)

 前者が1980年代に考案され、現在も実現にむけて研究が続けられている「量子ゲート方式」というもの。冒頭に記した「世の中を変えてしまう」と言われている“夢のコンピューター”がこちらだ。もうひとつは「量子アニーリング方式」。これは(現状では)量子コンピューターと従来のコンピューターのハイブリッドのようなもので、たとえば超難解な暗号を解くことなどには適しない。このため、社会に与えるインパクトは量子ゲート方式ほどではない。D-Wave社が発売したのは、この量子アニーリング方式の量子コンピューターだ。「量子アニーリングマシン」と理解した方がいいだろう。

 量子アニーリングマシンの実用化も、その社会に与える影響は決して小さくはない。とくにAI(人工知能)関連の技術を飛躍的に向上させると大きな期待を集めており、グーグルでも自社開発が進められている。

 量子アニーリングマシンとはどのようなものか? 量子アニーリングマシンを2023年に実用化すると発表したNEC(日本電気)研究所の中村祐一氏と津村聡一氏に話を聞いた(※)。

※文中記載の組織名・所属・役職名などはすべて取材時点のものです。

* * *

―― まず量子コンピューターの「量子」について簡単に教えてください。

中村祐一氏(NEC システムプラットフォーム研究所長)

中村祐一氏(NEC システムプラットフォーム研究所長)

中村氏:量子はとても小さなもので、粒子と波の中間のような性質を持っています。なぜそうなるのかは今のところ誰も説明できません。この量子の中間のような状態をうまく使うのが量子コンピューターです。

―― 量子をどうコンピューターに使うのでしょう?

中村氏:今の計算機(コンピューター)は、「0」と「1」の2つの数字を使う2進法でいろいろな計算をしています。ですから、たとえば、違う数字を表そうとすると「1」と「0」の組み合わせを変えることになります。一方、量子コンピューターの場合は、量子のもつ中間状態、すなわち「0でもあり、1でもある」状態を利用します。これを「量子重ね合わせ状態」というのですが、「0でもあり、1でもある」状態をうまく使うと、たとえば従来の計算機だと「0」と「1」から成るいくつものパターンでの演算をたくさんやらないといけないところを、1回(一瞬)でできるという特長があります。

―― 量子コンピューターとは、従来のコンピューターが行っている計算を、ものすごく速く処理できるコンピューターだと。

中村氏:ざっくり言うとそうなります。量子コンピューターにできることは、「組み合わせ最適化問題」と「組み合わせ決定問題」を解くことに分類できます。

「組み合わせ最適化問題」とは、たくさんある組み合わせの中から、ある条件を満たす最適な組み合わせを見つけるというもの。たとえば、私が入社した頃、某テレビメーカーの依頼で、輸出するテレビを船になるべくたくさん積みたいので、その積み方を示すシステムを作ってほしいという依頼がありました。コストを低くしたり、アメリカで売れる14インチのものを100台積んだりといった条件がいくつかあるうえで、最適な組み合わせを決めていくわけです。こういった課題が組み合わせ最適化問題です。

もうひとつの「組み合わせ決定問題」とは、膨大な選択肢(組み合わせ)の中から全ての条件を完全に満たす解を求めるというもの。たとえば複雑な暗号を解くといったことですね。

津村聡一氏(NEC IoTデバイス研究所長)

津村聡一氏(NEC IoTデバイス研究所長)

津村氏:こうした問題を解くときの一番シンプルな方法は、全ての組み合わせを総当たりで試すことです。ところが従来のコンピューターはこうした計算が得意ではなく、たとえばインターネットやWiFi通信などで使われている暗号を総当たりで解こうとすると、天文学的な時間がかかってしまいます。しかし量子コンピューターは、全ての組み合わせを同時に試すことができるので、一瞬で解答を得られる可能性があるのです。

中村氏:ちなみに「組み合わせ決定問題」を解くときに使われるのが「量子ゲート方式」、組み合わせ最適化問題を解くときに使われるのが「量子アニーリング方式」の量子コンピューターです。

ある意味“妥協”がきく量子コンピューター

―― D-Wave社が「D-Wave 2000Q」を販売するなど、量子アニーリングマシンの開発が先に進んでいるように感じます。これはどうしてでしょう?

中村氏:量子コンピューターの、同時にたくさんの計算ができるという特長はいいのですが、残念ながら量子重ね合わせ状態は、外部からのノイズなどですぐに消えています。これが量子コンピューターの開発がなかなか進まない原因のひとつです。ところが量子アニーリング方式の方は、少し“妥協”がきくんですよ(笑)。

―― 妥協?

中村氏:暗号を解くなど、全ての条件を完全に満たす解を求めるときに使われる量子ゲート方式では、解を得るまで量子重ね合わせ状態を保たないといけません。そのため量子重ね合わせ状態の時間を長くする必要があります。

ところが量子アニーリング方式の場合は、ある程度まで量子重ね合わせ状態で解いて、残りは従来のコンピューターで解くという合わせ技が使えるんですね。なぜかというと、最適解ではなくとも、近似解でも許されるからです。たとえば、先ほどのテレビを船に積むような場合、もしかしたらあと50台積めたかもしれないけれど、そこそこ良い数を積むことができれば、十分に利益が出ることは多々あるからです。

また、たとえば、開発に数千万円ぐらいですむ量子アニーリング方式のコンピューターだと残りの50台の積み残しが出るかもしれない。しかし開発に1兆円かかる量子ゲート方式の量子コンピューターがあれば残りの50台をきちんと積める。でも、比べてみて、50台積み残しても十分利益が出るとなれば、数千万円の方式を使って、積み残しが出ても経済的にはいいわけですね。

―― 今後、量子アニーリングマシンの実用化がさらに進むとどうなるのでしょうか?

中村氏:ひとつはAIが今以上に賢くなると思います。AIが行うことの中に、最適な組み合わせを選ぶ作業はたくさんありますが、それを格段に速く処理できるようになるからです。たとえば需要予測であれば、スーパーの生野菜を仕入れるときに、どの野菜をどれくらい仕入れるのが最適かといったことを予測するのですが、その精度が上がり、結果がものすごく速くわかるようになります。

あるいは物流最適化にも役立ちます。たとえば荷物の配送時間を短くしたいときに、量子アニーリング方式の量子コンピューターであれば、最適な経路を瞬時で解くことができます。AIの混雑予測をもとに、刻一刻と変わる交通状況に合わせて最適な道順がわかるようになるのです。

津村氏: AIを使ったシステムの開発スピードも速くなると思います。研究(開発)者は、今でも、できるだけAIに最適化問題を速く解かせようとプログラムを工夫しています。ところが、量子ゲート方式の量子コンピューターが実用化されれば、プログラムで工夫しなくても高速に解くことができるため、AIを使ったシステムが世に出ていくスピードも速くなるというわけです。

“現実的な選択”で加速「量子アニーリングマシン」の実用化

―― NECでは1990年代に量子ゲート方式の量子コンピューターの研究開発に取り組んでいましたが一度ストップしています。それが今回、量子アニーリングマシンの開発に取り組んだのはなぜでしょう?

中村氏:可能性があるからです。量子ゲート方式の方は、実用化までにまだ多くの課題があり、ビジネス用途に使えるまであと数十年かかるといわれています。ですが、量子アニーリング方式の方は、1、2年では無理かもしれませんが、4,5年かければわれわれにも実用化できます。

津村氏:さらに量子アニーリング方式で解ける組み合わせ最適化問題は、AIがここまで浸透してくると、かなり重要なものになってきます。多くの人がそのことに気づきはじめたからこそ、量子アニーリングマシンの需要が高まってきているのだと思います。だったら企業としてやる意味はあるんじゃないかと考えたのです。

* * *

 NECでは、量子ゲート方式の量子コンピューターの開発で培った技術をベースに、従来の量子アニーリング方式の量子コンピューターとは桁違い(およそ1000倍)の時間、量子重ね合わせ状態を維持でき、さらに量子ビット間のつなぐ(全結合)ことで、大規模な問題を超高速で解けるものを開発するという。

 量子アニーリングマシンの開発が加速する裏には、量子ゲート方式のものに比べて汎用性では劣っても、経済性や利用目的を考えると十分であると判断した、企業のリアリティが見えてくる。AIの普及、さらなる機能向上への要求を背景に、それを実現する量子アニーリングマシンの実用化に向けての開発競争はさらに過熱していくだろう。

庄司健一 Written by
有限会社ガーデンシティ・プランニングにてライティングとディレクションを担当。ICT関連や街づくり関連をテーマにしたコンテンツ制作を中心に活動する。