「世界でもっとも先進的なAI(人工知能)医療技術を持つ」と、あの孫正義氏が絶賛した企業が中国にある。それがアプリ「平安好医生」を擁する平安健康インターネット株式有限公司だ。2015年のサービス開始から2年でユニコーン企業(評価額10億ドル以上の未上場企業)の仲間入りを果たした。その翌年にあたる今年、香港証券取引所に上場している。その直前には孫正義率いるビジョンファンドから4億ドルの融資を得るなど、中国のみならず世界の注目を集める新興メディテック(医療テクノロジー)企業である。
7月19日に東京で開催されたソフトバンクワールド2018に王濤董事長が登壇した。その席上、王董事長は平安好医生について次のように語っている。
「良質な医療リソースの不均等な配置は国際的な課題であり、中国の医療・ヘルスサービス業界における構造的難題の根源でした。『3時間行列して3分間の診察』という状況は今も変わりません。特にホームドクターは深刻に不足しています。この難題、同時に巨大なマーケットでもあるわけですが、これに対して平安好医生は『AIドクター+フルタイムの医療チーム+外部医療リソース』という独自モデルによって、全方位的な医療・ヘルスのエコシステムを構築し、難題克服の道を見つけ出しました」
病院の待ち時間の長さ、その根底にあるのは診療所に対する不信感だ。「小規模な診療所はあてにならない」と誰も行きたがろうとしない。結果として大病院に人が押し寄せ、凄まじい混雑へとつながっている。程度の差こそあれ、この構造は日本とも共通している。日本では紹介状なしで大病院での診療を受けると、特別料金が加算される混雑回避の仕組みがあるが、中国ではこうした対策は成功していない。大病院で診療を受けるか、さもなければ、自分で薬を入手して自力で治療するかという二択になってしまう。
平安好医生はインターネットの力によってこの状況を変えようとアプローチしたサービスだ。核となる機能はスマートフォンのアプリから医師に質問し、遠隔地からでも診察が受けられるというサービスだ。約1000人の医師がフルタイムで雇用されており、2017年には1日平均37万回もの問い合わせに回答したという。いかに多くの医師チームを擁していたとしても、この膨大な量に対応しきれるはずもない。ここで登場するのがAIだ。問い合わせ内容を理解し、適切な答えを医師に提案する。AIのサポートを得ることによって、医師の回答効率は5倍以上に向上したという。
アプリを利用した診察、診断というコアサービス以外にも、平安好医生はさまざまな医療・ヘルスサービスを用意している。アドバイスに応じて購入する薬品、栄養食品、健康機器の通販。ネットでは解決しなかった場合に病院で診療を受ける場合の予約。診断を受けた後、待ち時間なしに処方薬を受け取れる提携薬局。健康情報に基づいた医療保険の販売。さらには食事や運動などの健康関連のニュースサイトなど、アプリには医療と健康に関するすべてにアクセスするための窓口としての機能が盛り込まれている。
重い病にかかってもそれでもなおスマホアプリの診察で済ませようという人はそうそういないだろうが、ちょっと調子が悪いという時に気軽に医師に相談できるのはきわめて利便性が高い。診療所が信頼できず、大病院の混雑ぶりがすさまじい中国においてはなおさらだ。その意味で中国でのこの分野の遠隔サービスは、大きなニーズがあると言える。平安好医生と同じく遠隔医療サービスを提供する企業は複数存在している。
その中でも注目は中国IT企業の巨頭、テンセントが展開する騰愛糖大夫だろう。ネット接続型の血糖値測定器を販売するサービスだ。測定器自体は珍しいものではないが、騰愛糖大夫の機器はスマートフォンや携帯電話のようにSIMカードが内蔵されており、計測された数値はリアルタイムでクラウドに保存される。またテンセントのメッセージアプリ「ウィーチャット」で計測データを報告する機能もある。親元を離れた子どもが親の血糖値を常に確認できるという寸法だ。
騰愛糖大夫は当初、血糖値測定器の販売からスタートしたが、現在では平安好医生と同じく医師を雇用し遠隔診察、診断サービスも行っている。血糖値に異常があれば、医師からすぐに連絡が入り、指導する仕組みだ。平安好医生がAIをキーテクノロジーとしてサービスを展開しているならば、騰愛糖大夫はインターネットに常時接続している血糖値測定器、すなわちIoT(モノのインターネット)をキーテクノロジーとするメディテック(医療テクノロジー)サービスである。
中国の糖尿病患者数は1億1400万人、全人口の11.6%が罹患している計算だ。患者のうち半数以上は治療費が高い、面倒などの理由で病院での治療を受けていないとみられる。安価に血糖値の計測及び医師の診断が受けられるサービスは今後有望だ。
メディテック、ヘルステック(健康に関するテクノロジー)は今後、大きなマーケットに育つ分野だ。血液検査やDNA解析の自動化、AIによるCT画像診断などの高いハードルに挑むスタートアップも続々登場しているが、現時点で主流を占めているのは「スマホ経由で医師に問い合わせできる」サービスだ。AIやIoTを活用しているとはいえ、新技術の開発、活用というよりも、既存技術の応用という側面が強い。
もっとも中国市場の鉄則は「技術は後からついてくる」だ。ユーザーの囲い込みに成功しさえすれば、潤沢な資金を得て研究開発に振り向けることができる。集めたビッグデータを製品開発に振り向けることができる。医療ニーズのポータル(窓口)の座をつかんだ企業がこのジャンルの覇者として成長することになるだろう。巨大市場の覇権をめぐる争いは今後さらに激化することは間違いない。