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東大の“VR普及の拠点”は何を目指し、どんな人材を生み出すのか

東京大学「VR教育研究センター」センター長の廣瀬教授

東京大学「VR教育研究センター」センター長の廣瀬教授

 コンピューターが作り出す仮想空間に入り込み、あたかもそこにいるかのような疑似体験ができるVR(バーチャルリアリティ、仮想現実)の技術。各種センサーの高性能化や通信の高速化、安価なHMD(ヘッドマウントディスプレイ)の登場などにより、VR技術の日常生活や産業での活用に期待が高まっている。

 そうした中、東京大学が2018年2月に、全学組織の連携研究機構「VR(バーチャルリアリティ)教育研究センター」を設立した。同センターは、「基盤研究部門」と「応用展開部門」を設け、VRの基盤研究を推進するとともに、VRの社会実装や応用展開に向けた研究を推進。国内外の大学や産業界、研究機関などとネットワークを形成し、VR技術普及の世界的拠点となることを目指す。

 センター設立の背景や狙いは何か。また、今後のVR技術発展に必要とされるのはどのような人材か。センター長の廣瀬通孝氏(東京大学 大学院情報理工学系研究科 教授)に話を聞いた。

「体験」「遠隔」「視覚化」で新たな教育システムを

――まずは「VR教育推進センター」を設立した理由を教えていただけますか?

 この組織は部局横断型、つまり工学部とか文学部とか、医学部などを横串でつないだ組織です。これまで東大ではVR技術に関する研究が、各部局でバラバラに行われていました。ところがここ数年でHMDがものすごく安価になり、VR技術そのものが世に知れ渡ったこともあり、企業などVRを使う立場の人たちが活用方法を真剣に考えるようになった。そうしたときに、各部局をまとめシナジー(相乗効果)を発揮できる組織を作るべきだと考えたのです。

――どういった目的を掲げているのでしょう?

 我々が一丁目一番地のミッションだと考えているのは、教育にVRを取り入れた先端的な教育システムを作ることです。取り組みのキーワードは3つ。ひとつが「体験」です。教育において、字面で理解することと体験で理解することは全くの別物です。「畳の上の水練」だけではダメという言い方があるように、何かスキルを身につけるためには体験をともなう教育が必要です。そこで疑似体験ができるVRを活用できないかと考えています。

廣瀬教授は、スタートアップ企業にもワークショップの場などさまざまな形でセンターを活用してほしいと語る

廣瀬教授は、スタートアップ企業にもワークショップの場などさまざまな形でセンターを活用してほしいと語る

 2つ目が「遠隔」です。VRが通信回線とつながることで、利用者は遠隔地とつながることもできます。この仕組みを利用し、遠隔講義のもっとおもしろいものができればと。3つ目が「視覚化」です。大学の講義では、直感的にイメージできない“概念的なこと”を扱う場面が多い。たとえば数学者は66次元なんて世界を平気で扱います。そうした概念をVRで可視化することで、より理解しやすい教育を提供できるのではと考えています。

――産業分野とのつながりは?

「教育」のすぐ隣に「訓練」というジャンルがあります。私は産業分野における訓練の方が、はるかに需要が大きいと感じています。今あちこちで知識や技術を持つ上の世代がリタイヤしてしまう“高齢化の問題”が起こっています。そうした中で我々が作ろうとしている新しい知識伝達システムに興味を持つ産業人が多いのです。

 たとえば消防士の訓練に関する相談が寄せられています。若い世代の教育を担う40代、50代の消防士が減り、知識伝達がうまくできない問題が起こっているそうです。そこでVR の疑似体験を活用した訓練を提供できないかと。現在、そうした相談が多方面から多数寄せられているので、どう応えていくか交通整理をしているところです。

 求められるのは全体をぐるぐる“回せる人材”

 ――廣瀬教授はVRの黎明期から30年近く技術研究に携わっているそうですが、VRの進歩が我々の生活にどんな影響を与えるとお考えでしょう?

 いろいろ影響が出てくると思いますが、私が興味を持っているのは「時間感覚」の変化です。膨大な過去のデータが蓄積されると(AI分析などにより)未来予測できるようになるわけですが、そこにVRの進化が加わると、未来を疑似体験できるようになるかもしれません。

 人間って、わかっていてもやってしまうことがあるじゃないですか。たとえば環境破壊。今クーラーをつけながら話をしていますが、その結果、未来の環境に深刻な悪影響を与えてしまう可能性もある。そうした未来が、VR技術によって疑似体感できるようになれば、我々はよりよい選択ができるようになるかもしれません。たとえばクーラーをつけた瞬間に(地球温暖化による)猛烈な暑さを感じたり、プラスティックゴミを捨てた瞬間に(海洋汚染によって)体調が悪くなったり。あるいは良くない生活習慣を続けようとすると、5年後の病気になった自分の体調を疑似体験できるとか。

 このように「時間感覚」の変化をうまくVR技術を活用できれば、人間はこれまで以上に賢く生きられるようになるかもしれません。

――そうした未来に向け、今後VR業界にはどういった人材が求められると思いますか?

 とても難しい質問ですが、強いて言えばコンテンツを作る人が求められると思います。ただし、映画のシナリオのような純粋なコンテンツではなく、どのようなハードウェア・機材で見せていくのかを熟知したうえでコンテンツ提供ができる人です。

 VRは、まずディスプレイがあって、そのディスプレイと入力装置をうまくつなぐためのソフトウェアがあり、そこにコンテンツが関わってくるのですが、これら全体をスムーズに回す必要があります。この“回す人”が大切。どうしたら強力なインタラクション(人が操作や行為をしたときに、一方通行にならず、相手方のシステムや機器がリアクションをすること)のループを回すことができるのか、どうしたらそのループを人間にとって価値あるものにできるかを考える人。そんな人材がこれからは強く求められると思います。そういう意味では、インタラクションの知識に長けた人が重視されると思います。VR教育研究センターではそういう人材の育成にも貢献します。

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DG Lab VRAR CTOアディヤン ムジビヤ

DG Lab VRAR CTOアディヤン ムジビヤ

 こうした東京大学の取り組みについて、ビジネスサイドからはどんな期待があるのだろうか。デジタルガレージのDG Labで VR/AR部門を率いるアディヤン・ムジビヤCTOに話を聞いてみた。まず「時間感覚の変化」だが、VRは過去の世界の擬似体験には非常に相性が良い技術だと前置きした上で、廣瀬教授の過去のデータの蓄積からAIを使って未来を作り出し、それをVRで体験するという考えは、ビジネス現場にも応用可能だと語った。例えば販売員の研修などで、過去のデータをもとにAIが作り出した顧客のクレームに対応するといった研修なども考えられるという。それも没入感の高いVRを利用することで、将来起こる可能性のあるトラブルへの対策が事前に可能となる。

 このようにVRの用途が広がる中で、必要とされる人材はインタラクションのループをうまく回せる人という廣瀬教授の指摘があったが、まさに今VRの現場でも求められているのはそういった人材がもたらす発想だ。アディヤン氏によれば、2次元の制約がないVRの世界ではキーボードやマウスで指示を伝えるのではなく、インテンション(意志)ベースのUIが必要となる。その具体的なアイディアを提案でき、それをユーザーにとってさらに良いものとすることを考え、実装していく能力が重要なのだという。エンジニアリング、インタラクションデザインなど幅広い知識を持った人材が必要となる。

 VR技術の幅広い活用が期待される中、VRの真価を発揮させる能力を持った人材をどれだけ生み出すことができるのか。また、そうした人材が教育、訓練の分野でのVR活用をどう進めていくことができるのか。今後のVR教育研究センターの取り組みと成果が注目される。

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有限会社ガーデンシティ・プランニングにてライティングとディレクションを担当。ICT関連や街づくり関連をテーマにしたコンテンツ制作を中心に活動する。