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スタートアップ支援国家としてブランド化するエストニア

e-レジデンシーチーム公式パートナーEstLynx社CEOポール・ハッラステ氏

e-レジデンシーチーム公式パートナーEstLynx社CEOポール・ハッラステ氏

 創設以来、日本でも関心の高い、エストニアの電子国民制度“e-レジデンシー”。この仕組みは、単にエストニアの仮想国民の数を増やすための仕組みではなく、世界中からエストニアに起業家を呼び込み、同国に多数のスタートアップ生み出す仕掛けのひとつとなっている。「国民のDNA情報」データベース構築や仮想通貨「エストコイン」などデジタル国家戦略では話題先行の印象もある同国だが、有力なスタートアップを輩出していることも事実だ。スタートアップ支援国家としてのエストニアの取り組みについて、東京で開催されたイベントの様子とあわせてお伝えしたい。

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エストニアのe-レジデンシーカード

エストニアのe-レジデンシーカード

 エストニア政府のe-レジデンシーチームはその取得促進のため、各国・各地域で啓蒙イベントを開催している。東京・渋谷においても2018年7月26日にe-レジデンシープログラム公式イベントが開催された。

 同イベントを開催したEstLynx社(東京都品川区)はe-レジデンシーチームの公式パートナーであり、同社CEOポール・ハッラステ(Paul Hallaste)氏は、エストニア出身で来日3年目。来日前から日本語の通訳・翻訳に携わり、早稲田大学の修士課程を卒業、今回起業して公式パートナーとなり、e-レジデンシーの啓蒙を行っている。

「弊社のミッションは、まずe-レジデンシーの認知度を上げること。e-レジデンシーは、世界レベルで見ても非常にユニークで新しいビジネスを可能にするシステムですが、まだ認知度が低いです。もうひとつは電子国家エストニア、そしてe-レジデンシーのメリット・デメリットについての知識を広く共有することです」(ポール氏)

 ポール氏は電子国家としてのエストニアの特徴を述べた後、e-レジデンシーを取得しエストニアで起業することのメリット、デメリットについて話した。

 そのメリットについては、e-レジデンシーの取得が容易で、取得後、エストニア法人の設立・維持費が安価(2018年8月1日現在、設立費は約22,000円・維持費は約39,000円/1年)であること。起業して利益が上がっても内部留保している限りエストニアでの法人税(20%)は課税されないこと(配当が行われた場合はじめて課税される)。会社を遠隔地からリモートで経営できること。取引などでは電子署名が可能なこと。EUの枠組みの中でビジネスが可能なこと。さらにe-レジデンシーネットワークへのアクセスが可能なことをあげた。

 デメリットとしては、あくまでエストニアの居住権ではないこと。また税金の申告は居住している国のルールに従わなくてはならないこと。よって税に関する手続きが増えてしまうことだ。

 エストニアがe-レジデンシーを拡大するのは、起業家や優れた専門技術を持つ人材を呼び込みたいという狙いがある。その取り込みのためのもうひとつの仕組みが、これも今年初めに話題になった「デジタル・ノマド・ビザ」だ。このビザは、いわゆるデジタル・ノマド(居住地・場所を限定しない働き方)向けの特別のビザで、これにより1年間エストニアに居住でき、EUのシェンゲン協定によって90日間はEU域内に滞在できる。早ければ2019年には実現する見通しとのことだ。

 今後の展開としてはインド、ウクライナなどでエストニアのe-レジデンシー拡大を考えているという。日本については、ポール氏個人の感想だと前置きして「日本は特殊なパターンで熱意は高いものの、実際に起業するというより、(仕組み自体が)楽しそうということで興味を持つ人が多いのではないか」と語った。

スタートアップのための環境とブランディング

ポール氏(左)Veriffアレックス氏(右)

ポール氏(左)Veriffアレックス氏(右)

「エストニアのスタートアップ企業は国内市場を狙うのではなく、EU展開をメインで狙い、行動しています。それでスタートアップ同士、お互い手伝い合うような環境となっています」とポール氏は話す。オンライン手続きによるスピード感も速く、98%の会社はオンラインで作られ、99.8%の銀行取引もオンラインで実施される。確定申告の95%もオンラインで行われ平均3分で完了すると言う。

 ちなみにエストニアにはどんなスタートアップがあるのかに興味がある人は、こちらのサイト(英語)を見れば、同国のほとんどのスタートアップがここに掲載されている。

 イベント後半に、ポール氏はエストニアのスタートアップVeriff(ヴェリフ)で働く齋藤・アレックス・剛太氏を紹介した。Veriffはウェブカメラを用いて認証するだけで、わずか1分半で本人確認できるサービスを提供するスタートアップで、Veriff のCEOは23歳で、そこで働くアレックス氏も25歳だ。

 アレックス氏は東京生まれ東京育ち。日本で大学卒業後コンサルティングファームで勤務。この5月にエストニアへ旅に出かけ、そのまま現地のVeriffでインターンとして働き始め、8月から正式採用になったとのことだ。

 PtoP海外送金サービスのTransferWise(トランスファーワイズ:本拠地はイギリスだがエストニア生まれの会社)や顧客管理システムPipedrive(パイプドライブ)など多くのエストニアのスタートアップが注目されているが、これら成功を収めつつあるスタートアップ企業群を「エストニアン・マフィア」と呼び、横のつながりが強い。Veriffもそこに仲間入りしたとアレックス氏は語る。

 アレックス氏は、「日本人の目から見て」と前置きし、エストニアがこうして電子国家として発展している理由は、「グローバル展開を前提にビジネス設計をしていること」「(政府をはじめ)国民の多くが高いITリテラシーを保持していること」「国家レベルで起業家マインドを持っていること」「効率重視/選択と集中の姿勢」を挙げた。

 また「ブランディングのうまさ」も感じるという。「遠く離れた日本の渋谷に、エストニアのイベントということだけでこんなにたくさん人が集まっている。まさにブランディングだと思いませんか?」と笑った。

 アレックス氏自身もそうだったのかもしれないが、ある種の閉塞感を抱く日本の若い世代にとっては、国も企業も若く、失敗を恐れずスピード感豊かなエストニアというブランドが強く訴求するのかもしれない。

藤木俊明 Written by
ライター、著者。有限会社ガーデンシティ・プランニング代表取締役。ICT関連から起業、中小企業支援、地方創生などをテーマに執筆活動を展開。著書に「マンガでわかる人工知能 (インプレス)」など。