米国でスタートアップが盛んな地域と言えば、西海岸のサンフランシスコなどのベイエリアであることは間違いない。しかし、スタートアップエコシステムのランキングで第1位に輝いたのは、意外にも東海岸に位置するボストンだ。(出典:Innovation That Matters 2017)
また、2018年現在までのスタートアップへの投資額をみると、ボストンが位置するマサチューセッツ州はベイエリアを含むカリフォルニア州に次いで2位のポジションにつけている。(出典:Tech Crunch「 ボストンエリアのスタートアップが、ニューヨークのベンチャー企業の数を追い抜く勢いに」)
筆者は今、ボストンのMITメディアラボに所属し、スタートアップのメンバーや投資家などに接触する機会も多い。この連載では、産官学民の連携で作り上げたボストンのスタートアップエコシステムの成功要因を探り、日本に同様の状況を作り出すにはどうすればよいのかを考えてみたい。まずはボストンのスタートアップの概要を紹介する。
ディープテクノロジーの街
ボストンのスタートアップへの投資額割合を産業別に見ると、ヘルスケア・バイオテクノロジーが57%を占める。2018年6月、Amazonに10億米ドルで買収されたオンライン処方薬サービスのPillPackもボストン北西に位置するSomervilleに拠点を構える。ボストンはインターネット関連のサービスやソフトウェア開発より、ヘルスケアやバイオテクノロジー、ロボティクスなどディープテクノロジーと呼ばれる領域のスタートアップが多い。
ボストンを拠点とするユニコーン企業(時価総額10億米ドル以上の未公開企業)をみても、 Moderna Therapeutics(ガンや感染症を対象とするmRNA医薬品を開発、時価総額180億米ドル)、Desktop Metal(金属3Dプリンターの製造販売、時価総額10億米ドル)、Indigo(機械学習を用いて農業の収穫効率を上げる、時価総額$35億米ドル)などディープテクノロジーの会社が名を連ねる。
大学から生まれるイノベーション
ボストンは学園都市といわれるとおり、大学が多い。アメリカ最古の大学であるハーバード大学や科学技術系に強いマサチューセッツ工科大学(MIT)はボストン市北部のケンブリッジ市に位置する。Metro-Bostonと呼ばれるボストン市周辺 には52の大学がある。ただ、大学が多いからといってスタートアップが多いわけではない。東京都には154の大学が存在する(出典:東京都 平成29年度 学校基本統計)。面積あたりの大学数で比べると、東京都はボストンの5倍の密度で大学が存在しているのだ。
それではなぜボストンでは大学発のスタートアップが多いのだろうか。それは、アントレプレナーシップ教育の充実と知財ライセンスの仕組みが整備されているからだ。
起業が身近にある大学教育
具体的には大学教授が起業し、アカデミアとビジネスの二足のわらじを履いて(もしくは、大学を辞め)成功している事例が多くあり学生にとってロールモデルとなっている。また、起業家をサポートする大学のプログラムも手厚い。
2017年にソフトバンクグループに買収されたロボット研究開発を手がけるボストンダイナミック社(Boston Dynamics)は、MITでロボットと人工知能を研究していた教授により設立された。また、合成生物学や遺伝子工学の権威で、ハーバード大学のジョージ・チャーチ(George Church)教授は2018年にゲノムデータをブロックチェーンで管理するスタートアップNebula Genomicsを始めた。基礎研究が多く行われている大学においても、チャンスがあると見るや、スピンアウトして起業する文化が浸透している。
起業家をサポートするプログラムは、アントレプレナーシップに関する授業や知財戦略のサポート体制、アクセラレータープログラム(選考を通ったスタートアップを数ヶ月間メンターがサポートして事業成長を加速させるプログラム)など大学ごとにさまざまな機会を用意している。アクセラレータープログラムの最終成果発表であり、投資家の前で資金調達を目的としたプレゼンテーションを行うDEMODAY。この段階においても、事業内容やビジネスモデルは正直いってまだ玉石混交ではあるが、どのスタートアップも堂々と発表を行い、オーディエンスを惹きつけるプレゼン力はかなり高い。MIT Play LabsのDEMODAYで3Dで教育プラットフォームを構築するrealism社のCEOが行ったプレゼンテーションをこちらから見ることができる。
驚くべきことは、彼はまだ17歳の若さであるということ(会場もどよめいていた)。若い時からこのような実践の場で鍛えられ、仮に今の事業に失敗したとしてもそれを糧とし、次のチャレンジをしていく文化が根付いている。
株式を対価とした知財使用
大学が持つ技術を用い、スタートアップを始める場合、その対価の支払い方法が日米で大きく違う。米国ではこうしたケースの半分は、株式やコンバーチブル・ノート(convertible notes)を対価としているのに対し、日本では現金での支払いを求められるケースが大半だ。シード期の投資家としては、大学とスタートアップの間で、知財の整理が完了していないと投資はできないと判断することが多い。ところが、スタートアップにとっては、大学保有の知財ライセンスを整理するためには資金が必要だが、前述のように投資家はその資金を出すには知財使用の整理がついてから……。といったように解決不能なスパイラルに陥ってしまう。
こうした問題を解決し、産学連携をスムーズに行うために技術移転機関(TLO= Technology Licensing Organization)というものが米国にも日本もにも存在している。米国ではTLOに、企業で経験を積んだ人や、起業経験者などビジネス経験を持った人が多く在籍しているためどこにボトルネックが存在しているのかを熟知している。そしてスパイラルが発生しないよう知財の整理、資金調達など手順良く進めてくれる。アイディアと資金を結び付け、スタートアップが育ちやすい環境を構築するためには組織や法律を作るだけではうまくいかない。スタートアップ育成に適した知識と経験を持つ人材を適材適所に配置する必要がある。こうした点でもボストンのスタートアップエコシステムは非常によくできている。
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今回は、ボストンのスタートアップの概要と大学でのイノベーションが生まれる背景を紹介した。次回の記事では、スタートアップエコシステムの中で重要な役割を担うコワーキングスペースに関して紹介する。
>>次回は世界最大級のコワーキングスペースCICは日本にあるスペースとどう違うのかを探る!