サイトアイコン DG Lab Haus

林郁×伊藤穰一 デジタルガレージ2人の共同創業者が語る注目すべき事業分野とは

対談を行う林郁(左)と伊藤穰一(右)

対談を行う林郁(左)と伊藤穰一(右)

 デジタルガレージの2人の共同創業者、林郁(代表取締役兼社長執行役員グループCEO)と伊藤穰一(取締役共同創業者、MITメディアラボ所長)が、デジタルガレージのさらなる成長に向けて注目する事業分野について、現状と今後を語った。

* * *

林 郁(デジタルガレージ代表取締役 兼 社長執行役員グループCEO)

林:デジタルガレージは、戦略事業提携先のBlockstream社*1と連携して、ビットコインに使われているパブリックなブロックチェーン*2技術の様々な用途への応用を進めているけれど、世の中には、限られた参加者しかつなぐことのできない「プライベートなブロックチェーン*3」を使った試みも多い。なかには、中身がほとんどないのに注目ばかり集めているものもあるようだね。こうした玉石混交の状況では、「せっかくブロックチェーンを使ったのにセキュリティが保てない」とか「まったくコストが下がらない」といった、正しいブロックチェーンにとっての風評被害が起こりかねない。

伊藤:「プライベートなブロックチェーン」は本来のブロックチェーンではない「なんちゃってブロックチェーン」だと個人的には思っている。実際、単なる分散データベースをそう呼んでいることもあるようだ。「ブロックチェーン」が「IoT」とか「クラウド」と同様なバズワードとして一人歩きをしていて、世間で喧伝されている「ブロックチェーン」と、技術的に正しく定義された「ブロックチェーン」の間に乖離が起こっているのが現状だと思う。1990年代前半の「マルチメディアブーム」の頃に似ている。当時は電話会社やケーブルTV会社が、パソコン通信とかセットトップボックスを使って独自サービスを次々に展開していた。

林:「キャプテンシステム*4」やパソコン通信も当時、一部の人たちにはインターネットと同じ土俵で語られていたね。

伊藤 穰一(デジタルガレージ取締役 共同創業者、MITメディアラボ所長)

伊藤:裏を返すと、プライベートなブロックチェーンを使って各社が取り組んでいるアプリケーションの位置づけは、インターネットができる前のパソコン通信みたいなもの。それをやることによって、より新しいアプリケーションにむけたイメージが湧く。だけどパソコン通信がなければ、インターネットが生まれなかったとは言えない。後から普及したインターネットはパソコン通信をはるかに凌ぐさまざまなアプリケーションを生んだ。

林:とはいえ、インターネットとブロックチェーンには決定的な違いがある。初期のインターネットは、不具合があってもコンテンツがうまく表示できない程度の影響しかなかったけれど、ブロックチェーンの場合は仮想通貨などの価値を扱うので、実験的な試みがやりにくそうだ。

伊藤:ビットコインに使われるブロックチェーンを他の用途に応用する、Blockstream社のようなスタートアップが稀有な存在になっている理由は実はそこにある。ビットコインの基盤になっている以上、ブロックチェーンの機能拡張は慎重に進めざるを得ない。すぐに挑戦的なことに取り組みたいスタートアップはこうした状況を敬遠して、プライベートなブロックチェーンの開発に専念する傾向がある。そちらにはそちらで、別のリスクがあるのだけれどね。

林:結局のところ、パブリックなブロックチェーンが社会のインフラとして様々な用途で使われるようになるのはいつ頃だと思う?東京オリンピックに間に合うのか、個人的には興味がある。

伊藤:ビットコインのブロックチェーンを他の用途に安心して使えるようになるのは、まだ数年先になりそうだ。しかも、その時点ではアプリケーションは限定されるだろう。今のインターネットのように、社会インフラとして様々な用途で安定的にブロックチェーンが使われるようになるのは、まだ先になると見ている。

ブロックチェーンは基礎技術の確立が先決

林:デジタルガレージは今、国内の金融会社と連携して、世界に類を見ない画期的な金融インフラ*5の開発を進めているけれど、日本から世界をリードするブロックチェーンを活用したビジネスが生まれる可能性についてどう考える?

伊藤:可能性はあると思う。インターネット黎明期を思い返しても、慶應義塾大学環境情報学部教授村井純先生の研究室には、ネットワーク・プロトコルに精通したエンジニアが集まっていて、だからこそ例えばIPv6*6に関して世界レベルで先端を行くことができた。ブロックチェーンでも、ビットコインのコアデベロッパーを迎えて、日本市場ではなく世界市場を見据えた技術開発ができるのであれば、日本から世界をリードすることは可能だと思う。

林:ブロックチェーンの応用先として期待が高まっているフィンテック分野では、事業化に当たって規制当局との連携も必要になる。この点については、日本でも機運が高まってきたような気がするけれど、Joiの目から見るとどうかな。

伊藤:日本では1990年代に、日本銀行が株式会社NTTデータとデジタルキャッシュの実験を行うなど、当時から最先端の取り組みを行っていた。こうした実験に関わっていた人のスキルは、世界的に見ても高い。こうしたノウハウが溜まっている分、日本の当局には一日の長があるはずだ。

林:スタートアップ企業の新たな資金調達手法として注目を集めているICOに関しては、どう思う?

伊藤:中長期的な視点で見れば、ICOという考え方自体は面白いと思う。でも現在は、発行会社がICOを「証券」として規制されたくないので、証券じゃないような売り方をして規制をかいくぐろうとしているところに無理がある。証券取引法を軽くする形で、ICO用の規制をきちんと整備して証券に準じる形で扱うべきだと個人的には思っている。

林:実在しているものの価値に、トークンの価値をリンクさせるような工夫も必要になりそうだね。

伊藤:それも一つのやり方だと思う。少なくとも、恣意的に値段を変動させることで投資家を集めると、最後に高く買った人が損をすることになる。本来の価値以上にトークンの価格が上がらないような仕組みを考えることはできるんだけど、今はICO市場自体がバブルになってしまっていて歯止めがかかりづらい。ウォールストリートでは、必ず誰かが損するとわかっているものを商品にすることがしばしばあるけれど、僕はそういうのは良くないと思っている。トークンの価格が実態以上に高騰しないような仕組みがマーケットで整備されたら、ICOはよいツールになるだろう。

林:日本がブロックチェーンの応用に関して世界をリードできるようになるには何が必要だろう?

伊藤:インターネットと同じように、やはり大切なのは技術力だと思う。世界中で相互利用されるようなシステムを作るには、アプリケーションレイヤーだけでなく、ビットコインコアの開発に関わることが不可欠。世界のトップレベルのエンジニアと肩を並べて開発ができる技術者を集めて、ビットコインコアの開発に積極的に関わっていかなければならない。ブロックチェーンが本当に普及を始めたときに、頼りになる世界レベルのエンジニアがいるかどうかで、競争力が決まると思う。

林:確かに、インターネットのときは、村井先生のグループでWIDEプロジェクト*7に携わった人たちがその後参画した企業が、その後は世界を舞台に戦っていた。

バイオヘルス分野のスタートアップ育成を始動

対談を行う林郁(左)と伊藤穰一(右)

林:バイオテクノロジーやヘルスケアといった領域も、このところ新たな事業開発に向けた動きが激しい。デジタルガレージが立ち上げた、バイオヘルス分野のスタートアップのアクセラレータープログラム「OpenNetworkLabBioHealth」には、大手製薬メーカーを含む20社以上が協賛企業として集まった。

伊藤:大手製薬メーカーの研究開発が踊り場を迎えていることが背景にある。研究開発に投資する金額はどんどん増やしているけれど、成果として得られる薬の数が減ってきている。こうした既存のビジネスモデルは、あと5年もすると成立しなくなる。大手製薬メーカーにとっては、こうした状況をどう打破するかが課題で、創薬のプロセスに人工知能を入れたり、試験プロセスの効率化を図ったりしているけれど、自分たちがこれまでとってきた手法を社内から変革するのが難しいことに気づき始めた。これは日本に限らず世界中で起こっている。印刷機をたくさん抱えている新聞社が、いきなりデジタルに移行しようとしてもなかなか切り替えられないのに似ている。加えて、生物学に新しい知見がもたらされていることも、これまでの創薬のやり方に変革を迫っている。例えば、免疫と微生物と脳のシステムが複雑につながっていることが分かってきた。これは、単純に薬を飲めば良いのではなく、生活環境を含めて変えなければ治らない病気が多くあることを意味している。つまり、医師と製薬会社、薬だけによってもたらされる健康に限界が見えてきた。新しいモデルによるアプローチが必要。

こうした新しいアプローチには、大手製薬メーカーがこれまで取り組んできたものとは異なるイノベーションや投資方法が求められると思う。だから、自由な発想ができるスタートアップとの協業に期待する製薬メーカーが増えている。例えば、微生物を使ったアレルギー治療薬のアイデアを持っている日本の大学の先生がいて事業化をしたいと思っていても、大手製薬メーカーは微生物を治療に使うというコンセプトを持っていないし、微生物を育てて実験する設備もそうした知見のある人材もいない。DGの業務提携先でもあるPureTech社はこうした状況を打破するために、世界中から人材を集めて新しいコンセプトの創薬に着手している。

林:すると、新しいアプローチで創薬するスタートアップと大手製薬メーカーはどのように連携することになるのだろう。

伊藤:スタートアップが開発した新薬を大手製薬メーカーに持ち込み、製造と流通を大手製薬メーカーが担うという形になると思う。スタートアップが自分たちの開発した薬を、世界中に流通させるのはほぼ不可能だから。大手製薬メーカーの中で斬新なアイデアが生まれた場合に、これまでの社内プロセスでは開発が進まないから、いったんチームを社外にスピンアウトさせて、開発に成功してからもう一度社内に取り込むというパターンも増えている。

日本版GDPRで個人情報の保護を

林:欧州では2018年5月にGDPR*8が施行されて、個人情報保護に向けた取り組みがサービス提供者に厳しく問われる時代になってきたね。

伊藤:僕はGDPRは良い動きだと思っている。世の中はこれまで個人情報の保護を軽視しすぎてきたからね。本来の広告は、売り手側にも買い手側にも良いもののはずなのに、今のオンライン広告は、欲しくないものをいかに買う気分にさせるかにしのぎを削っているように見える。

林:どのサイトを見ても同じ広告が出てくる。まるでストーカーだよね。

伊藤:サイトに訪問した人の弱みを狙って中毒のようにさせる広告とか、政治的な誘導をする広告とかね。原点に戻って、広告がそもそも何のためにあったのかに立ち返って考える必要がある。昔のテレビ広告って、見ていて面白かったじゃない。

林:日本はGDPRにどう対処すればいいと思う?サービス事業者によって対応方針はまちまちのようだけれど。

伊藤:GDPRの基本的な考え方は間違っていない。日本でも法律を整備して日本版のGDPRを作り、個人情報を保護すべきだと思う。

林:フェイクニュースが話題になったこともあって、メディアの中立性を求める声が大きくなっている。一方で、素晴らしいコンテンツをオンライン媒体に掲載し続けても、今のままの広告モデルでは稼げないというのも事実。ニューヨーク・タイムズの社外役員として、メディアとしての中立性と収益性を両立させる難しさをどう実感している?

伊藤:ニューヨーク・タイムズとかワシントン・ポストって有名だけれど、発行部数で比べたら日本の大手新聞より実は小さいんだよね。ただしその分、読者のロイヤルティは高い。ニクソン大統領を退陣に追い込んだのも、新聞の報道が発端*9だったように、ニュースメディアは政治的にすごく重要な役割を果たしているというのをアメリカではみんな理解しているから、社会に必要だという気持ちが一部の人たちの間ではすごく強い。

林:新聞記者の活躍を描くハリウッドムービーも多いよね。

伊藤:メディアを民主主義の重要な機能だとみんな認識している。実際、トランプ大統領になってから、ニューヨーク・タイムズの売上がすごく増えた。政権と対峙するメディアを応援したいという世論が追い風になった。「マスコミがなかったら民主主義は動かないか」っていうことに関してアメリカ人は、リベラルな人ほど強くそう信じているけれど、日本では多分その辺が曖昧だよね。最近、僕の友達がロシアのドーピング問題に関するドキュメンタリーを作ったんだけど、自分の身を守るためにニューヨーク・タイムズを巻き込んで弁護士とセキュリティを雇った。彼のように命をかけて報道するというのは、なかなかフリーランスのままではできない。新聞社のような大手メディアの役割は、こうした報道を支えることにもある。

林:日本ではデジタルガレージが事務局として協力し、大手メディアの20社以上が参加する「コンテンツメディア価値研究会」が立ち上がった。日本のインターネットメディアの媒体費が、先進国の中で一番安いという現状を打破するのが狙い。現在広く使われている「ページビュー」ではなく、サイト訪問者がどれだけそのページに関心を寄せているかを「エンゲージメント」という指標として測るツールを導入して、エンゲージメントが高い記事の広告費を適正に設定できる仕掛けの導入を考えている。フェイクニュースを集めたサイトではなく、ジャーナリストが足で稼いだ価値ある記事を掲載するメディア、いわばクオリティメディアに良質の広告が集まる仕組みを浸透させることで、日本のコンテンツ産業を下支えする一助になればいいと思っている。

伊藤:そういう工夫はすごく面白いしどんどんやるべきだと思う。アメリカでは案外そういうことはコンソーシアムでやらないで、各メディアの単位で取り組んでいる。でも、エンゲージメントを重要な指標に掲げる点は同じだね。あとアメリカの場合、ニュースのプラットフォームとしてフェイスブックの存在が大きいので、フェイスブックとどう向き合うかが課題になっている。プラットフォームとニュース情報の配信会社だけになってしまうことを、大手メディアは危惧している。

林:フランスでもエンゲージメントを指標として広告費を見直す動きが、大手出版社を巻き込んで始まっている。どこも同じようなことを言ってるんだね。コンテンツメディア価値研究会に限らず、デジタルガレージはこれからも、社会全体の役に立つ事業を作りながら世の中に貢献していきたい。

 

*1Blockstream社=ビットコインに使われているブロックチェーンを様々な用途に利用するための技術開発を手がける企業。デジタルガレージは資本業務提携をしている。

*2パブリックなブロックチェーン=ネットワークへの参加者(ノード)に制限がないブロックチェーン。インターネットに例えられる。

*3プライベートなブロックチェーン=限られた参加者(ノード)のみがネットワーク参加できるブロックチェーン。専用線に例えられる。

*4キャプテンシステム=1984年に当時の日本電信電話公社が開始したマルチメディアサービス。アナログの電話回線を使い、テレビ画面に画像や文字を表示した。

*5世界に類を見ない画期的な金融インフラ=DGは2018年9月に東京短資とフィンテック分野におけるブロックチェーン金融サービスの研究開発と事業化を目的とした合弁会社を設立した。

*6IPv6=InternetProtocolversion6の略。既存のIPv4が32ビットのIPアドレスを定義できるのに対して、IPv6では128ビットのIPアドレスを定義できるため、様々な機器をインターネットに接続するようになる時代に適している。

*7WIDEプロジェクト=大規模な分散コンピューティング環境の構築に向けた研究プロジェクト。複数の大学をインターネットで結ぶことから1988年に始まった。

*8GDPR=GeneralDataProtectionRegulation(一般データ保護規則)の略。欧州連合(EU)で2018年5月から適用が始まった個人情報保護のための枠組み。EU圏内における個人情報保護の施策を強化し、統合することを目的にしている。

*9新聞の報道が発端=1974年に当時のニクソン大統領が辞任に追い込まれた「ウォーターゲート事件」では、ワシントン・ポストによるスクープが大きな役割を果たした。

モバイルバージョンを終了