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「今の米国にも楽観的でいられるのはZ世代がいるから」〜伊藤穰一博士号取得記念スピーチより

Hooding Ceremonyで博士号の証のマントを村井教授から授与されるJoi

Hooding Ceremonyで博士号の証のマントを村井教授から授与されるJoi

林郁・デジタルガレージ代表取締役から記念品の時計を受け取る

林郁・デジタルガレージ代表取締役から記念品の時計を受け取る

 株式会社デジタルガレージの共同創業者でMITメディアラボ所長でもある伊藤穰一(以下、ここではJoi)はこの度、慶應義塾大学大学院の博士号を取得した。

 それを記念し、村井純同大学教授などが発起人となり9月18日夜、東京で祝う会が行われた。Joiはその日のスピーチの中で現代社会が抱えるさまざまな課題に対応するには、世界をどう認識し、どのような概念を共有すればよいのか。また、解決の方法や誰が今後それを担っていくのかについて、論文の内容に触れながら解説を行なった。

なぜ今あらためて博士号を?

 世界的に見ても、最優秀かつ多彩な才能が集まるMITメディアラボ。その所長という地位にすでにありながら、今になって博士号を取ろうと思ったのはなぜなのだろうか。

「MITの中では博士持ってなくても全然平気だったんだけど、学生たちが博士号持ってないくせに僕らの苦しみわからないだろうと。また(大学のプロダクトは博士号なのに)自分で自分のところのプロダクトを使ってない企業の社長って駄目だろう」

村井純慶応大学教授と舞台上で論文執筆時の思い出話をするJoi

村井純慶応大学教授と舞台上で論文執筆時の思い出話をするJoi

 というのが本人の説明。もちろん若い時から長いお付き合いのある村井教授の存在も大きく、すこし冗談めかしつつも

「村井先生がいなくなる前に(笑)博士号とらなければ……。他の先生の下では(博士号取得は)できないよなと」

 とも話している。本人の解説に加えて、村井教授によると、これまで主にビジネスの世界で活躍して来たJoiもアカデミズムの世界に活躍の場を得て、少しこれまでとは異なった言語を手に入れる必要があったのだろうと。もちろん、村井教授も再三にわたって博士号を取るよう勧めたようだ。

 効率を追求しすぎたためにうまく循環しなくなった現代社会

 さて、論文についてだが、これまでJoiが取り組んで来たインターネットに関する経験、またMITに参加してから見聞きしたことをベースに「学術的なコンテキストできちんと説明し、未来を見せる」という構成になっている。

 まず話は、地球の環境をつかさどるシステムのことからはじまった。

「世の中は『自己適応型複雑系システム』になっています。今地球にはいろんなシステムがあって、循環するシステムになっています。つまり何かアウトプットがあると、他のものにインプットになってとっても複雑になっています」

 Joiの解説によると、地球環境や生命体はいろいろなものが複雑に絡み合いながらも、システムの平衡が保たれるように自律的にコントロールされている。例えば地球の気温は、誰かがコントロールしているというわけではない。また我々の体温も、自律的にある一定の温度に収まるように、身体の複雑なシステムが絡み合って調整がなされている。地球の環境や生命体はこのようにして、自らを維持するようになっている。

 ところが人が作った現代の社会は、複雑系ではあるものの、きちんとした循環システムになっていない。とにかく便利に、効率的にして生産性を向上させる事ばかりに注力しており、その方向性でどんどん暴走してしまった結果、環境破壊などが発生しているのだという。

「太ったね」と言われるんだけどと話すJoi

「太ったね」と言われるんだけどと話すJoi

「ずっと会ってない人たちに会うと『太ったね』と言われるんだけど、太った理由はなにかというとカロリーが効率よく手に入るようになったから。(笑)世の中が効率的になるから、運動する必要がなくなってくる。」

 というのはスピーチの中で笑いを誘ったJoiの近況報告だが、これも「効率化」が必ずしも良い結果につながらないという一例か。

 冗談はさておき、貧富の差が拡大しているのは、マーケットの効率よくなっているのに、社会の仕組みが(循環可能な)サークルになっておらず、効率化の恩恵が一部のお金持ちのみを太らせているためだ。医療、教育、環境問題も同様で、これまでバランスを保って来たループが欠けてしまったことにより、自律的な調整機能がうまく働かなくなってしまったために起こった問題だとJoiは考えている。

 第2次大戦後、日本やヨーロッパは国を建て直すために、モノをたくさん作り、効率をよく、便利にしていけば、豊かになってきた。だが、この考え方や、やり方が現代社会の諸問題を生んでいる。こうした問題を解決するため、さまざまな努力がなされているが、これまでと同じ方法では、壊れてしまった複雑な循環システムを修復させることはできない。

現代の社会に必要なサークル

Bauhaus Preliminary Course curriculum wheel, 1923

Bauhaus Preliminary Course curriculum wheel, 1923(画像クリックで拡大)

「実はバウハウスというムーブメントがあって、これがナチス時代だったので、当時も世の中、無茶苦茶になっていたんです」

 今からちょうど100年くらい前のドイツで起こったバウハウスのムーブメントを引き合いに出して、Joiが説明したのが、論文の中でも触れられている「サークル」のことだ。

 バウハウスの初代校長で建築家のウォルター・グロピウスが用いた、同校での教授法の概念を表したサークル図がある。そこには、学ぶべき学問分野、その期間、さらには、当時のアートや建築を構成していた素材が記されている。バウハウスではこれら、ガラスや鉄、木や石材や布など異なった素材を組み合わせ利用し、さらには芸術、デザインと建築や工芸を融合した。その応用範囲はインテリアや建築をばかりでなく、絵画やタイポグラフィにまで及んだ。

 Joiによれば「その時代の素材で、その時代に当てはまるいろんなことをやった学校がバウハウス」である。そして、時代の変革期に、新たな素材や学問分野を取り込んで新しい時代に備えているということでは、MITメディアラボは現代のバウハウスになぞらえることができる。

Krebs Cycle III graphic: Neri Oxman, MIT Media Lab, 2018

Krebs Cycle III graphic: Neri Oxman, MIT Media Lab, 2018(画像クリックで拡大)

 ウォルター・グロピウスのサークル図と同様のものが、現在のMITメディアラボにもある。同ラボのNeri Oxman氏が作ったバージョンだ。本家バウハウスから100年を経て作られたこのサークル。当たり前だが書き込まれている素材が全く異なる。

「今はもうバイオが入ったり、人工知能が入ったりしている。バウハウスっていうのはここの真ん中に『Haus(建物)』があったけれども、僕らの場合は『Awareness(意識)』つまり世の中のperception(認知)のことを入れて、バウハウスと同じサークルを作って、今の世界に当てはめてみました」とJoi。

 さらに、続けてこのサークルの要素がどのように循環するのかを解説した。

MITメディアラボで作成したサークル図の前で講演するJoi

MITメディアラボで作成したサークル図の前で講演するJoi

「アートとサイエンスとエンジニアリングとデザイン、全部が必要になっていてこれが循環しているんですよ。サイエンスは自然の情報をナレッジに変える。エンジニアリングはナレッジを利便性に変えることができる。デザインはそれを社会へ。そしてアートは社会をperception(認知)し、イメージに変えてまた科学へ。これがひとつのループなんです」

 今は「アートからサイエンスへ行く」このブリッジが壊れているという。この部分が稼働していないために、循環が滞り、それが現代社会の諸問題を生んでいる。ここに課題があるという。

原住民と伊勢神宮

 Joiは、近年しばしば日本の神道について話をすることがある。スピーチでは、なぜ神道に興味を持つようになったのかについても話をした。

「特に僕が興味持っているのが世界中の原住民。原住民が面白いのは、世界の陸地の2割を原住民が利用していて、その2割の場所が、地球上の生物多様性が維持されているエリアの8割を占めているんですね」

 原住民は何千年もの間、自然の営みと歩調を合わせて生きてきた。原住民は効率の追求ではなく、どうすれば持続的にこの自然の恵みを生かせるかを考えてきた。北米大陸のネイティブアメリカンやアマゾンのいくつかの原住民グループなど、その営みが途絶えてしまったものも多い中で、先進国で唯一こうした考え方が最近まで残っていたのは日本だけだという。

「伊勢神宮の(式年遷宮の)サイクルだとか(持続的に利用されてきた)里山だとかそういうのがあるんです。日本は本来、自然とサスティナビリティサイクルを持っていたはずなのに、やっぱり戦後の日本は発展に集中しすぎちゃって心の部分失ってしまっている。それを取り戻す必要があるんじゃないかなっていうことを海外でずいぶん話しているんです」

システムを修復するためには「ルール」ではなく「目的」を変える

 一方で、過度な効率化のために循環システムが、そこここで破綻しつつある現代社会の諸問題は、どうすれば修繕できるのか。MITには複雑系のシステムはどのようにコントロールできるのかを課題にしている研究者がいる。その研究によるとルールを多少変更しても、出現する問題は解決できず、相変わらず同じ問題点として残り続ける。状況を変えるには、「ルール」ではなく「目的」を変える必要があるという。これをモノポリーゲームを例にしながら説明をした。

The first patent drawing for Lizzie Magie’s board game, The Landlord’s Game, dated January 5, 1904

1904 patent application for the Landlord’s Game, Elizabeth Magie https://en.wikipedia.org/wiki/The_Landlord’s_Game(画像クリックで拡大)

「モノポリーゲーム知ってますよね。モノポリーは最初、資本家(大家さん)が間借り人を追い詰めるっていうゲームで、資本家がどんなに悪いかというのを子供たちに教えるのが目的のゲームだったんです。ところが現在は自分が資本家になり相手を倒産させることが目的のゲームに変わってます。ルールは変えなかったんです。ゴールを変えた。これでなにが言いたいかというと、社会で法律などのルールを変えるのも大事だけど、みんながなにをやりたいかというゴールを変えるのが一番重要じゃないかというところです」

Gen Zを応援する

 「Gen Z(Generation Z)」というのは、Joiによると2001年以降に生まれた人たちで、ようやく18歳になろうかという年代層だが、この世代がアメリカでは人口の約3割を占めている。今年あたりからこの世代が大学に入学してきたため、Joiとの接点も増えてきた。この世代は、生まれた時にはインターネットは普及済みで、ソーシャルメディアがなかった時代のことは知らない。Joi曰く

「この子たちはパワーあるし、楽観的で冷静。この子たちがバリューを変える。(就職するにしても)社会意義ない会社に入らない、いろんな問題に対してプロテストしていく。銃規制の問題なんかでも積極的に行動している。この子たちがいるというのが、今のアメリカは大変だけど、自分がオプティミスト(楽観的で)でいられる理由なんです」

 さらに、この世代は60年代後半のヒッピーの時代につながるものを感じるという。ベトナム戦争は泥沼化し、戦争で潤った経済システムに対抗したヒッピーの文化は、既存の社会システムに疑問を持つGen Z世代も引き継がれている。

「バウハウスがMITメディアラボつながるのと同様で。ヒッピー文化も引き継がれている。バウハウスもあの時代の素材ではあそこまでしかできなかったけど、この子たちは道具(インターネットなどのテクノロジー)も持っているしパワーも持っている」

 そして、自分たちがすべきことは、きちんとこの世代を支援し、邪魔をしないでこの世代がパワーアップすることに手を貸していくことが大事だという。

 タイトルを「変革論」としたJoiの博士号論文。その論文の概要を披露するスピーチの最後は、「これからの大学がやることは、この子たちを応援することじゃないかな」と変革を実践してくれる世代への期待を語る言葉で締めくくられた。

編集部 Written by
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