2018年もさまざまな話題を提供してくれた中国。メディアを通じてさまざまな情報が流れている。人工知能、遺伝子編集、仮想通貨など「DG Lab Haus」が取り扱う分野でも中国発のニュースなしでトレンドを追うことはできない。今の中国の実像をどう捉え、その実力をどう評価するのか。来年、2019年さらにその先、この隣人とどう付き合うのか。中国のビジネス事情に精通した田中信彦氏と高口康太氏のお二人を迎えお話を伺った(聞き手はDG Lab Haus編集長の北元均。対談は2018年11月27日デジタルガレージ本社にて)
■ 田中信彦氏
BHCCパートナー/亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科
日経ビジネスオンライン『「スジ」の日本、「量」の中国』
連載中 wisdom『次世代中国 一歩先の大市場を読む』連載中
著書「スッキリ中国論 スジの日本、量の中国」(日経BP社)など
■ 高口康太氏
ジャーナリスト、翻訳家。
『ニューズウィーク日本版』『週刊東洋経済』など寄稿多数
DG Lab Hausに中国デジタル関連記事連載中
著書『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)『現代中国経営者列伝』(星海社新書)など
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景気減速の声もある中、市民生活は上向きの「消費昇級」
北元 : まず、現在の中国国内の話題や状況、今年1年で目立った出来事などを解説いただけないでしょうか?
高口:大きな話題は「米中貿易摩擦」ですよね。中国の景気減速につながっているのではないかとの報道も多いです。ただ、景気については貿易摩擦だけが問題ではありません。習近平政権の2期目は「過剰債務削減」が重点ポイントです。リーマンショックで巨大な財政出動を行った後遺症をどうにかしなければと、金融を引き締めようとしたタイミングで、米中貿易摩擦が起こってしまったという巡り合わせの悪さです。
それじゃ中国の景気はどんどん悪くなっているのか?というとそうでもない。ここは田中さんが詳しい分野と思いますが、中国人の消費生活や生活水準は、圧倒的な成長を遂げているのが事実です。「伸び率が鈍化している、景気悪化の証明」という報道を見かけますが、もとがきわめて高かっただけに伸び率が落ち込むと騒ぎになる。ただ消費の実数を見てみると、まだ年率8%、9%も成長している。
たんに量が増えているだけではなく、「少し良いものを買おう」「ブランドストーリーを持ったものを買おう」という「消費アップグレード」の動きも出ています。
田中:5%でも3%でも成長が続いている限りは、中国にはそんなにとんでもないことは起きないんじゃないですか。ただし成長が極端に落ちたときは、たぶんあの社会はもたないんじゃないですかね。
高口 :GDPや消費という数字からは見えない変化もあります。それが雇用構造の変化。田中さんのご著書で詳しく取りあげておられましたが、シェアリングエコノミー関連の雇用が増えています。上海や北京では出前(ウーバーイーツのようなサービス)シェアリングサービスの配達員としてフルタイムで働くと、月に1万元(約17万円)程度になるそうです。大学卒の新卒給与は上海でも6千元(約10万円)ぐらいが相場でしょう。シェアリングエコノミーは学歴のない非熟練労働者に新たな選択肢を与えた。能力があれば既存産業よりよっぽど稼げるという時代です。
田中 :“お腹が減った、でも忙しくて外に出たくない”というニーズと、“柔軟に働き方を変えられる人たち”を結びつけるデジタルの仕組み。そして中国人の働き方ですね。それは終身雇用でひとつの会社に定着して長く働くよりは、自分が稼げる街に行く、稼げる仕事に移るというもの。そんな中国人の柔軟な働き方とデジタルが結びついて、社会の仕組みとして確立されてきたというのが、去年や今年の大きな特徴だと思うのですよね。単に「無人何とかができた」というような話は中国では完全に下火です。そういう一見華々しい話題より、仕組みが社会に実装されてきたことで、人々の稼ぎが飛躍的に上がってきていることを注目すべきでしょう。
デジタルトランスフォーメーションを推し進める膨大な数のエンジニア
北元 : 田中さんがご覧になって何か面白い事象はありますか?
田中 : すごいなと思ったのは「菜鳥網絡(Cainiao Network)」という物流企業。2012年の「独身の日(アリババ主催の巨大ECセール)」に物流がパンクして社会問題化しました。パンクした時の荷物の総数は7千2百万個。ところが、今年は何と13億5千万個に増えたのですが大きなトラブルは起きていない。それはデジタルのイノベーションのおかけです。AI(人工知能)で精度の高い売れ筋予測を立て、売れ筋商品を全国各地の倉庫にストックしておき。巨大倉庫でロボットが何百台も働く。配達の伝票、配達をする人たちへの報酬支払いの仕組みがスマホベースでできるようになりました。7千2百万個でパンクしていたものが、わずか6年で13億5千万個を届けきるようになった。どうしてこういうことが可能になるのかというと、日本のように最初から全部計画して、落ち度がないようにやっていくのではないのです。まずやってみて、トラブルが出たら解決して、補ってというのを繰り返していく。それを5、6年やっているうちにすごいものができちゃうわけですよ。
高口 : そうしたデジタルトランスフォーメーション(デジタル技術による変革)の原動力となっているのは、エンジニアの数です。
田中 : 数の力はすごいですよね。
高口 : 2006年ごろでしょうか。 “中国は旧ソ連型の理数教育ばかりやってきたけど、これからは社会科学や人文科学教育が大切だ”なんて言われていましたが、ここに来て“やっぱり旧ソ連型の教育がよかったんじゃない?”なんて話になっています(笑)。中国では理数系教育はしっかりしています。以前に記事(小学生のうちからPythonに親しむ一歩先行く中国のメイカー教育事情)で取りあげましたが、メイカー教育は米国では理数系回帰の意味合いが強いのですが、中国では子どもの自発性、創造力を引き出す点に重点が置かれています。
成長ボーナスを求めて「農村」へ「海外」へ
北元 : 中国の主なデジタル関連のサービスで、そろそろ行き詰まったりダメだったりとかいうものはありますか?
田中 : シェア自転車が典型的な(行き詰まった)例ですけど、今年は、社会に定着して広まっていくものと、そうでないものがはっきりしてきた年なのかなあと。
高口 : シェア自転車については、田中さんは“うまく行かなかった”という見方かと思うのですが、私はまだ結論は見えていない、社会に定着する可能性も十分あると思っています。そもそも中国のビジネスって、最初に膨らませるだけ膨らましておく。バブルがはじけてしぼんでも、まだ残っているという形で落ち着きます。ちょっとずつ積み上げて大きくする日本とは真逆のアプローチです。
田中 : シェア自転車は確かに現実に使われていますからね。まったくの失敗とは言えない。でも、あまりにも浪費が大きい。大きく投資して縮んでいき落としどころに落ち着く。中国ビジネスというのは確かにそういうところがあると思います。それって人とお金と時間の壮大なムダに支えられていますね。
高口 : 「多産多死」ですよね。トライアンドエラーを重ねることでしか正解に行き着かないというのは正しいと思うのですが、その間に犠牲になるたくさんの人たちはどうするんだという問題はありますね。
田中 : そうですね。 中国社会全体で「成功して満足している人」と「負けて不満に思っている人」の数を比べると、圧倒的に後者が多いです。日本の場合、良くも悪くも適当なところで折り合いをつけるじゃないですか。だから、大きなブレイクスルーや急速な進歩というのは起こりにくいけど、強い不満を持つ人も多くない。中国の場合はドーンとダイナミックに行くけれど、圧倒的に負ける人が多いわけですね。
高口 :「失われた20年」、そろそろ30年になりますが、ともあれ華々しい成長がないまま一世代が過ぎてしまったのが日本です。なので経済だけではなくて、人間の発想がデフレ思考です。
中国は逆に40年間も成長を続けてきたので、頭の中がバブルといいますか、どかんと成長するスポットを常に追い求める発想になっている。都市が成長した、じゃあ次は農村だ、内陸部だ、海外進出だ、老人市場だとフロンティアを追い求めています。
2019年の新トレンドも、このフロンティア探しの中から出てくるでしょう。ポイントは農村と海外でしょうか。この2、3年に出てきたITサービスは「農村ユーザー獲得」が勝負の決め手と言われています。代表例の「拼多多(ピントゥトゥ)」は、都市部の低所得層及び農村向けのECサービスです。
海外もポイントです。「TikTok(ティックトック)」がどうしてあんなに海外に向けてがんばっているかというと、国内の需要掘り起こしだけでは足りないからです。テンセントみたいな強いライバルもいますし。これから若いベンチャーが成長ボーナスを求めて、海外に新しい市場を切り開こうとする動きは続くんじゃないですかね?
(後編へ続く)