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小学生のうちからPythonに親しむ 一歩先行く中国のメイカー教育事情

DFロボットのブース。Bosonを持つスタッフ

DFロボットのブース。Bosonを持つスタッフ

「メイカー教育(プログラミングとものづくりの体験を核とした教育手法)産業先進国」の中国企業が日本市場進出を狙っている。

 2018年5月16日から18日の3日間、東京ビッグサイトで「第9回教育ITソリューションEXPO」(通称はEDIX)が開催された。約700社が参加したが、中国企業の参加も目立つ。そして、そのほとんどが「STEM教育」「メイカー教育」関連の製品を出展していた。

 STEMとはScience(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Mathematics(数学)の頭文字をあわせた造語だ。「STEM教育」の元祖である米国では、90年代から教育の基礎にはこれら理工系知識や素養を重視する必要があると考えられていた。近年、あらゆる分野でIT化が進み、AI(人工知能)などが普及するにしたがって、この傾向はますます強くなっている。

 旧ソ連型の実学的大学教育制度を基盤に持つ中国では、従来から理工系教育の比重が高かった。むしろ社会科学重視へと教育改革を行うべきという議論もあったほどなので、「STEM教育」に至る流れは米国とは異なる。

 中国では子どもの自発性を引き出し、プログラミングとモノづくりに親しむという「メイカー教育」の側面が強いという。

 こうした新しい教育が注目を集めるようになったのはごく最近の話だ。2014年9月、李克強首相は「双創」(「大衆創業・万衆創新」)というコンセプトを発表。翌年1月に深圳市のメイカースペース「柴火空間」を訪問した。トップの動きに後押しされ、中国ではモノづくり企業の創業に拍車がかかり、同時にSTEM教育、メイカー教育ブームも一層過熱した。

DFロボットは上海の本拠を構える中国企業

DFロボットは上海の本拠を構える中国企業

 上海市に本拠を置きSTEM教育用ツールを取り扱う企業、DFロボットの創業者である葉琛氏によると、2017年時点で中国では3000から5000校がSTEM教育、メイカー教育のカリキュラムを取り入れており、学校以外でも子ども向け教室でのニーズもあるという。

 中国の教育メディア『鯨媒体』によると、2016年の市場規模は約700億元(約1兆2000億円)に達し、2020年には1000億元(約1兆7000億円)を突破すると予測している。また、東呉証券の予測では現在の市場規模は200億元(約3400億円)、5年後には500億元(約8500億円)としており調査機関ごとに大きな開きはあるもののすでに一定規模の市場が存在し、今後の急成長が予測されている点では一致している。

プログラム言語の入口はロボット

 この分野では老舗の貫禄を見せるのが上海市のDFロボット。創業者の葉琛氏は英ノッティンガム大学で産業ロボットを専攻し、博士号を取得したエンジニアだ。葉氏は産業用ロボットではなく、個人向けの製品を作りたいという思いから2008年に帰国し創業した。メイカー(個人ベースでものづくりを行う人)向けのキット販売を主要事業としており、2015年以降はSTEM教育、メイカー教育ブームを背景に中国国内での販売を伸ばしているという。

 EDIXでは積み木のような形のモジュール化された教育キット「BOSON」プログラミング教育用のマイコンボード「micro:bit(マイクロビット)」を使ったキット、ウインドウズが動作するシングルボードコンピューター「Latte Panda」など、小学生から大学生まで対応するラインナップをそろえていた。

makeblockのブース。Neuronを持つスタッフ

makeblockのブース。Neuronを持つスタッフ

 上海市からの参加はDFロボット1社だが、広東省深圳市からの参加が目立った。その筆頭格がmakeblockだ。2011年の創業。アルミフレームにセンサーやモーターを組み合わせたロボットキットが主力商品だ。世界的にも評価が高く、日本ではソフトバンク コマース&サービスと提携。日本語サポートの手厚さでは中国企業の中でも図抜けている。EDIXでは新製品の「Neuron」が大々的に展示されていた。DFロボットの「BOSON」と同じく、「プログラミング可能なIoT電子積み木」というコンセプトだ。

 

 興味深かったのはロボットキットや「Neuron」のプログラミングに活用するソフトウェアの「mBlock5」だ。学習用プログラミング言語の「Scratch」と同じ方式で、ブロックを組み合わせることで、子どもでも比較的容易にプログラミングを習得することができる。「mBlock5」ではScratchで組んだプログラムをワンクリックで別のプログラミング言語のPythonに変換することができる。

 実は今、中国では汎用プログラム言語「Python」が熱い。学校のプログラミング教育で使われる言語が次々とPythonに切り替えられているという。背景にあるのはAI(人工知能)ブームだ。Pythonは機械学習、ディープラーニングに使われることが多い。大企業はAI関連新サービスを次々とリリースし、AI関連技術を学んだ新卒大学生は高給で引く手あまたと、AI人気でわく中国だけに、子どものうちからその素養を学べるというのは大きな訴求ポイントとなりそうだ。

 makeblockと同じくScratchで動かせるロボットキットを出展していたのがGLIテクノロジー、Bell Creative Science and Education、Robobloqの3社。いずれも深圳の企業だ。

 makeblockの成功後、深圳では次々と後追い企業の創業が続いている。元makeblock社員が独立したケースも多い。アジア経済研究所の木村公一朗はレポート「中国:深圳のスタートアップとそのエコシステム」 において、「青いロボット」の増殖として類似製品が次々登場している状況を紹介している。makeblockのロボットキットは青いアルミフレームを使っているが、類似企業はその色まで模倣しているというわけだ。

Bell Creative Sceience and EducationのMabot

Bell Creative Sceience and EducationのMabot

 もっとも今回EDIXに出展した3社は青以外のカラーを使用しているほか、細かい部分で独自の工夫が見受けられた。特にBell Creative Science and Educationは積み木型モジュールを組み合わせるとロボットになるという、オリジナリティあふれるロボットキット「maBot」が印象的だった。

 ある分野に成功企業が誕生すると、瞬く間にフォロワーが登場する。先行者からするとたまったものではないが、後発参入者との激しい競争の末に業界全体がレベルアップしていく。これがスマートフォン業界などに象徴的な中国のビジネス事情だ。STEM教育、メイカー教育の分野においては、Scratchなどの中核技術が海外のオープンソースであるため、後発組の参入障壁が低く、より競争が激化しやすいという事情もありそうだ。

 日本でもプログラミング教育やSTEM教育は注目を集めつつあるが、DFロボットの葉琛曰く、「中国や韓国に比べると、動きが鈍い」という。中国勢は将来の巨大市場を取るべく、多くのプレイヤーがしのぎを削ってレベルアップを続けている。EDIXでもその勢いは十二分に感じられた。

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ジャーナリスト、千葉大学客員准教授。2008年北京五輪直前の「沸騰中国経済」にあてられ、中国経済にのめりこみ、企業、社会、在日中国人社会を中心に取材、執筆を仕事に。クローズアップ現代」「日曜討論」などテレビ出演多数。主な著書に『幸福な監視国家・中国』(NHK出版、梶谷懐氏との共著)、『プロトタイプシティ 深圳と世界的イノベーション』(KADOKAWA、高須正和氏との共編)で大平正芳記念賞特別賞を受賞。