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秋葉原からグラフィックボードが消えた~世界各地へ分散 中国マイニング業界の最新事情

電気街「華強北」のマーケットビルの一つ、賽格電子市場。さまざまな電子機器、部品を扱うテナントでひしめきあう

電気街「華強北」のマーケットビルの一つ、賽格電子市場。さまざまな電子機器、部品を扱うテナントでひしめきあう

「もしもし、あのさ、『グラボ』を500枚ぐらい買って、インドに送ってくれない?もちろんお礼はするから。」

 中国のメッセージアプリ、ウィーチャットに突然連絡が入った。相手はインドで貿易商を営む中国の知人だ。中国の雑貨をインドで売り、インドの宝飾品や工芸品を中国で売る仕事をしているのだが、いつも新たな儲け話を見つけては相談してくる。

 「グラボ」とはパソコン用パーツの一種、グラフィックボードを意味する。なぜ日本で売られているグラボがインドで必要なのか? じっくり話を聞いてみると、その背後には仮想通貨マイニング業界が、中国から世界各地へ分散しつつあるという現実が見えてきた。

仮想通貨を手にいれる方法

 2017年4月の資金決済法改正を契機に、ビットコインをはじめとする仮想通貨は一気に日本でブームとなった。大手取引所が大量のテレビCMを投入したことによって、今や一般人でも知らぬ人はいないのではないか。

 仮想通貨を入手する方法はふたつある。トレード(取引)とマイニング(採掘)だ。取引所などで仮想通貨を買うのがトレード。そして、仮想通貨の運営にとって必要な計算能力を提供し、その報酬を仮想通貨で得るのがマイニングだ。

 このマイニング、初期のころは通常のコンピュータで行われていた。世界中の一般人が仮想通貨の取引に関与することによって、非中央集権的な金融を実現するという理想がそこには込められていた。ちょっといいグラフィックボードを買って個人宅でマイニングをして仮想通貨稼ぎ……という牧歌的時代もあったのだが、その状況を一変させたのが中国の草の根工業力で作られたマイニングマシーンだ。

あっという間に中国にさらわれたマイニングマシーン市場

 マイニングマシーンは現在、マイニング専用のASIC(特定用途向け集積回路)を使った機器が主流となっており、中国企業製が世界シェアの9割超を占めている。なぜこれほど圧倒的な地位を築いたのか、中国メディア「棱鏡(プリズム)」がその歴史をまとめている。

http://new.qq.com/omn/20180122/20180122A0S6QF.html(中国語)

 この記事にもあるように、2012年6月、米国のバタフライラボ(Butterfly Labs)は世界初のマイニング用ASICを発表、クラウドファンディングを開始した。専用回路ならば一般向けコンピュータとは比較にならない効率を実現できる。計画通りの性能が実現できれば、バタフライラボがビットコインマイニングの過半数を掌握する計算だった。

中国広東省深セン市の電気街「華強北」

中国広東省深セン市の電気街「華強北」

 ところがそのクラウドファンディングは予想外の影響をもたらした。発表を見た北京航空宇宙大学で集積回路設計を学んでいた大学院生の張楠賡(仮想通貨界隈では「南瓜張」の名で知られている)、中国科技大学少年クラス(飛び級クラス)出身で大学院生の蒋信与という二人の若者がASICの制作に乗りだしたのだ。結果、バタフライラボよりも早くASICの開発に成功。さらに深センの企業を使ってASICを搭載したマイニングマシーンを量産した。

 深センやシンガポールでのメイカーフェアーの運営に関わり、クラウドファンディングなどにも詳しい高須正和氏によると、米国のクラウドファンディング・プラットフォームで新製品が発表されると、中国企業がオリジナルよりも早く類似製品を完成させるのはよくある話だという。技術力と野心を兼ね備えたエンジニアが多く、かつ部品サプライヤーから組立工場といったサプライチェーンが充実している「ハードウェアのシリコンバレー」中国・深センが活用できるゆえの早業だ。マイニング用ASICの世界でも、この事例が繰り返されたというわけだ。

電気街「華強北」のマイニングマシーン・ショップ。高須正和氏撮影

電気街「華強北」のマイニングマシーン・ショップ。高須正和氏撮影

 さらに蒋信与らが開発したASICの将来性を見込み、ICO(イニシャル・コイン・オファリング、仮想通貨と同様の技術でトークンと呼ばれる仮想アイテムを作りだし、企業やプロジェクトのために資金を集める手法)で投資したのが呉忌寒(Jihan Wu)氏。ASICなどのIC(集積回路)の開発はもともと成功確率が低くリスキーだが、このギャンブルは成功し、呉氏が率いる企業「ビットメイン(BITMAIN)」は今や世界最大の仮想通貨マイニングマシーンのメーカーへと成長している。業界2位のCanaan、3位のebangも中国企業。3社あわせてマイニングマシーンの世界市場で9割超という圧倒的シェアを誇っている。

 ビットメインを始めとするマイニングマシーンメーカーは、自らもマイニングを行う事業者だ。さらに機器を購入してマイニングを行う事業者も中国国内には数多く存在する。ビットコインの場合、マイニングに占める中国勢のシェアは2017年秋時点で7割近くに達していたと推定されている。

中国のマイニング規制が状況を変えた

 しかし今、この状況に異変が起きている。中国企業の国外移転と海外事業者の参入によって、中国一強の構図が変わろうとしているのだ。

 なぜ中国企業は国外移転するのか。その背景には中国政府の政策転換がある。2017年9月、中国政府はICOを禁止したが、同時に仮想通貨と人民元のトレードを禁止した。仮想通貨を保有することと、取引所で仮想通貨同士を交換することはOK。ただし人民元などのリアルマネーで仮想通貨を買ったり、逆に仮想通貨を売ってリアルマネーに換えることはNGだ。つまり、中国国内では、仮想通貨のトレードで普通のお金を得ることができなくなった。

 これでトレードとマイニング、ふたつのうち片方が消えた。残ったマイニングは規制の対象外だったはずだが、トレードの規制によって不可思議な圧力がかかったようだ。中国の仮想通貨取引所関係者によると、仮想通貨について勉強するセミナーまで開催を禁止されるなど、「中央政府の意向を忖度して、規制の条文にはない分野にまで圧力がかかった」と明かしている。

 マイニングに対しても間接的に圧力がかかった。マイニングには大量の電力が必要だ。風力発電が盛んな内モンゴル自治区などにマイニングファームを作り、発電所から直接電力供給を受けるという手段が使われていたが、「送電は国家独占の商売であり、発電所からの直通は許されない」と規制された。

 さらに今年1月3日には中国人民銀行(中央銀行)が各地方政府に通達。「マイニング企業をハイテク・ベンチャーとして厚遇し土地や電力を安価で提供してはならない」と命じた。一部報道ではマイニングの電力消費量が大きすぎるとの懸念からと伝えられているが、これは正確な理解とは言いがたい。中国仮想通貨事情に詳しい消息筋は、「電力が問題ではない。マイニングファーム(仮想通貨発掘工場)は主に余剰電力が大きい地域に作られているのだから。具体的な問題があったというよりも、実体経済とは無関係の投機である仮想通貨がビジネスとして肥大化することを警戒したというのが正しい理解だ」と分析する。

中国からの脱出と新たな国からの参入

 中国でのマイニングが禁止されたわけではないが、「トレードと同じく、突然禁止されても不思議ではない」との不安が広がった。こうした中で、中国マイニング企業の多くは海外移転の動きを進めている。

 マイニングファームの条件は機器の動作に必要な電力が安く、冷却効率を上げるために気温が低いことだ。カナダやロシア、アイスランド、東欧などが有力候補とされ、すでに海外工場を設立した中国マイニング企業もある。

電気街「華強北」のマイニングマシーン・ショップ。高須正和氏撮影

電気街「華強北」のマイニングマシーン・ショップ。高須正和氏撮影

 ただし中小マイニング企業にとっては海外での工場運営のハードルは高い。その間隙を縫って台頭しつつあるのが中国以外の国のマイニング企業だ。中国からマイニングマシーンを購入しさえすれば一定の収益が見込める。中国企業にとっても海外で工場を運営するリスクよりも、機器を売るほうが安心というソロバン勘定も働く。こうした背景で、世界最大の電気街である中国広東省深セン市の華強北にはここ数カ月でマイニングマシーンを販売する専門店が激増した。

なぜASICではなくグラフィックボードが売れるのか

 ここで冒頭の話に戻る。2017年の仮想通貨急騰はビットコインだけではなく、他の通貨にも波及した。そのひとつがイーサリアムだ。この仮想通貨の特徴はASICでのマイニングが困難なことで、そのマイニングには汎用グラフィックボードが利用されている。仮想通貨マイニングに乗りだした世界のマイニング企業が、ビットコイン以外の選択肢としてイーサリアムを掘るためにはグラフィックボードを大量購入する必要があるのだ。

 かくして今では世界中でグラフィックボードの奪い合いが起きている。インド在住の中国人貿易商は「中国にはもう在庫がない。日本ならまだあるはず。それを確保して欲しい」と言う話をもちかけてきたのだ。

 もっとも彼の動きは遅すぎたようだ。AKIBA PC HOTLINE によると、1月第3週からグラフィックボードの価格が急騰。すでにメーカーや代理店の在庫が払底しているという。一部PCショップでは購入制限をかけるほどの品薄ぶりだ。

 筆者のところに突然舞い込んできた怪しげな儲け話は、中国の政策変更に伴う仮想通貨業界の変化を背景としていた。仮想通貨トレード周りでは、相場の乱高下やセキュリティの問題などなにかとネットを騒がしているが、もうひとつの稼ぎ口であるマイニングも、私たちの社会に静かに影響を与えている。風が吹けば桶屋が儲かるではないが、中国の禁令が引き金となり、秋葉原の店頭からグラフィックボードが消えるというのが今の世界だ。

高口康太 Written by
ジャーナリスト、翻訳家。 1976年生まれ。二度の中国留学を経て、中国専門のジャーナリストに。『ニューズウィーク日本版』『週刊東洋経済』など各誌に多数の記事を寄稿している。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)、『現代中国経営者列伝』(星海社新書)。