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ブロックチェーンにアタリショックの再来はあるか

atari

 時は1983年にさかのぼるが、ゲーム産業にとって歴史的なことが発生した。1983年のビデオゲームクラッシュ、日本ではアタリショックと呼ばれているものだ。1982年には、家庭用ビデオゲームの市場規模は約32億ドルだったが、1986年には、わずか1億ドルにまで落ち込んでしまった。この当時、1977年に開発されたATARI2600、一般にはVideo Computer System(VCS)と呼ばれている機器が、最も有名な家庭用ゲームのプラットフォームであった。VCSはそれまでの家庭用ゲーム機とは異なり、ビデオゲームというシステムのアンバンドル化を達成した。つまり、今では当たり前だが、個々のゲームタイトルのカートリッジと、それを実行するゲーム機を分離したのだった。この分離が家庭用ビデオゲームの市場の拡大に一役買い、数多くのサードパーティーのゲーム会社が生まれた。

 ATARIを離れたゲームデザイナーたちが作ったActivision社が、最初のサードパーティーによるゲームカートリッジを開発した。このとき、ATARI社はサードパーティー製のカートリッジの使用を許可しなかったが、裁判の後、ロイヤリティを払うことでActivisionがオリジナルのゲームを作ることについてATARIとActivisionは合意した。このことが、様々なサードパーティーがVCS向けのゲームを作る大きなきっかけとなった。

 この変化は、多くのサードパーティー製のゲームを生み出し、そのうちのいくつかは素晴らしいゲームだったが、なかには面白くもない、いわゆる“クソゲー”もいくつか存在した。ゲーム市場の拡大は、ゲーム産業以外の人たちのビジネス的関心を引いた。その結果、ゲーム作りに不慣れな人が数多くの“クソゲー”を作るに至った。

 当時、ATARIはサードパーティーの作ったゲームタイトルの品質を管理しておらず、この状態は消費者にとっては居心地の良いものではなかった。消費者はお金を払い、カートリッジをVCSに挿入して実際にゲームをプレイするまで、そのゲームの質を知ることはできなかったのだ。このようなことが常態化することにより、ゲームマーケットは冷えてしまい、VCSのゲームタイトルの価格はドミノ倒しのように下落していった。冒頭に書いたようにゲーム市場が縮小したのには、ATARI以外の様々な理由 – ゲームプラットフォーム間の競争や、当時出始めのパソコンとの競争 – があったと言われるが、ゲームの品質の管理が不足していたことは、その市場縮小の大きな理由のひとつであった。

 ゲーム市場は1985年から1988年にかけて、Nintendo Entertainment System(NES)(注:日本のファミコンをベースに海外対応したプラットフォーム)の登場によって再び盛り上がることになる。NESは、認証を得ていないサードパーティーのゲームが動かないようなプロテクションの仕組みを備えていた。これは、アタリショックからゲーム産業が学んだ結果を反映したものだった。カートリッジには、コピー防止のための特殊なハードウエアチップが内蔵され、任天堂はそのガイドラインに従わないタイトルを売ることができないようなチェックをしていたと言われている。この後も、ほとんど全てのゲームプラットフォームは似たようなプロテクションの機構を備えている。ちなみにATARIは、1986年にゲーム市場から退場した。

アタリショック前夜の様相?

 アタリショックにまつわる歴史を紐解いたとき、私は多くのICOを含む暗号通貨とブロックチェーンのプロジェクトの現在の状況について考えてしまう。ビットコインとブロックチェーンは、金融にまつわるビジネスの仕組みと、金融のプラットフォームのアンバンドルを実現することができる。

 これらは、新しいエコシステムを作る柔軟さを様々な人に提供することができる。このアンバンドリングこそが多くの暗号通貨やブロックチェーンのプロジェクトを生み、そして多くの注目と投資を集めている理由である。

 ここのところ、我々は非常に多くのBitcoinのフォークの発生に直面し、ブロックチェーン的な何かに基づく多くのICOプロジェクトを目にしている。ここで起きている主要な問題のひとつは、消費者がそれぞれのコインやプロジェクトの意味、正しさ、そして健全性を、コインやトークンのためのお金を払うときや、払った後でさえ、正しくは評価できないことだ。これはVCSにおいて、非常に多くのサードパーティー製のカートリッジが引き起こした状況に似ている。

 もし、多くの意味のないコインやトークンが存在するとすれば、その状況がブロックチェーンのエコシステム全体の評判を損なうことになり、良い技術やプロジェクトの未来の可能性を狭めてしまうことになる。私の懸念は、現在の多くのBitcoinのフォークやICOのプロジェクトの存在が、ビットコインやブロックチェーンのプロジェクトにおけるアタリショックの再来になってしまわないかということである。もちろん、それが取り越し苦労であることを願っているのだが。

ブロックチェーンにおいて“任天堂”の役割は誰が担うのか

 アタリショックとその後のNESによる復活の例と、ビットコインやブロックチェーンとの最大の違いは、後者にはコインやプロジェクトの質を管理する任天堂のような存在がないことだ。パブリックブロックチェーンでは、特段の許可は必要がなく、コミュニティを中心とした運営がなされているが、このことによって全てのプロジェクトの質を保つのは簡単ではなくなっている。ビットコインのソフトウエアを開発しているビットコインコアのコミュニティは、その純粋な信念からプロジェクトの質を保とうと必死に努力しているが、外部の動きをコントロールすることは困難な仕事だし、この問題はICOのプロジェクトならなおさらである。

 中央の組織や中央集権的なガバナンスがないのであれば、いわゆる「いいね!」のような「評判」の仕組みを導入するのは良いアイディアかもしれないが、懸念すべき点としてはここ数年「創られた評判」が混じるケースにたくさん遭遇していることだ。この状況は好ましいものではなく、限られた専門家が質の悪いプロジェクトを取り締まる警察のような仕事に追われ疲弊してしまう。

 ここで我々が必要とするのは、技術的なデューディリジェンス(精査)と評価を行うためのスケールする枠組みとプロセスだ。しかし、完全に非中央集権化された世界を維持しながら、このようなものを作るのは簡単ではない。しかし、自律的に品質管理が行われる持続的な状況を一般に提供するためのシステムを作る必要はある。

 今後、中立を保っているアカデミアによる現在の活動が、そのような仕組みを生み出す議論の舞台となり、さらにはブロックチェーンの技術自体が、必要とされる自律システムを作り出す基礎となることを願っている。

*本記事は2017年11月25日付の著者のブログ記事(英文)を著者自身が翻訳・加筆したものです。

 

Written by
ジョージタウン大学Department of Computer Scienceの研究教授として、CuberSMART研究センターのDirectorを務める。東京大学生産技術研究所・リサーチフェローとしても活動。2020年3月に設立された、ブロックチェーン技術のグローバルなマルチステークホルダー組織Blockchain Governance Initiative Network (BGIN)暫定共同チェア。 ブロックチェーン専門学術誌LEDGER誌エディタ、IEEE, ACM, W3C, CBT, BPASE等のブロックチェーン学術会議やScaling Bitcoinのプログラム委員を務める。ブロックチェーンの中立な学術研究国際ネットワークBSafe.networkプロジェクト共同設立者。ISO TC307におけるセキュリティに関するTechnical Reportプロジェクトのリーダー・エディタ、またおよびセキュリティ分野の国際リエゾンを務める。内閣官房 Trusted Web推進協議会、金融庁 デジタル・分散型金融への対応のあり方等に関する研究会、デジタル庁Web3.0研究会メンバー。