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中国の共享工作空間(コワーキングスペース)に期待される機能とは

Rocketspace深センのミーティングスペース

Rocketspace深センのミーティングスペース

 「大躍進」というスローガンをご存知だろうか。1958年から3年間にわたり中国政府が実行した経済政策だ。鉄鋼生産、穀物生産で過大な目標を掲げ、その実現に向けて無謀とも思われる政策を敢行され、虚偽の報告が横行するなどの弊害が生まれた。現在でも政府による過剰な数値目標によってむやみな開発が進められることを「●●大躍進」と呼ぶ。昨今もさまざまなプチ大躍進が繰り広げられているが、その中には「イノベーション大躍進」「インキュベーション施設大躍進」なども。この波に乗って中国でもコワーキングスペースが「大躍進」を遂げている。

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 2014年9月、李克強首相は「大衆創業、万衆創新」(大衆による創業、万民によるイノベーション)という方針(双創政策)を打ち出した。この新方針に従い、中国政府は地方政府による創業支援ファンドの創設やベンチャー投資規制の緩和などの政策を進めている。ベンチャー企業や個人事業者が活用しやすい、共用のワーキングスペースの整備もそのひとつだ。

 一口に共用のワーキングスペースと言ってもさまざまな種類がある。中国のそれは大きく以下のように整理できるだろう。

  1. 大手企業を含む、企業のオフィス共有化 シェアオフィス(共享辧公)
  2. ベンチャー企業が入居し、施設側がアドバイス、サポート、あるいは資金提供するもの インキュベーション施設(孵化器)、アクセラレータ(加速器)
  3. 個人、または小企業が入居するもの。 コワーキングスペース(共享工作空間、共用工作空間)、メイカースペース(創客空間)、ハッカースペース(黒客空間)。中国語では「衆創空間」と総称

*マルガッコ内はいずれも中国語訳。

「インキュベーション施設大躍進」を支える政府の支援

 清科研究センターが2017年3月に発表したレポート『2017年中国インキュベーター/アクセラレータ発展報告』によると、2015年末時点で中国のテクノロジー系企業向けのインキュベーション施設は2350カ所に達した。前年より900カ所以上も増えている。この実績は、なんと米国を抜き、インキュベーション施設数では世界一だ。この他に「衆創空間」も、公式に登録されたものだけで2345カ所を数える。

 この「インキュベーション施設大躍進」を支えているのは政府の支援だ。例えば深セン市はインキュベーション施設に1カ所あたり最大で年500万元(約8500万円)の資金援助を行っている。かくして、ベンチャー企業をサポートする能力を持たず、入居する企業も将来性ゼロというダメ施設が大量に誕生した。バブルではあることは否めないが、しかし事業立ち上げのハードルが下がったことも事実だ。「大躍進」は必ず終わるが、その時までにどれだけ優良な企業が生まれているかという歩留まりが問われることになるだろう。

 一方で、一定以上の質が担保されているのは「双創政策」が始まる前から事業に取り組んでいる老舗だ。中国系では名門・清華大学のベンチャー投資ファンドがバックアップする「TusStar」(啓迪之星)、大手IT企業レノボが運営する「レジェンド・スター」(聯想之星)などがあげられる。さらに近年では創業が盛んな中国に目を付けた外資系も参入している。

「ワーキングスペースつながり」という新たなルート

Rocketspace深センのデスクルーム

Rocketspace深センのデスクルーム

 筆者は11月、そうした有力イノベーション施設のひとつであるRocket Spaceの広東省深セン市拠点を訪問した。同社は2011年に米シリコンバレーで創業。Uber(ウーバー)やSportify(スポティファイ)などの有力企業を生み出してきた。

 取材に応じてくれたのは今年、RocketSpaceに入居したばかりの新興企業、超常識科技Makernet社の創業者、劉得志さんだ。同社はテクノロジーアートとSTEM教育を事業分野としている。具体的にはメイカーフェア(Maker Faire)西安の運営、博物館などのテック系展示及び企画、海外メイカーと中国製造業のマッチングなどを手がけている。メイカーフェア西安には日本からも出展者、一般参加者あわせて50人近い参加者があったほか、深セン市蛇口にできたデザイン・インタラクティブ博物館「Design Society」に、日本のアートユニット「明和電機」の発明品の展示及びグッズ販売を行うポップアップストア(期間限定ショップ。12月1日から2月1日まで)をプロデュースするなど、日本との関係も深い。

 RocketSpaceでは大部屋に机が並べられているオープンスペースと、企業ごとに与えられた個室との双方が用意されている。Makernetが利用しているオフィスは日本の小学校の教室ぐらいの大きさだった。世界各国のメイカーやベンチャーが手がけた製品、イベント用のノベルティや看板が並んでいるほかは、パソコンとホワイトボードがある程度。ごくごく普通のオフィスだ。Makernet社は創業時点では中国系の衆創空間に入居していた。

Rocketspace深セン、Makernet社のオフィス

Rocketspace深セン、Makernet社のオフィス

「移転はRocketSpaceに誘いを受けたからだ。我が社の事業内容が彼らにとってもリソースになるとの考えだろう」と劉さん。単にMakernetの将来性だけに目をつけたのではなく、米国のRocketSpaceに入居している企業の中国進出支援などの可能性が評価されたという。

 逆にMakernetにとってのメリットとはなにか。「我が社の核心的競争力は各国のメイカーとの提携だ。そしてRocketspaceを通じて、提携したメイカーたちのコンテンツをより多くに伝えることができる。また製品販売のルートについてもさまざまな小売り企業とのパイプを持っているため、紹介してもらうことができる」とのその意義を語った。

 また入居している他企業との情報交換も大きな意義を持つ。共用のワーキングスペースによってコネクションの広がりを期待するのはどの国でも共通だが、特に中国では「関係」(グワンシ、中国語でコネクションの意)を持つかどうかは死活問題だ。ビジネスは血縁、地縁、学閥などさまざまな「関係」を基盤に進められるが、「ワーキングスペースつながり」もまた「関係」を手に入れるための新たなルートとして注目されている。

高口康太 Written by
ジャーナリスト、翻訳家。 1976年生まれ。二度の中国留学を経て、中国専門のジャーナリストに。『ニューズウィーク日本版』『週刊東洋経済』など各誌に多数の記事を寄稿している。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)、『現代中国経営者列伝』(星海社新書)。