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自動運転車同士が交差点で出会うと何が起こる?問題を解決する“相談するAI”

クルマの運転もAI同士の相談で(図版はイメージで本文とは関係ありません:CES2018の会場にて)

クルマの運転もAI同士の相談で(図版はイメージで本文とは関係ありません:CES2018の会場にて)

 ビッグデータの処理能力や機械学習技術の進歩により、AI(人工知能)の能力が大幅に向上し、天気予報や株取引など実社会のさまざまな場面で活用されるようになった。今後、クルマやドローンなどAIが自動制御するデバイスやシステムがさらに普及すると考えられる。

 AIで自動制御されるものが増えると、それらの間で利害が衝突する状況が生まれることが予想される。例えばAIが制御する2台の自動運転車が交差点に同時に入る場面を想定してみよう。どちらが優先なのか、予め決められたルールがなければ、お互い様子をうかがい徐々に減速し、最後は交差点内で停止してしまうかもしれない。こうした不測の事態を避けるために必要となるのが、AI同士で相談や交渉をさせる「AI間連携技術」だ。

「AI間連携技術」を研究開発しているNECデータサイエンス研究所・主席研究員の森永聡氏。

 AIが相談や交渉をするというのは、例えば先程の2台の自動運転車のケースであれば、AIが互いに運転計画を伝え合い、「こちらは緊急の用事なので、そちらは少し待ってくれませんか?」「了解しました。こちらは3秒待つので先に行ってください」といったやりとりを行うことだ。

 こうしたAI間連携技術を研究開発しているのが、NECデータサイエンス研究所の森永聡氏だ。森永氏は、産業技術総合研究所や理化学研究所と共同研究を進めるほか、企業や研究機関が共同で政策提言する「産業競争力懇談会(COCN)」に参加するなどAI間連携技術の社会実装に向けた取り組みも行っている。森永氏に、技術活用の利点や社会実装に向けた活動を聞いた。

「AI間連携技術」が社会にもたらすインパクト

 森永氏は、「現在、個別システムのAI化は盛んに行われているが、次世代のスマート社会を実現するためには、(AI化した)システム同士の連携が欠かせない」と話す。

図:森永氏が「AI間連携技術」について説明する際に利用しているイラスト(図をクリックすると拡大します。提供:NEC)

 図の左側にあるイラストは、先に述べたような自動運転車が交差点で出会った場面を表す。こうした状況でもAI同士が互いの経路計画の申告、計画の変更依頼、合意を行えば、交差点で止まることなく、それぞれの目的をスムーズに達成することができる。右側の「マス・カスタマイゼーション社会」は少し規模が大きく、会社(組織)間での交渉を自動化する利点を説明している。

 現在、社内システムの管理にもAIを取り入れる企業が増えているが、その利用範囲は社内にとどまる。ところがAIが自社の枠を超え、他社のAIと自動交渉できるようになれば、人間同士でのやり取りでは見つけられなかったWin-Winとなるような取引を発見し、大幅な利益拡大につなげられる可能性があるという。

 AI間連携技術が実装されれば、鉄道会社やバス会社などのシステムを連携させることで、渋滞や行列、駐車場待ちによる時間のロスや経済的損失を減らすこともできる。あるいはイベント会場と交通機関、近隣の商店街のシステムを連携させれば、イベント会場近くの混雑を分散しつつ、商店への誘導を行い、街のにぎわいも創出できる。

 “AI交渉”の国際競技会で技術を磨く

 このようにAI間連携技術が普及すれば、社会のスマート化は大きく前進するだろう。ではAI間の挙動調整は、具体的にどのような方法で実現させるのだろう。森永氏は「2つの方法がある」という。

 ひとつが「統合制御による挙動調整」。これは、いわゆるマザーコンピューターを一段高い階層において、そこにあらゆる情報を集め、下位のシステムやデバイスの挙動を管理する方法だ。だがこの方法は、ひとつの工場やグループ企業間などクローズドな環境内では実現可能だが、多種多様な自動運転車が走る環境や異なる企業間取引を想定すると現実的ではない。

 そこで注目されているのが「交渉による挙動調整」だ。こちらは、AI同士が計画や変更案を交換し、合意できたら約束し実行するという方法。この方法であれば、デバイスやシステムが各々で交渉をするため、数が増えても対応しやすい。

 実はこうしたAIに交渉をさせる技術の研究は以前から行われており、2010年からは、AIの交渉の巧さを競う「国際自動交渉エージェント競技会(ANAC=Automated Negotiating Agents Competition)」が毎年開催されている。

 コンテストでは、架空会社等のエージェント(交渉代理人)となったAIたちが、制限時間内に合意条件案を出し合い、いかに良い条件で合意に至るかを競う。当初は2者間で合意させる内容だったが、現在では3者間で合意させるなど、ルールが年々複雑化している。

 さらに2019年からは、森永氏らの提唱により、製造会社の業務全般を管理するサプライチェーン・マネージメント力を競い合うゲームが実施される。この中で製造会社のエージェントとなったAIは、自社の強みを理解し、できるだけ良い条件で材料を買い、製造スケジュールを立て、できあがった製品をできるだけ良い条件で他社に売らなければならない。

 森永氏らは、こうした実際のビジネス環境に近い条件下で競い合うことで、AI間連携技術をより実用性の高いものに磨き上げようとしている。

社会実装に向けた取り組みが加速

 AI間連携技術研究を促進するきっかけとなったのは、「産業競争力懇談会(COCN)」での森永氏の提言だ。COCNは、日本の産業競争力を高めるために、企業や研究機関が共同で政策提言を行うサロンだが、森永氏は2017年度提案テーマ「人工知能間の交渉・協調・連携」のチームリーダーとして参加している。

 「内閣府が掲げる目指すべき社会を示す『Society5.0』や、安部総理の指示で創設された『人工知能技術戦略会議』のロードマップを読むと、AI間連携技術がないと実現しないことが散見されます。そうしたことの実現のためにも、今後5年間でナショナルプロジェクトを推進し、AI間連携技術を一気に社会実装すべきだと提言しました」(森永氏)

 2018年12月、内閣府が創設した「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」の人工知能分野において、「AI間連携基盤技術」という項目が記載され、研究開発プロジェクトが公募された。現在、NEC、OKI、東京農工大学、豊田通商、東京大学らによる「AI間連携によるバリューチェーンの効率化・柔軟化」や、慶應義塾大学らによる「健康・医療・介護 AI 連携基盤の構築」をテーマとした研究開発が進められている。

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