近年、現実世界と仮想世界を融合する「xR(エックスアール)技術」の進化が加速している。すでにさまざまな分野で活用が始まった「VR(仮想現実)」や「AR(拡張現実)」に続き、最近では「MR(Mixed Reality:複合現実)」も登場し、産業界からも大きな注目を集めている。
MRとは、Microsoft社のヘッドセット「Microsoft HoloLense 2(以下「ホロレンズ」)などを装着することで、現実世界の中に仮想世界が3D表示される技術を指す。この2つの世界がリアルタイムに影響し合い、重なり合うような体験ができる。
こうしたxR技術をはじめとするさまざまな先端技術を研究開発すると共に、企業と多くのユースケース(活用事例)を作り出している人物がいる。ホロレンズやMRに興味を持つ研究開発者が集まり設立した株式会社ホロラボの秦優(はた・ゆう)氏だ。
秦氏はもともと福島県会津若松市に本社を構える株式会社デザイニウムの東京オフィス(東京都品川区)に所属し、商業施設の巨大ビジョンを使った子ども向けインタラクティブコンテンツや、VR型デジタルアート展などの体験型コンテンツを多数開発していた。
その一方で、ジェスチャーや音声認識などで操作できるMicrosoft社のデバイス「キネクト(Kinect)」に興味を持つ開発者などが集まるコミュニティ「TMCN(Tokyo MotionControl Network)」を立ち上げる。そこでキネクトの第一人者である中村薫氏らと親交を深め、彼らがホロラボを設立する際に誘われ参加した。
現在、秦氏はデザイニウムとホロラボの双方に所属しながら、“新しい体験”をテーマに、企業とのユースケースを次々と作っている。
xR技術が実社会の中でどのような体験を提供し始めているのか、コミュニケーションやビジネスのあり方にどのような影響を与えると考えられているのか。秦氏に、自身が手がけたユースケースやxR技術の可能性について聞いた。
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——まずはデザイニウムでの活動について教えてください。
「デザイニウムは福島県会津若松市で創業した会社です。東京と福島に2つ拠点を設けているのですが、私が所属する東京オフィスは、「体験」をテーマに、3Dセンサーやカメラ、プロジェクターなどを駆使し、エンタテイメント寄りの体験型コンテンツを開発しています。ここでの活動は多岐にわたるのですが、最近のxR関連の事例としては、子ども向け教材の「VRペーパークラフト」があります」
「VRペーパークラフト」は、子どもたちがVR空間内で立体的な3Dモデルに塗り絵をすると、その展開図がプリントアウトされる。子どもたちはその展開図を組み立て立体モデルにする。幼年のうちから「3次元がどういうものか」を体感するための教材だ。
——ホロラボではどのようなことを?
「ホロラボは、ホロレンズの登場がきっかけでできた会社で、ホロレンズやMRなどの技術をどう活用するかをテーマに掲げ、研究開発しつつ、さまざまな企業とのユースケースを作っています」
秦氏によると、ホロレンズは建設現場や製造現場からのニーズが高いため、ホロラボのユースケースはBtoB向けのものが多いという。
例えば、ホロラボは、3D CADなどの3D設計データをクラウド上でAR・MR向けに自動変換する可視化ソリューション「mixpace」をSB C&S株式会社(東京都港区)と共同開発している。これまで設計イメージを共有するには、モニター上で3Dモデルなどを表示しなければならなかったが、このソリューションでは、ホロレンズを装着することで、現実世界に立体モデルを重ねて見ることができ、イメージを簡単に共有できる。ホロラボには、企業の業務改善のために3Dデータを可視化したこうした事例が多数あるという。
——秦さんが担当したユースケースにはどのようなものが?
「これまでエンタメ寄りの体験型コンテンツを多く作っていたので、ホロラボでもエンタメ寄りの事例が多いです。直近では、株式会社リクルートテクノロジーズ(東京都千代田区)さんと行った『ATL-MRトークライブ』がありますね」
「ATL-MRトークライブ」は、現実世界と仮想世界の境目をなくすことを目的に開催された実験的なイベントだ。現実側(イベント会場)の参加者は、ホロレンズを通してバーチャルアーティスト「IA&ONE」のライブを視聴した。一方、VR空間側からの参加者は任意の場所でHMD(ヘッドマウトディスプレイ)を装着しながら会場を模したVR空間にアクセスし、イベントに同時参加したという。
「この事例でおもしろいのは、イベント全体をデータ化して保存しておき、後日VR空間内でプレイバックできる機能を備えたこと。イベント当日に起こった現実空間とVR空間のコミュニケーションは『場所』を飛び越えることを意味しますが、さらに『時間』を超える体験も提供したことになるのです」
「時間」を超えることに関し、秦氏はもうひとつ、興味深い事例を教えてくれた。
2018年3月11日に、秦氏はNHKと共同で、思い出の駅をAR技術でよみがえらせるプロジェクトを実施した。東日本大震災で全壊した岩手県・陸中山田駅。その駅舎を町民の記憶を元にCGで再現し、ホロレンズを装着した町民の前に再現して見せたという。
「ホロレンズを着けたおばあちゃんたちが昔話に花を咲かせているのを見て、過去をよみがえらせることは非常に意味のある取り組みだと、あらためて実感しました」
——社会のさまざまな場面で活用され始めたxR技術ですが、今後、ビジネスやコミュニケーションにどのような影響を与えるとお考えでしょうか?
「3Dデータをそのまま見られるようになったことは大きいですね。例えば、車のデザインをしているときに、ホロレンズなら実寸サイズのものを目の前で見ることができる。仲間同士で同じ立体モデルを同時に見ながらディスカッションすることも可能ですから、業務の効率化に大きくつながるでしょう。
もうひとつ、(ホロレンズなどを装着すれば)我々の目よりも、より精度高く世界を見られるようになると思います。例えば、今目にしているペンの長さが表示されその場でわかるようになる。そうすると建設現場などの作業効率が大幅に向上します」
「その先に何が起こるのか」という問いに対して、秦氏は「人間のリテラシー(機器を活用する能力)」をキーワードに以下の見解を示してくれた。
「例えば、アバターを使ってVR空間の中で遠隔会議を行うとします。このとき私たちは、アバターの見た目はリアルな方がいいと考えてしまいがちですが、それは今の(一般人の)リテラシーに基づいた感覚です。VR空間でのコミュニケーションに慣れてくると、ポリゴンのような不完全な見た目のアバターであっても、首をかしげ、向く方向が変わるだけで、リアルなやりとりをしているのと似た感覚が持てるようになります。皆がそうなるとリアルなアバターを作る必要がなくなる。すると簡易なアバターの方向に進むかもしれません。つまり、使う人のリテラシーが変わることで、技術が進化する方向も変わるというわけです」
今後も進化を続けるであろうxR技術。我々の向きあい方次第で、未来のあり方は大きく変わっていくようだ。