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レジェンド競技者の感覚を可視化 「AIコーチ」が日本のフェンシングを強くする

株式会社LIGHTz AI Sport×AI Section 太田奈々海氏

株式会社LIGHTz AI Sport×AI Section 太田奈々海氏

 近年、スポーツにおけるデータ活用の重要性はますます高まっている。AIソリューション事業を行う株式会社LIGHTz(ライツ・茨城県つくば市)は、日本フェンシング協会にスポーツアナリストを派遣し、日本チームのためにデータ解析とアドバイジングを行うとともに、スポーツ熟達者の「ブレインモデル」づくりを目指している。

 「ブレインモデル」とは何か。LIGHTzは『スペシャリストの思考をAI(人工知能)化する技術』を標榜し、熟達者の知を次世代につなぐことを事業の中核としている。その技術は製造業において技術、技能を継承するコンサルティング事業の経験を元に確立したという。たとえば、ある業務においてスペシャリスト(熟達者)がビギナー(初心者)を指導する時、自分の頭の中にある思考方法や経験をうまく伝えられないということがしばしば課題となる。また、ビギナーはスペシャリストの頭の中が見えないため戸惑う。

株式会社LIGHTz AIビジネスユニット:ウィーバー Sport×AI Section:セクションチーフ 國井佳奈子氏
株式会社LIGHTz AIビジネスユニット:ウィーバー Sport×AI Section:セクションチーフ 國井佳奈子氏

 そこで、同社のコンサルタントがスペシャリストにヒアリングを重ね、スペシャリストの頭の中にあるものを「ブレインモデル」という型式に落とし込み可視化する。そのブレインモデルを同社製品『ORGENIUS(オルジニアス)』に埋め込むと、「スペシャリストの考え方を持ったAI」が誕生し、ビギナーの問いに対してスペシャリストに近い知見に基づいた回答を返すことができるという。

 そのLIGHTzは、日本フェンシング協会をサポートするきっかけはなんだったのか。日本フェンシング協会は、現太田雄貴会長が選手時代の2009年頃からすでにデータ分析に力を入れはじめていた。現在、一般社団法人日本スポーツアナリスト協会の理事であるアナリストの千葉洋平氏の分析力が成果を上げつつあった。

 その千葉氏がLIGHTzの主催する講演会に招かれた際に、データ分析をより発展させ「スペシャリストの思考をAI化する」ことがスポーツに生かせるのではないかと意気投合したのがきっかけだ。

* * *

 現在のLIGHTzと日本フェンシング協会の取り組みはどのようなものなのだろうか。同社から派遣され、スポーツアナリストとして選手とコーチのパイプ役を果たす太田奈々海(LIGHTz)氏に話を聞いた。

 太田氏の役割は、フェンシングの競技「エペ」において、データ分析に基づいた戦略的アドバイスを選手に送り、試合に生かしてもらうこと。そして、データ分析を行いながら熟達者にヒアリングを重ね、「エペ」のブレインモデルを設計することである。フェンシング競技における熟達者のモデルは、「(元オリンピック選手である)ヘッドコーチです。そして、コーチだけでなく選手にどう聞いていくかというところは試行錯誤中」(太田氏)ということだ。

サッカーでのブレインモデルイメージ。左画面にトラッキングデータ、右画面に類推された選手の思考「ブレインモデル」が表示される。(図をクリックで拡大)
サッカーでのブレインモデルイメージ。左画面にトラッキングデータ、右画面に類推された選手の思考「ブレインモデル」が表示される。

 ブレインモデル制作に向かう太田氏の手順はこうだ。まず選手の試合を動画で撮影し、動画を「スポーツコード」というソフトに組み入れ、これを元にデータ分析を行う。フェンシングは動きが速い。“何分何秒、選手Aが選手Bのここを突いた”ということをすべて手で入力する「最初のころは(選手の動きが)ほんと見えなくてスローモーションで確認してばかりでしたが、今はわりとわかるようになりましたね」(太田氏)

 太田氏はデータ分析に基づいて、試合前に選手のタイプに合わせて分析結果を伝える。データだけを選手に渡しても数字が苦手な選手も多い。そこで、たとえば“相手はこういう攻撃をしてくる傾向があるがその成功率は低い”などのアドバイスとしてコーチと選手に伝える。とはいえ、試合になったら想定外のこともある。そこはコーチの仕事だ。「試合前に一番選手と話すのは自分で、試合中に話すのはコーチです」(太田氏)

 そして、試合後の振り返りも太田氏の出番である。「今までは動画だけで反省していましたが、データを示して説明することで、同じ相手に負けるということはなくなりつつあります。選手に気づきを与えることで、得意技だと思っていた攻撃手法とは異なる攻撃手法が実は得意技だったりします」(太田氏)

 近年、フェンシング日本代表の成績は上り調子であり、最近の6大会でメダルを5個獲得している。そうした成果にはアナリストの貢献もあるのではないだろうか。

 フェンシングの競技の中でもエペは体格的なこと(手足の長さ)や体力的なことが影響し日本選手はそもそも不利だ。「気合いや根性だけでなく、戦略的に戦うことが求められます」(太田氏)。そして最近では「選手が以前よりさらに戦略的に戦っているようになったと感じる」という。それがフェンシング日本代表の戦績向上につながっているのだろう。

 さらに、LIGHTzが目指しているフェンシング熟達者のブレインモデルが完成すればどのような効果が期待できるのだろうか。

「今は動画とわたしが分析した数字とを合わせて、選手やコーチと試合を振り返るのですが、このブレインモデルができれば言語の壁も超えられるし、コーチが教えやすくなるでしょう」(太田氏)また、コーチがいなくても、「何を見たらいいのか」「どういうフェイントを出したらいいのか」という技術的なアドバイスができるようになるという。そうなると、コーチやアナリストがいなくなっても、選手にはそのブレインモデルがあればいいということになるのだろうか。 

「選手がブレインモデルを見てすべて理解するとは思えません。わたしのようなアナリストが咀嚼して伝えた方が伝わるでしょう。また、試合中にブレインモデルがヒントを与えてくれるわけではないので、試合ではコーチのアドバイスが必要です。ただし、振り返りの時には必ずしもコーチがいなくてもよくなるかも」(太田氏)

 選手にはプレーだけに集中して欲しいし、頭も使って欲しいが頭でっかちになって欲しいわけではないと太田氏は続ける。頭で考えることのサポートが自分の役割で、ブレインモデルができてもコーチと自分のポジションは変わりないという。

 太田氏は2020年までにはエペのブレインモデルを完成させたいと語る。次世代の選手は「熟達者はここが見えていたんだな」「熟達者はこう判断してこのプレーをしたんだ」ということが理解しやすくなる。

 LIGHTzでは現在サッカー、バレーボールの熟達者ブレインモデル設計にも取り組んでいる。今後あらゆるスポーツで“AIコーチ”が選手たちを支える日が訪れるのかもしれない。

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ライター、著者。有限会社ガーデンシティ・プランニング代表取締役。ICT関連から起業、中小企業支援、地方創生などをテーマに執筆活動を展開。著書に「マンガでわかる人工知能 (インプレス)」など。