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スポーツ観戦の産業化は「歓声」データの測定から

「スポーツ観戦における楽しさ・エンゲージメントの見える化」に向けた実証実験を行ったウフルの有川久志氏(左)、追手門学院大学 社会学部 准教授の上林功氏(中央)、NTTデータ経営研究所の河本敏夫氏(右)

「スポーツ観戦における楽しさ・エンゲージメントの見える化」に向けた実証実験を行ったウフルの有川久志氏(左)、追手門学院大学 社会学部 准教授の上林功氏(中央)、NTTデータ経営研究所の河本敏夫氏(右)

 プロ野球やJリーグの試合をスタジアムで観戦することは、多くの人にとって楽しく興奮をおぼえる体験だろう。球場に出向き応援することでチームへの愛着が育まれることも多い。

 スポーツを観る楽しさやチームへの愛着などを、IoTを活用してデータ化し、スポーツ産業の活性化に役立てようという取り組みが始まっている。産官学連携のスポーツビジネスコンソーシアム「Sports-Tech&Business Lab(以下、STBL)」の活動の一環として実施された「スポーツ観戦における楽しさ・エンゲージメントの見える化」に向けた実証実験だ。

スタジアム・アリーナ推進官民連携協議会「スタジアム・アリーナガイドライン策定ワーキンググループ」有識者委員でもある上林氏。
スタジアム・アリーナ推進官民連携協議会「スタジアム・アリーナガイドライン策定ワーキンググループ」有識者委員でもある上林氏。

 実験は、追手門学院大学・上林研究室の上林功博士(スポーツ科学)、株式会社NTTデータ経営研究所の河本敏夫氏、IoT 事業を展開する株式会社ウフルの有川久志氏らが中心となって行ったもので、2018年10月からアリーナ立川立飛(東京都立川市)において、プロバスケットボールチーム「アルバルク東京」のホームゲームで複数回実施された。

スタジアム・アリーナを“稼げる施設”に

 スポーツ産業市場を5.5兆円(2015年)から15兆円(2025年)に拡大する政府目標(「日本再興戦略2016」)を受け、スポーツ庁などが中心となり推進している「スタジアム・アリーナ改革」が今回の実証実験の背景だ。

「スタジアム・アリーナ改革」とは、プロスポーツ観戦などの「観るスポーツ」に注目し、スポーツを地域産業のさまざまな分野を活性化する成長産業として捉えなおし、その基盤となるスタジアムやアリーナの管理運営・構想計画手法を見直そうという動きのことだ。

 上林氏によると、これまで地方自治体が運営するスタジアムやアリーナは、国民体育大会(国体)など「するスポーツ」のための施設としての側面が強く、地域プロクラブチームなどを中心としたスポーツ観戦を楽しむための環境作りにあまり心を砕いてこなかったという。これを、「観るスポーツ」の舞台として見直し、周辺のさまざまな産業(飲食、宿泊、観光など)の活性化につなげるなど、自ら“稼げる施設”にしていくことが「スタジアム・アリーナ改革」の目的のひとつとなっている。

 スタジアム・アリーナで稼ぎ、運営を持続可能なものにするにはどうすればよいのか。上林氏は「顧客体験価値(カスタマーエクスペリエンス)」を高めることが重要だ」と述べる。さらに顧客体験価値を高める方法を考えるには、まず観戦者が今どのような体験をしているのかを可視化(見える化)する必要があり、そのために立ち上げたのが今回の実証実験プロジェクトだ。

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 今回の実証実験でプロジェクトメンバーが着目したのは観客の「声」だ。

「近年のスポーツ消費者研究によって、観戦者が『もう一度来よう』とか『このチームに愛着がわく』と感じるメカニズムに最も影響を与えている一因として試合の“雰囲気”が挙げられています。雰囲気を形成するものは山ほどありますが、その中で観戦者が(応援などにより)能動的にコミットし、さらにデータ化しやすいものとして、『声』を分析するのが一番いいのではと考えました」(上林氏)

実験の詳細を説明する有川氏。ウフルでは同様の実験を明治神宮球場(東京都新宿区)やShonan BMW スタジアム平塚(神奈川県平塚市)でも実施している。
実験の詳細を説明する有川氏。ウフルでは同様の実験を明治神宮球場(東京都新宿区)やShonan BMW スタジアム平塚(神奈川県平塚市)でも実施している。

 これまでもスタジアムやアリーナの音声を記録する試みはあったが、「スタジアム全体で何デジベルの音量」といった大まかな計測が多かった。これを複数のセンサーを用いて、場所ごとに細かく音量を計測したことが今回の実験のポイントだ。

 現場ではウフルがシステム構築を担当。スタジアムに20箇所ほど音声センサーを設置し、センサーが取得したデータを「Raspberry Pi(ARMプロセッサを搭載した小型コンピューター)」に蓄積し、それをクラウドに上げ分析する仕組みを考案した。

「集めたデータは、可視化するために、1秒毎に変化する(音声の)ヒートマップにし、これを実際の試合の映像と比べることで、観客の状況を分析できるようにしました」(有川氏)

 スタジアムの音量から分析し、観戦者の状況を数値化したデータはどのように活用できるのだろう。マーケティングに利用できることはもちろんだが上林氏によれば、ライブビューイングにおける触覚伝送の精細化にも活用できるかもしれないとのこと。

「プロバスケットボールのBリーグでは、地方の会場で行われたオールスター戦を都内の会場でも体感できる『B.LIVE』というイベントが開催されていますが、その目玉とされているのが試合会場の振動や音などを再現する触覚伝送です。現在、音声や振動は、試合が行われているフロアなどの一部に留まっています。今回のような実証実験を基礎研究として進めることで、今後は観客席の盛り上がりを含めて細かく再現できるようになるかもしれません」(上林氏)

 また自身がMAZDA Zoom-Zoomスタジアム広島(広島市民球場)などスタジアムの建築設計に携わってきた経験から、顧客体験価値を高めることに配慮したスタジアム設計にも活かせる可能性もあるという。

街全体を盛り上げることも

 今後の展開について河本氏は、「データ分析を深めること」「データを活用すること」、そして「データの種類を増やすこと」という3つの方向性があると述べる。

今後の3つの方向性について話す河本氏。
今後の3つの方向性について話す河本氏。

「データの種類を増やしていくことについては、現在、観客の体温や心拍数のほか、脳波のデータを計測するというアイデアも出ています」(河本氏)

 3つの方向性については「まだ構想の段階ではある」としつつも、プロジェクトがコンソーシアム活動であることから、アイデアや技術を持つ企業や人材にどんどん参画してもらうことで、実現の可能性を高められると河本氏は自信をのぞかせる。

 今回のプロジェクトはスタジアムやアリーナにおける観戦者の状態を計測する試みだが、スポーツ観戦の雰囲気はスタジアムやアリーナだけに留まるものではない。駅から会場に向かうまでの道のりや試合後の飲食店での会話なども体験の一部と捉えられるだろう。河本氏は「将来的にはスタジアム・アリーナがある街全体の盛り上がりを可視化するという取り組みもありえるかもしれない」とさらなる可能性があることも教えてくれた。

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有限会社ガーデンシティ・プランニングにてライティングとディレクションを担当。ICT関連や街づくり関連をテーマにしたコンテンツ制作を中心に活動する。