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「中国らしくない緻密な中国」に変貌させるのはデジタルの力

上海市内「江蘇路」の駅の乗客向け看板

上海市内「江蘇路」の駅の乗客向け看板

 上海の街で暮らしていると、昨今、中国の人々が急速にものごとを緻密に、細かく考えるようになってきていることに気づく。日本社会に根強い中国人イメージといえば「おおらか」とか「細かいことを気にしない」「大人(たいじん)」。悪く言えば「いいかげん」「大雑把」といったものが主流のように思うが、そういったステレオタイプの中国人観は早晩、修正を迫られるのではないかと感じている。

距離7m、歩行時間15秒の表示

 先日、地下鉄に乗っていて、市内の中心部にある「江蘇路」の駅で11号線から2号線に乗り換えようとした。ホームからエスカレーターを上ってコンコースに出ると、2号線に向かう通路に「2号線乗り換え 距離220米 歩行時間約4分 ピーク時約11分」と書かれた表示が目に入った。

地下鉄乗り換えの通路にひんばんに現れる案内看板
地下鉄乗り換えの通路にひんばんに現れる案内看板

 ずいぶん丁寧なことだなと思いつつ歩いていくと、間もなく「2号線乗り換え 距離165米 歩行時間約3分30秒 ピーク時約10分」の看板が現れた。そのすぐ先に目をやると「2号線乗り換え 距離157米 歩行時間約3分15秒 ピーク時約9分30秒」と書かれている。その間、わずか7m、歩行時間15秒である。

 こんな調子で、同様の表示は残り140m、同104m、同90mと計6ヵ所に登場した。そこから先は通路が直線で、すぐ先に乗り換えホームに降りる階段が見えるので、ここまででよいと判断したのであろう。

 11号線は比較的新しい路線だが、2号線は上海でもトップクラスの幹線で非常に混む。そのため朝晩のピーク時には乗り換え通路が人で埋まる。おまけに通路はやたらと曲がりくねって階段が多く、歩きにくい。ラッシュ時間帯にここを歩く人は相当に苛立たしいであろう。最初の1枚の表示にあるように、通常は4分で着くところが、ピーク時間帯には11分かかるというのはかなり過酷な状況だ。

 そのようなイライラを少しでも緩和しようと、このように「きざみ」を細かくした表示を掲出したものと思う。220mの距離に6枚の掲示板を出すはかなりのことである。従来、中国の街角の案内表示は非常に不親切かつ信頼感に欠けるのが相場で、表示の数自体も少なかったのだが、このような細かい表示が登場するようになったのは画期的だ。

個室ごとの使用状況を伝える駅のトイレ

  8月半ば、上海から浙江省・杭州に向かおうと上海虹橋の高速鉄道駅に向かった。出発を待つ間、待合室のトイレに行ったら、入り口の脇に色鮮やかな表示装置がある。近づいてみると、トイレ内部の個室の使用状況をリアルタイムで表示する案内板だった。情報は非常に具体的で、トイレ全体の見取り図の中にすべての個室が描かれており、「使用中」の部屋は赤、「空き」状態は緑で示されている。まさに一目瞭然である。

駅の公共トイレでは使用状況をリアルタイム表示
駅の公共トイレでは使用状況をリアルタイム表示

 とはいうものの、考えてみると、ここで仮に全室が使用中であるとわかっても、おそらくそのまま待つ以外の選択肢はなく、どの個室が先に空くかまでの情報はないから、実質的にはあまり意味がないような気がしないでもない。しかし駅の公共トイレの個室ごとの使用状況を即座に外部に伝える仕組みは、少なくとも私は見たのは初めてで、「こういうものを設置しよう」と考えるような気分にこの社会がなっていることの証左ではある。

ゴミの分別義務化がスタート

 そして、極めつけはこの7月、上海市を皮切りに義務化されたゴミの分別である。

 もともと中国ではゴミの分別という習慣がなく、マンション(中国の都市部には戸建ての家は少なく、ほとんどの住まいは集合住宅である)の玄関先などに置かれた巨大なゴミ箱などに、とにかく何でも放り込めばよかった。野菜クズも新聞紙も、ペットボトルもガラス瓶も有害な電池も古い自転車も、とにかくいらないものはそこに置いておけば、ゴミを整理する係の人が処理してくれる。もしくはそういうゴミ置き場を定期的に回っている人がいて、値がつきそうなものは勝手に持っていく。そういう仕組みが機能していた。だから捨てる方にとっては非常に楽で、何も考える必要がなかった。

 ところが上海市では7月1日、全国にさきがけて「上海市生活ゴミ管理条例」が施行され、家庭やオフィスのゴミの分別が義務化された。その他多くの都市でも9月1日をもって同様の措置が実施される。ゴミの分別という概念に慣れた日本人にはわかりにくいかもしれないが、これまで中国社会では「ゴミにも種類がある」という概念がなかった。だからゴミの分別は非常にわかりにくく面倒なことで、実施には大きな抵抗が予想された。

 また、従来は自宅の下に24時間、適当に放っておけばよかったものが、ゴミを出せる時間も例えば午前7~9時および午後6~8時などと限定されるようになった。しかも多くのマンションのゴミ置き場にはボランティアのおじさんやおばさんが張りついていて、捨て方にルール違反がないか、しつこくチェックしている。中には「ゴミ袋を開けて見せろ」と言われて怒った住民とトラブルになった例もある。

予想外にすんなり浸透したゴミ分別

 ということで、ゴミ分別義務化の定着には中国メディアでも悲観的な見方が強く、住民の大きな抵抗が予想されたのだが、少なくとも上海市内でみる限り大きな混乱なく推移している。友人たちに聞いても、「面倒なのは確かだが、資源節約とか環境保護は世の流れだし、仕方がない。政府が決めたことだからやるしかない」という感じの意見がほとんどだ。

ゴミをまじめに分別する市民
ゴミをまじめに分別する市民

 報道では、市当局が検査に入った1万8171件のケースのうち、悪質な違反があって摘発したケースは71件だった。古くからの住民が多く、年齢層が高い地区では実行率が低く、逆にホワイトカラー層や若いファミリーなどが中心の地区では実行率が高いという調査結果が出ている。SNS上の議論でも、「ウチのマンションはすでに有名無実化している。勝手に捨て放題」という書き込みあれば、「みんな守っているよ。全く問題ない」という意見もあり、バラつきはあるものの、全体的には事前の予想を上回る浸透ぶりらしい。

「フォークやスプーン不要」の注文が5倍以上に

 一方、ゴミの分別という「出口」の管理を行うことで、商品の購入という「入口」にも変化が現れている。中国の都市部ではフード類のデリバリーサービスが非常に盛んだが、今回のゴミ分別義務化を機に、多くのデリバリーサービス会社がスプーンやフォーク、箸、紙ナプキンなどの要・不要を注文時に申告してもらう仕組みを導入、ゴミ減量に本格的に乗り出した。その結果、アリババグループの大手デリバリーサービス「餓了么?」では、これらを「不要」とする注文が分別義務化以前の5倍以上に増えたという。

 また中国の大手宅配便企業6社は、同じく分別義務化を期して、共同で「グリーン公益委員会」を設立、包装の簡易化に着手した。まず取り組んだのが宅配便用の段ボール再利用プロジェクトである。

 中国では料金の高い宅配便は自宅の玄関まで届けてくれるが、通販などに多い低価格の宅配便は集合住宅内の特定場所にまとめて配達し、そこまで個人が取りに行くケースが少なくない。町なかにある宅配会社の取次所で受け取るケースもある。配達時の不在問題を緩和し、配達コストを下げようとの狙いだ。そこで受取人が荷物を引き取る際、中身を段ボールから取り出し、箱は返却する。宅配便会社は、荷物の発送にやってくるお客にその箱を再利用してもらう。そういう仕組みである。そのための作りの堅固な専用の箱を開発、全国の店舗に配布を始めている。

「中国らしくない中国」に

 こうした細かな取り組みが、さまざまな局面で中国社会に定着を始めている。その 発想の変化の根底にデジタル化の進展があることは言うまでもない。代表的なSNSのWeChat(微信)や金銭支払いアプリのアリペイ(支付宝)、WeChat Pay(微信支付)などに代表されるように、日常的な行動のほとんどがデジタル的に処理されるのが当たり前の世の中になり、いきおい、日常の行動やお金に対する感覚も以前に比べて正確かつ細かく行われるようになってきたように感じる。

 さらに航空券や鉄道、ホテルなどの予約システムが便利になり、タクシー配車システムも完全に普及した。交通渋滞のリアルタイム表示の精度も上がってきたおかげで、目的地へ予定通りに到着できる可能性は昔に比べて格段に高まっている。少なくとも都会では時間に対する感覚も以前に比べてキッチリしてきて、「遅刻は非常識」との観念が強まっている。こうした変化が人々の考え方を「いいかげん」では済まなくしている。

 考えてみれば当たり前のことではあるが、中国社会もしだいに「中国だから」という特殊性は薄れ、「普通の社会」になりつつある。昨今の中国を見ていると、そんな感が強い。

田中信彦 Written by
BHCCパートナー。亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科(MBA)講師。1983年早稲田大学政治経済学部卒。新聞社を経て、90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で執筆、コンサルティング活動に従事。(株)リクルート中国プロジェクト、ファーストリテイリング中国事業などに参画。上海と東京を拠点に企業等のコンサルタント、アドバイザーとして活躍している。近著に「スッキリ中国論 スジの日本、量の中国」(日経BP社)。