近年、AI(人工知能)などデジタル技術を活用する「ファッションテック(FashionTech)」の取り組みで、実店舗においてもデジタル技術を活用し、購買体験の質向上や業務効率化を図る取り組みが始まっている。
株式会社NTTデータと株式会社ユナイテッドアローズは、2019年8月27日から10月7日まで、ユナイテッドアローズ グリーンレーベル リラクシング 自由が丘店の試着室において、RFIDタグ(非接触・電子タグ)やNTTデータの決済プラットフォーム「CAFIS Arch」を活用した実証実験を行った。
実証実験では、試着を希望する複数の商品を試着室に持ち込む。すると商品に取り付けられたRFIDタグを無線で読み込み、試着室内に設置されたタブレットに持ち込んだ商品データが一覧表示される。購入する商品が決まったらタブレットの商品一覧から選択し、同じく試着室内に取り付けられた読み取り端末でカード等を使って決済を行う事ができるので、改めてレジに並ぶ必要はない。
さらに、サイズ違いが試着した場合などは、タブレットに表示された「店員呼び出し」のボタンを押すと、店員が装着したApple Watchに通知される。両社は同システムの実用化により、顧客の購買体験を向上するとともに、従業員の業務効率化を図るとしている。
実証実験ではどのような結果が得られ、今後どう実装されていくのか。ユナイテッドアローズの小山雄也氏(情報システム部)、黒須大隆氏(第二事業本部)、齊藤直喜氏(第二事業本部)、NTTデータの冨田誠氏(ITサービス・ペイメント事業本部)、福島真季氏(ITサービス・ペイメント事業本部)に聞いた。
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ユナイテッドアローズがセルフ決済の実証実験に参加した背景には、ECサイトの台頭がある。ECサイトでは、ユーザーは自分の好きなタイミングで服を見ることができ、決済もクレジットカードなどで素早く行うことができる。購買体験の流れは比較的スムーズだ。
それに比べ実店舗では、セールの時期にはレジ前に長時間並ばされることがあるほか、試着室に入りたくても販売スタッフが他の客の応対で忙しく声をかけられないなどの不便が生じることが多々ある。
「そうしたポイントを洗い出して、実店舗における購買体験をより快適な、シームスな(継ぎ目のない)ものにしていこうというのが、我々が実証実験に踏み切った理由のひとつです」(小山氏)。
一方、NTTデータは、同社の決済プラットフォームを使った新しい購買体験の模索に加え、同社が掲げる決済に関するコンセプト「PoT(Payment of Things)」を実践する場として、今回の実証実験をユナイテッドアローズ側に提案。
冨田氏によると、IoT(Internet of Things:モノのインターネット)がインターネットを通じてものをつなぎ、情報をシームレスにやり取りするように、PoTとは決済によって生まれる断絶をなくし、シームレスな購買体験を実現するという概念だという。その実現の足がかりのひとつとして、決済をレジから解放し、あらゆるところで行えるようにすることを目指している。
「例えばホームセンターに家具を買いに行った際、商談スペースでいざ買うとなった段階で、従業員がカードを預かりレジに消えてしまい決済に時間がかかることがよくあります。こうしたときに、例えば商品を見ながら商談をし、接客中にその場で決済までができるとなると、購買体験が途切れませんよね。我々が掲げるPoTとは要するに、決済を購買体験の中に埋没させていくようなイメージです」(冨田氏)。
実際に試着室におけるセルフ決済を体験した客の反応はどうだったのか。
アンケートを実施したところ、客のほぼ9割が体験に「満足した」と回答。概ね好意的な意見が集まったようだ。
福島氏と小山氏は、実証実験の成果のひとつとして、試着室に持ち込まれたが客が購入しなかった「カゴ落ち商品」の情報が取れたことをあげる。実証実験では、客の会員カード情報と合わせてカゴ落ち情報を記録。このため、客の属性とカゴ落ち商品データをクロス集計することで、「この層の客はこの商品をよく試着するが、実際には購入しない傾向にある」といった分析ができ、マーケティングに活用できる可能性が高い。
「実店舗においてECサイトと同じようなカゴ落ち商品データが取れるようになったことはすごく評価できるところだと思います」(福島氏)。
「時代や年代によって人の購買行動は変わります。そうした変化を今回のようなデジタルの仕掛けを随所に配置して、それこそECサイトのログのような形で実際の店舗でもお客様の行動を残していくことを、今後も考えたいと思います」(小山氏)。
セルフ決済システムの実用化は、今後アパレルの実店舗にどのような影響をもたらすのか。黒須氏は、単なる業務効率の改善だけでなく、「販売スタッフによる“接客”の質が向上する可能性」が高く、これを重要視していると述べた。
「セールなどの煩雑期には、レジ業務に多くの人員がとられます。この負担を極小化することで、販売スタッフが接客できる機会と時間が増やせます。接客技術を高めることでお客様の満足度をあげ、そのことがECサイトにはない実店舗の価値を高め、売り上げの向上につながればと考えています」(黒須氏)。
近年、AI(人工知能)が販売スタッフの接客に取って代わる可能性が高いという意見が多く聞かれる。実際の現場に立つ者として黒須氏は、「AIは統計データから提案すると思います。でも販売員はお客様のイメージとは真逆の提案もできる。例えばスーツを買いに来た人にカジュアルのニットを勧めるといったことは、生身の人間でないとできません」と述べ、人間による接客サービスに自信をのぞかせた。
ただし実店舗には、手厚い接客を望む客もいれば、そうでない客も来る。齊藤氏は、「デジタルツールを使い、双方のお客様へのサービスを探りたい」と、実店舗におけるサービス多様化の必要性も付け加えた。
今後の展開だが、小山氏によると、今回の実証実験のひとつの要素として、決済の端末に「店員呼び出し」のボタンがあり、客が押すと販売スタッフが身につけているApple Watchに通知が届く仕組みとなっていた。その部分だけを切り出してもニーズがかなりあるという。
「例えば、大きな仕組み全体を導入していく考え方もありますが、ひとつひとつの要素を切り出して、店舗ごとのニーズを解消していくこともありだと思います。そういった可能性も含め、現実的にどれくらいの時間軸で導入していけばいいのかを探っていきたいです」(小山氏)。