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量子コンピューターは自動車産業になにをもたらすのか

講演を行う㈱デンソーの門脇氏

講演を行う㈱デンソーの門脇氏

 2020年1月17日、「量子アニーリングが切り拓く未来 ~基礎と応用を知る~」と題した講演が行われた。これは東京ビックサイトで開催された「第12回オートモーティブワールド」(会期:2020年1月15日から17日)のセミナーのひとつ。講演を行ったのは、株式会社デンソーのエレクトロニクス研究部情報エレクトロニクス研究室の課長である門脇正史氏だ。門脇氏は1998年東京工業大学大学院博士課程在学中に西森秀稔教授と、量子アニーリングの原理を提唱しており、この分野の第一人である。2018年からデンソーで量子コンピューティングの応用研究に従事しており、工場内を移動する複数の無人搬送車(AGV=Automated guided vehicle)を最も効率的に稼働させるシステムを構築し実証を重ねてきた。

オートモーティブワールド会場入口

 この日の講演では、デンソーを始めとする自動車業界と量子コンピューターの関わり紹介。さらにその前提として、量子コンピューターの現状について整理された丁寧な解説があった。

 従来型のコンピューター(門脇氏いわく“古典コンピューター”)の性能を大きく凌駕すると言われているゆえに大きな期待をよせられている量子コンピューター。その一方で、解読不能と考えられていた暗号をも解くことができるのではないかと不安も囁かれる。先端技術にありがちな期待の先行と根拠が曖昧な不安。

 門脇氏は講演の中で、解析すべきデータが増える一方、従来型の半導体を使ったコンピュータではその能力が不足する中、「量子コンピューターは“特定のある計算において”計算速度と消費電力で従来型のコンピューターを超えることが期待される」とその能力と役割を説明。さらに米国の大手調査会社ガートナー(Gartner)のバイスプレジデント、デビット・カーリー氏の講演での言葉を引用しつつ、量子コンピューターは現時点では万能計算機ではないため「実世界の問題で量子コンピューティングの潜在性が発揮されるのは何かを見極める」ことがまず必要であり、その実用時期についても「2023年から2025年以降になり、それまで過剰な期待に振る舞わされてはいけない」と解説した。その一方で「これまでは手に負えなかった大きな問題に取り組むことができる新しいコンピューターが出現した。そしてそれが完全に出来上がるまで待っていては、先んじて取り組んだ意味はないので、(現時点での)量子コンピューターと古典コンピューターをうまく組合せハイブリッド・アルゴリズムを作り、そこそこの大きさの問題を解く試みを進めている」とも話した。

 量子コンピューターには、完成の暁には汎用性が期待される「ゲート型」と、門脇氏らがその原理を提唱し組合せ最適化問題を解くのに特化した「アニール型」がある。昨年「量子超越を証明した」として話題になったグーグルの量子コンピューターなどはゲート型の進化過程の途中にあるNISQコンピュータで、こちらはエラーが溜まってしまうなど、現時点では実用レベルではまだいくつかの課題がある。一方アニール型はカナダのD-Wave社が「D-Wave 2000Q」として商品化している。現在これを利用し、さまざまな産業分野でどのような実用アプリケーションが開発でき、その能力を発揮させるにはどうすればよいのかが検討されている。

㈱デンソーの取り組み(講演での資料)

 自動車製造業界においても、量子コンピューターも「D-Wave 2000Q」のクラウド利用契約をしており、他にも公表されている範囲ではフォルクスワーゲンやダイムラーなどが量子コンピュータの活用方法を探ることに熱心だという。

 ところで自動車業界において量子コンピューターをどのように利用しようというのだろうか。

 優れた計算能力を持つといっても、量子コンピューターで自動運転車そのものの走行を制御するといった用途は期待されていない。多くの組合せから最適な解を見つけ出すのが得意なので、現時点で有望とみなされている産業用途は、創薬や新素材を発見するための量子化学計算だ。自動車産業への応用ということでは、前述のように工場内の作業効率アップや自動車部品や電池向け素材の新素材発見。あるいは目的地への移動のための最適ルートを探すなど都市の交通管制での利用が検討されている。車そのものの性能向上ではなく、自動車産業界が今後向き合うことになる、環境対策や生産性の向上、シェアリングエコノミーへの対応といった分野で量子コンピューターの能力は活用されることになるようだ。

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