ポストコロナ時代を見据え、世界中で経済再開へ向けた動きが徐々に進みはじめた。日本時間の5月24日現在、日本では首都圏の1都3県と北海道以外で緊急事態宣言が解除され、160万人以上という世界最多の感染者を出したアメリカでも経済再開の動きが活発化している。コロナ感染の影響で未だ多くの人が外出を制限されているが、今後オフィスでの業務が再開されるとなると、在宅勤務が広がった中で新たな課題は「ワークプレイス(職場)の在り方」をどのように再定義するかだ。最新の動向を探った。
「オフィスが消える日」は来るのか
アメリカではIT業界を中心に在宅勤務への移行が進んだ。GAFAは今年末頃までの在宅勤務をすでに決定している。フェイスブックでは、一部の従業員はコロナ終息後も自宅からの勤務を続ける事が出来るとザッカーバーグ最高経営責任者(CEO)が5月21日に発表した。米調査会社ギャラップが在宅勤務するアメリカ人を対象に先月行った調査によると、全体の半数以上(53%)が「外出制限が解除した後でも(在宅勤務を含む)リモートワークを希望する」と回答している。
感染者数が多い都市では、さらにこの傾向が強い。筆者の暮らすニューヨーク市では3月22日に「外出制限令」が施行され、現在も続いており、食料品店や銀行などの「生活に必要不可欠とされる職種」以外の一般企業には、すべて在宅勤務への移行が命じられている。違反した企業には、一回につき2000〜1万ドル(約20〜100万円)の罰金が課される。
確かに、通勤時における他人との接触、職場における従業員の密集などを避けるためには、オフィスを捨て、在宅勤務への移行する効果的だろう。しかし、一方ではオフィスの必要性を指摘する専門家もいる。アメリカ最大の建築設計事務所ゲンスラー社でアジア太平洋及び中東地域を担当する天野大地氏(クリエイティブ・ディレクター)は「これからの企業は、在宅勤務とオフィス勤務のバランスをきちんと考えて、新しい職場環境を整えて行くことが大切」と語る。
オフィスを持つことのメリットは、従業員間のコミュニケーションが円滑になることだ。さらに在宅勤務にもデメリットがあり、すべての従業員が在宅で勤務することになれば、会社への帰属意識が薄れてしまうだろうと天野氏は指摘する。また、在宅勤務においては仕事の「オン・オフ」の使い分けが難しく、長時間労働が横行する可能性もある。
肝心なことは、在宅勤務にもオフィス勤務にもメリットとデメリットがあることだ。それを勘案し、「ワークプレイスに対する、これまでの考え方を世界規模で大きく変えていかなければならない」と天野氏は強調する。
ちなみに「ワークプレイス」という言葉だが、ゲンスラー社によると、最初にワークプレイスを専門的に設計し、その概念を全米に広めたのは同事務所の創立者アート・ゲンスラー氏だという。当初は「仕事をするすべての場所」という意味で使われていたが、いつの間にか「職場」(すなわちオフィス)を指す言葉となった。それが今回のコロナ禍によって、再びもとの「ワークプレイス」へと回帰しようとしているのだ。
オフィスの「未来の形」とは
オフィスの存続の理由として、実際には在宅勤務への移行が、難しい国や業種があることも無視できない。総務省によると、アメリカでは在宅勤務を含むリモートワークを一部でも導入している企業は2015年の時点ですでに85%にのぼる。一方で、日本では4月20日にNTTデータ経営研究所が発表した調査結果によると、リモートワークを実施しているのは調査対象となった日本企業の39.1%、1000人未満の従業員を抱える企業では約23〜35%程度だ。
在宅勤務は難しい。オフィスから完全に離れることは出来ない。ならばどのようにソーシャルディスタンスを確保しながら働くのか。解答のひとつが、世界60カ国に拠点を置く不動産サービス会社クッシュマン・アンド・ウェイクフィールド(C&W)が打ち出している「6フィート・オフィス」だ。
その特長は、デスクの周りに6フィート(約180センチ)半径の円が描かれ、他の従業員がそれ以上近付かないように工夫されている点だ。オフィス内の床などには一方通行の目印が各所に貼られ、従業員へ使い捨ての紙製デスク・シートの配布。そして会議室の人数制限をするなど、職場において従業員の密集、接触を徹底的に避けるための工夫が凝らされている。
C&W日本法人のリサーチ・ディレクターを務める鈴木英晃氏によると、このオフィス・デザインは「素早く、かつ低コスト」で業務の再開が出来るようになっている。「6フィート・オフィス」の取り組みは、フランスやオーストラリアなどですでに実施され、従業員の職場復帰が実現しつつある。
狭いオフィスが多い日本でも実施は可能だ。まずは、デスク数を減らし他人との距離を確保する。ここで出社が必要な従業員が勤務をする。これでひとまずオフィス業務が再開できる。つまり「6フィート・オフィス」はすべてを解決してくれる恒久的なものではなく、オフィス業務を再開するための足がかりとなる構想なのだ。同社テナント企業に関わる包括支援サービスの責任者であるオデュッセウス・マルケジニス氏によれば、オフィス業務の再開は3つの段階から成るという。
一段回目においては、全体の従業員の20〜30%のスタッフ、特に経理などに関わるオフィス勤務が不可欠な「エッセンシャル・ワーカー」が職場復帰する。この際に「6フィート・オフィス」が効果を発揮する。二段階目で出社する従業員数を50%ほどに増やし、三段階目においてはより感染予防に適した新たなオフィス・レイアウトを導入。そして最終的には「オフィス勤務」と「在宅勤務」を行う従業員の割合は半々程度を目指す。また本社とは別の各地域に「サテライト・オフィス」などを設置し、一カ所に人を密集させない事が重要だという。
「6フィート・オフィス」は、現在のオフィス・レイアウトを変更することでコロナ対策としても短期的には有効であると考えられるが、長期的には建物の仕組み自体の改変も視野に入れる必要がありそうだ。
同社のさらなる提案としては、密集を避けるために、受付ロビーは一般人の出入りを原則禁止に。従業員は、携帯アプリのQRコードなどを使用して入館する。顧客の訪問は完全予約制にし、無人化した受付には「バーチャルコンシェルジェ」を導入する。またエレベーターのような密室において他人との距離を保つために、一度に使用できる人数の制限を行うことなどを推奨している。
さらに将来的には、現在すでに防災用などで使用されている人感センサーを利用して、オフィスにおける従業員の移動をトラッキングする。そこから得られるデータ等をAIで解析し、人が密集しないような移動ルートへ誘導したり、会議室やオープンスペースなどにおける人の密集度も自動感知し、アプリで知らせたりすることなども検討しているという。
また、先出のゲンスラー社はこれからのオフィスにおいては、きちんとした空調の整備も重要になってくると指摘する。換気が不十分な密閉空間においては感染のリスクも高まるため、開閉可能な窓の設置や自動換気機能の拡充、そして従業員が室内にこもりきりにならないように、屋上やテラスなどに立ち入り可能なオープンスペースを設置することを提案している。
ポストコロナ時代とはパンデミックが今後も起こる可能性があり、これからの職場環境は、そこで働く人々の「ウェルネス(心身の健康)」を第一に考えたものでなければならないと多くの専門家たちは強調する。今後すべての企業は、これまでのように「とりあえず人を会社においておく」という姿勢を捨て、「なぜ会社に行かなければならないのか」ということをきちんと考え、新しい仕事環境の構築を行わなければならないだろう。