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実験が100倍高速化 “空気電池”開発に自動化システムがもたらす影響とは

「ハイスループット電解液探索システム」の前に立つ国立研究開発法人 物質・材料研究機構(NIMS)の松田翔一氏 博士(工学)

「ハイスループット電解液探索システム」の前に立つ国立研究開発法人 物質・材料研究機構(NIMS)の松田翔一氏 博士(工学)

 EV(電気自動車)やドローン向けにバッテリーの大容量化や軽量化の要求が高まったことにより、「次世代二次電池」の研究開発に関心が集まるようになった。なかでも、リチウムイオン電池よりも大きな重量エネルギー密度があるとされる「リチウム空気電池」には大きな期待を寄せられている。

空気電池の原理図(画像提供:NIMS)

 リチウム空気電池の実用化にはさまざまな課題があるが、正極と負極の間でリチウムイオンが行き来する(充放電する)電解液に最適な材料を探索することが壁のひとつとなっている。

 この電解液の材料探索を大幅に効率化したのが、国立研究開発法人 物質・材料研究機構(NIMS)エネルギー・環境材料研究拠点 二次電池材料グループの松田翔一氏が2018年に開発した「ハイスループット電解液探索システム」だ。

 このシステムを利用することで、AI(人工知能)を使って材料を探索する新手法「MI(マテリアルズ・インフォマティクス)」の活用も進むという。ハイスループット電解液探索システムの利用メリットや今後の展望について松田氏に聞いた。

実用化を阻む“電解液の壁”

インタビュー中の松田翔一氏

 そもそもリチウム空気電池とはどういったものなのか。リチウム空気電池とは、正極(正極活物質)に「酸素」を、負極に「金属リチウム」を用いる(通常のリチウムイオン電池は正極にリチウム酸化物、負極に炭素化合物)もので、松田氏によると、「理論上の重量エネルギー密度はリチウムイオン電池の10倍ほど」あり、「最もポテンシャルが高い次世代二次電池」だという。

 リチウム空気電池の実用化を阻んでいる課題のひとつが、充放電できる回数の少なさだ。一次電池として使えるものはすでに存在しているが、繰り返し使おうとすると、現時点では数1000回の充放電ができるリチウムイオン電池にはまだまだ及ばない。

 この繰り返し利用できる回数(サイクル数)に大きく関わってくるのが電解液(有機溶媒および添加剤)の性能だが、リチウム空気電池の場合はその材料探索が「非常に難しい」と松田氏はいう。

 まず正極に使われる酸素は酸化力がとても強いため、耐酸化性能の高い電解液(有機溶媒)が必要になる。一方、負極の金属リチウムは還元力(電解液を分解する力)が極めて強いため、耐還元性能の高いものが必要となる。難しいのはこれらが相反する関係にあることだ。

「酸化に強くすると還元に弱くなり、還元に強くすると酸化に弱くなる。こういうトレードオフの関係があるのです」(松田氏)

 この問題を克服するために、電極に触れる面(界面)に被膜をつくるための「添加剤」を投与し電極の影響を抑制するのだが、その材料探しも簡単ではない。

「有機溶媒も添加剤も、『億』という数字では収まらないくらいたくさんの組み合わせがあります。実験を繰り返すことで、その中からリチウム空気電池にベストなものを見つけなければならないのです」

従来の手法よりも「約100倍」高速化

「ハイスループット電解液探索システム」は、こうしたリチウム空気電池の電解液の材料探索をどう効率化するのだろうか。一般的に、電解液の材料探索の実験は手作業で行われている。まだ試されていない組み合わせなどの電解液を研究者が作り、ひとつひとつ電気特性を調べている。

 ハイスループット電解液探索システムは、この電解液作りから性能評価までを自動化するマシンだ。手動で行うと「1日10種類」の電解液しか探索できなかったが、このシステムを使うことで「1日1000種類」までスピーディに探索できるようになる。

 この大量探索の結果を使って「MI(マテリアルズ・インフォマティクス)の手法が適応できるようになったことも大きなメリット」だと松田氏は胸を張る。

 MIとは、AIを使って材料の物性データを解析させ、材料と性能の相関から、新材料や組み合わせを見つけ出す手法だ。MIを利用するには、まずAIに精度の高い予測をさせるため、大量のデータが必要となる。しかし、これまでは電解液の材料探索は人手で行われていたため、そのデータがなかなか集まらなかった。それが、ハイスループット電解液探索システムを用いることでスピーディに大量にデータが集まるようになり、MIが活用できるレベルになったという。

 松田氏は、ハイスループット電解液探索システムとMIの関係を「キャッチボールをするよう」だと表現した。

「例えば1000種類の材料を調べたとします。その結果を踏まえて、次に調べるべき1000個をMIに提案してもらう。こうしたやりとりを続けることで、ランダムに調べていたときよりも、いい材料が見つかりやすくなるのです」

 実際に松田氏は、ハイスループット電解液探索システムとMIを組み合わせることで、従来の考えや発想では思いつけなかった有望な材料や組み合わせをいくつも見つけている。

「電解液の自動化装置とMIを組み合わせたからこそ見つかったものはたくさんあります。あとはこのような新しい探索手法をいかに使いこなしていくか、ここに研究者は頭を使わないといけません」

ハイスループット電解液探索システムの様子。まず分注操作ユニット(左写真)で組成の異なる電解液をセルに注入。セルをロボットアーム(中央写真)で電極部(右写真)に運び、ここで電気特性を計測する(写真提供:NIMS)

他の次世代二次電池研究にも活用

 松田氏は今後、ハイスループット電解液探索システムを「ほかの次世代二次電池研究にも活用していきたい」と話す。

「今回はリチウム空気電池の文脈でお話しましたが、必ずしも用途はこれに限りません。他の電池系にも適応できるので活用の場をさらに広げていこうと考えています」

 すでにリチウムイオン電池の改良やマグネシウム電池の研究開発にも使えるようシステムの一部を改良しはじめているという。

 さらに現在は充放電特性だけを調べているが、これに界面被膜に関する情報や、電解液の溶媒和構造など他のデータも組み合わせることで、材料探索の予測精度をより高めていきたいと意気込む。

 松田氏が所属するNIMSは、リチウム空気電池研究におけるトップランナーだと言われている。その中で自動化システムの果たす役割は小さくないようだ。

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