近年ドローンの産業利用が急速に進んでいるが、これまでは陸上が主なフィールドだった。しかし昨年(2019年)から、海上や海中においてもドローンを活用しようという取り組みがはじまっている。東京大学生産技術研究所海中観測実装工学研究センターでは、同センターの講師、横田裕輔氏が中心となって、株式会社プロドローン(愛知県名古屋市)と「海洋観測用ドローン」の開発を進めている。
海の水温や塩分濃度などのデータや海底地形の把握などは、水産資源の調査や気象研究のみならず、地震や資源調査などでも欠かせないものだ。これまでこうした調査では主に船舶が利用されてきた。しかし、船舶での海洋調査は、“船を動かす”必要があるため、どうしても大掛かりなものとなってしまう。コストがかさむことはもちろん、観測地点を移動するにも時間がかかるため、機動性に欠ける。航空機から観測用の機器を投下する方法もあるが、これもまた“飛行機を飛ばす”必要があるため、手軽な観測とは言い難い。
こうしたなかで横田氏らが着手したのが、海洋調査にドローンを活用する試みだ。ドローンを使うことで、低コストかつ少人数で海洋を調査し、リアルタイムの観測データを入手することも可能になる。
海洋観測用ドローンの仕組みと、その可能性について横田氏に聞いた。
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「背景には遠大な目標があります——」
海洋調査用ドローン開発の経緯を横田氏はこう話しはじめた。横田氏が東京大学の海中観測実装工学研究センターで手掛けているのは、海底観測と衛星観測をもとにした海底の地殻変動量の研究だ。「センチメートルレベルで地殻がどう動いて、将来どういう地震が起こるのか」を調べるのが本来の目的だという。
この研究には海底観測が欠かせないが、そのために現時点では、大がかりな観測装置を船舶に載せ、1週間から1ヶ月ほどかけて遠洋へ出ていかなければならない。
船舶だと「地震が起きたときにすぐに海底を調べに行けない」うえ、「データを取り続けるために船を延々と停泊させることもコスト的に厳しい」。調査機器を取り付けたブイを海洋に浮かべて定点観測をする方法もあるが、「他の船舶の邪魔になるうえ、黒潮などの強い海流に抗えない」などの問題があるという。
「結局そうなってくると、飛行した方が早い。そこで検討をはじめたのが、ドローンを活用しようというアイデアです」
観測能力を認められた2つのドローン
横田氏とプロドローンは、「海中観測機器投下型ドローン」と「高精度GNSS(Global Navigation Satellite System =全球測位衛星システム)搭載・海面着水型ドローン」という2タイプの海洋調査用ドローンを共同で開発した。2020年3月に、静岡県焼津市の石津浜公園沖でフィールド実験を行い、実海域での観測能力があることを確認している。2つの海洋調査用ドローンはそれぞれどのような機能を持つのだろうか。
まず「海中観測機器投下型ドローン」は、海洋を計測するための機器「海中電気伝導度・水温・水圧計測器(XCTD)」を搭載しているのが特徴だ。離陸すると指定した海上まで自動で飛んでいき、陸上にいる操縦者がボタンを押すと、XCTDが海中に自動投下され計測を開始する。
このドローンは、たとえば港湾や養殖場など、近海における海洋把握を簡単かつ迅速に行えるほか、船舶から飛ばすことで、遠洋においても利用ができる。
「陸上でいうと、ドローンで農薬散布をする技術の応用です。理屈はほとんど同じ。ただし、海上で使うという発想はこれまでほとんどなかったと思います」
もうひとつの「高精度GNSS搭載・海面着水型ドローン」は、横田氏が目的とする海底の地殻変動量研究に直結するものだ。このドローンは、GPSなどの衛星を利用し、センチメートル単位の高精度測位が可能なGNSS受信機・アンテナと、海面に着水・離水できる機構を搭載している。これらにより、高精度に位置決定ができる漂流観測ブイとして機能することができる。また、ドローンとして離水・浮上し、移動が可能なため、観測地点を移動することもできるので機動性にも優れている。
実験では、海面・海中・海底を観測するときに必要な、海面保持(ゆれ補正)と精密な位置データを取得する性能が確認され、海底地形調査や海底地殻調査に着水型ドローンを利用できる道筋が拓かれたという。
「海底観測は遠洋で使うものなので、実際にはバッテリー性能の向上などによりもっと遠くに飛ばせるようにならないと使えません。ただし実験によって、少なくともドローンの機体だけで観測が完結できることはわかりました」
さらに石津浜公園沖で行われた実験の結果から、海洋観測用ドローンの用途が広がる可能性が出てきたと横田氏は続ける。
「たとえば、着水型ドローンであれば魚群探知としても利用できます。実験で使ったのはセンチメートル級の高精度測位ができるアンテナでしたが、魚群探知機だと、もっと精度が低いものでも対応できるでしょう」
このほかにも、「海洋生物の生態を調査するための海水の採取」や「沿岸に漂うプラスチックゴミの調査にも海洋観測用ドローンが活用できる可能性が高い」とのことだ。
海洋ドローンがもたらす変化
海洋調査用ドローンの登場により、今後どういった変化が起こっていくのか。横田氏は、「沿岸10キロぐらいの範囲で行っている海洋調査や観測、魚群探知といったことは全てドローンでやった方が早くなる」とし、こう持論を述べた。
「今、船舶を使い、頑張ってお金を払い、たくさんの人を動員して行っていることは、安価で少人数で行えるドローンにどんどん切り替えていくようなことがこれから起こると思います」
さらに将来、遠洋まで海洋調査用ドローンが飛ばせるようになり、海底や地殻の観測データが大量にリアルタイムに集まるようになると、本来の目的とする地震の予測にも変化が起こってくるだろうと予測する。
「たとえば、どこかの沖合で大きな地震が起きたとします。その後の地殻変動量をリアルタイムに見ていくことができると、それ以降の地震活動・地殻変動の予測がこれまで以上に精緻にできるようになると私は考えています」
「富岳」などのスーパーコンピューターを使えば、100年、1000年先の地球の様子などをシミュレーションすることも可能だ。しかし現状では、シミュレーションに使うための観測データが不足している。海洋観測用ドローンを使えば、これまで以上に多くのデータを集めることができるため、予測精度は確実に上がるだろうとのことだ。
海上におけるドローンの活用は、学術界を中心に大きな変化を起こすことになるかもしれない。