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虎ノ門のビル内に沖縄の海を再現する~環境移送技術ベンチャーのイノカ

実験水槽を指差す代表取締役高倉氏

実験水槽を指差す代表取締役高倉氏

 高層オフィスビルが建ち並ぶ東京・虎ノ門のとある交差点。その一角にあるビルの中に沖縄の海があると言ったら信じてもらえるだろうか。階段を上り、ドアを開けるとまばゆいばかりの水槽が並んでいる。

 ここは「環境移送技術」を活用する東大発ベンチャー、株式会社イノカ(東京都港区)の会議フロア兼実験場兼展示場だ。環境移送技術とは、ある場所の海の環境をそっくりそのまま別の場所で再現することだ。代表取締役の高倉葉太氏によると、海の環境を別の場所で再現するためには、水質(水中に含まれる30種以上の微量元素の濃度までを管理)や水温、水流、照明環境さらに水中に存在する微生物を含むさまざまな生物の関係など、多岐に亘るパラメータのバランスを取る必要がある。イノカでは、自社で開発したIoTデバイスを用いて、こうしたパラメータを実際の自然環境と同期させ、特定地域の生態系を自然に限りなく近い状態で水槽内に再現している。これが同社の独自技術となっている。

■なぜサンゴの人工産卵なのか

 この技術を使ってイノカでは、水温を沖縄の久米島付近の海面水温と同期させた完全閉鎖環境内で、サンゴの人工抱卵と産卵の実証実験を行ってきた。「環境移送技術」の活用方法として「サンゴの産卵」にたどり着いた理由は何なのか。

高倉氏は東大大学院卒業後すぐ起業した
高倉氏は東大大学院卒業後すぐ起業した

 サンゴは生物であり、大気中の二酸化炭素を吸収することで重要な働きをしていることは知られている。また、高倉氏によると、サンゴ礁には約9万3000種の生物種が生息し、1平方キロメートルのサンゴ礁は年間15tの食料を生産しているという。サンゴは海洋生態系の中心的な機能を果たしているのだが、今世界各地でサンゴの生育環境は大きく損なわれている。

「世界的に減少を続けているサンゴを保護し、残していくことでSDGsに貢献できると考え、2019年10月より小型水槽内での人工産卵実験を開始しました」(高倉氏)

 小型水槽内での人工産卵技術が確立すれば、ビルなどの一般的な都市空間のような場所でも人工産卵が可能になるため、サンゴ研究が飛躍的に促進されるはずだと言う。

 前回の実験で、人口抱卵には成功したが、5月にサンゴの体調に変化が生じ産卵には至らなかった。そこで次の実験では11月の水温設定から再スタートさせ、予定通り進めば2021年3月には、産卵時期をコントロールした人工産卵としては世界初の試みが成功することを目指している。

■イノカが目指す3つのミッション

 幼少の頃から生き物が大好きだった高倉氏は、東京大学院暦本研究室でAI、IoT、人間拡張などテクノロジーを学び、卒業後すぐにイノカを立ち上げた。

「生命というのはエンジニアリングの結晶というべきすばらしいものじゃないですか。そのためには環境問題を解決しなくてはならないと思い起業しました」(高倉氏)

 イノカの理念は「人と自然が100年先も共生できる社会へ」というものだ。しかし、イノカはただ環境を保護することだけを目指すわけではないと言う。

「私のバックグラウンドはもともとテクノロジーです。環境保全はもちろん大切ですが、一方で人間の技術の発展をストップさせる方向には与したくない。それらをいかに両立させていくかを大切にしています。人類とその技術を含めての生態系だと思っているので、そのバランスを取るような世界にしていきたい」(高倉氏)

 イノカのミッションは大きく3つある。1つ目は「のこす」。地球の医者になると高倉氏は表現する。海で生きていけなくなるような海洋生物を、テクノロジーを使って海の中で残していけるようにする。ミッションの2つ目は「ひろめる」。自然の価値をあまねく啓蒙していく。現在は三井アウトレットパーク 横浜ベイサイドで子どもたち向けの環境教育プログラム「よこはまサンゴ礁ラボ」を開催中だ。ミッションの3つ目は「いかす」。自然の持つ価値を経済価値に変換していく。また、いろんな研究活動の支援も行いたいとも話した。

■世界で唯一のCAO

 イノカの環境移送技術はアクアリスト(水生生物の飼育者)の技術をベースにしているという。同社にはおそらく世界で唯一のCAO(Chief Aquarium Officer)がいる。そのCAOの増田直記氏は、35年ローンで家の半分を改造してサンゴを育てている筋金入りのアクアリストとのことだ。

産卵実験時のシステム。24時間ライブ配信し、産卵の予兆を常時監視した(イノカ提供)
産卵実験時のシステム。24時間ライブ配信し、産卵の予兆を常時監視した(イノカ提供)

「アクアリウム(水生生物の飼育)というと、“ただの趣味でしょ“と言われますよね。そうじゃなくて、それは価値のある技術です。なぜこれまでサンゴのアクアリストに光が当たらなかったかというと、サンゴを健康に飼うことが金銭につながりにくかった。でも彼らは金銭関係なく、それらが使命だと思って続けてきたわけです。その職人芸に私のバックグラウンドであるテクノロジーを掛け合わせたいと考えました」(高倉氏)

 CAOの増田氏は、「サンゴの色つやで健康状態がわかる」などまさにこの分野に精通した“職人”だ。このような職人芸をAIで誰もが使えるものにしていきたいというのも高倉氏の目論見だ。

「いろんな海のデータをつないでいきたい。たとえば瀬戸内海のデータをもとに環境を再現し、その環境を切り取って、またどこか別のところに持っていくことができるようにします。それを環境移送技術といっているのです」(高倉氏)

 この虎ノ門のイノカのオフィスに、世界中の海が集まってくる日も遠くないかもしれない。こうなるとビジネスとして、「その環境を私たちの施設に作って、あの海を再現して欲しい」というオファーも来るのでは、と最後に高倉氏に聞くと、「いろいろ来ています」と笑って答えた。

藤木俊明 Written by
ライター、著者。有限会社ガーデンシティ・プランニング代表取締役。ICT関連から起業、中小企業支援、地方創生などをテーマに執筆活動を展開。著書に「マンガでわかる人工知能 (インプレス)」など。