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“朝獲れホヤ”追跡実験実施 福岡発スタートアップが感じるブロックチェーン実装の壁とは

株式会社chaintope地方創生トークン戦略GMの深堀剛氏(左)、Chaintope Malaysia Chief Operating Officerの吉崎隼也氏(右)

株式会社chaintope地方創生トークン戦略GMの深堀剛氏(左)、Chaintope Malaysia Chief Operating Officerの吉崎隼也氏(右)

 ブロックチェーンを非金融分野で利用しようという動きが活発だ。なかでも改ざん耐性に優れた特徴を活かして、トレーサビリティ(流通経路の追跡)に利用できるのではとさまざまな試みが行われている。そこで今回紹介するのは、水産資源のトレーサビリティの試みだ。

 2020年8月、独自のブロックチェーン技術を開発する株式会社chaintope(福岡県飯塚市)が、水産業が抱える社会問題の解決に取り組む株式会社フィッシャーマン・ジャパン・マーケティング(宮城県石巻市)と組み、“朝獲れホヤ”の流通過程を記録する実証実験を実施した。

 この実験はトレーサビリティシステムによって加わる「安心・安全」などの付加価値を、消費者がどう受け止めるのかを明らかにしようというものだ。石巻で獲れたホヤの漁獲時間や場所、流通過程を、パソコンやスマートフォンで記録しながら東京の「宮城ふるさとプラザ」まで運び、消費者がその過程の情報をスマートフォンで確認できるようになっている。

 流通過程の記録や閲覧には、chaintopeが開発したブロックチェーン「Tapyrus(タピルス)」をベースにしたトレーサビリティサービス、「Paradium(パラディウム)」が用いられている。

 実証実験はどのように行ったのか。また社会実装に向けどういった課題があるのか、chaintope地方創生トークン戦略GMの深堀剛氏、Chaintope Malaysia Chief Operating Officerの吉崎隼也氏に聞いた。

事業者の作業は簡便に

 トレーサビリティシステムを導入すると、サプライチェーン上の事業者には流通経路を記録するための手間やコストが発生する。この負担をいかに減らすかが、トレーサビリティ導入の課題のひとつとなる。

 今回の実験ではどのような作業が発生したのか。

 吉崎氏によると、まず水産業者は、石巻で朝獲れたホヤの漁獲日時、場所、写真などをウェブ上(Paradiumダッシュボード)で記録。続いてQRコードを発行・印刷し、ホヤを入れた袋と、その袋を入れた箱に貼り付けた。

 ホヤを受け取った運送業者は、chaintopeが提供するスマートフォンアプリを使い、箱に貼ってあるQRコードをスキャン。商品を受け取った小売店も箱のQRコードをスキャンすることで流通履歴を記録した。

 こうした情報を消費者は、ホヤの袋に貼ってあるQRコードをスマートフォンでスキャンすることで閲覧したという。

消費者がスマートフォンで閲覧した実際の画面 (画像提供:chaintope)
消費者がスマートフォンで閲覧した実際の画面 (画像提供:chaintope)

「一般的なトレーサビリティシステムだと、サプライチェーン上の事業者がいろいろな操作をしなければならないものが多いですが、今回のシステムでは、サプライチェーン上の人たちは “スキャンするだけ”という形になりました」(吉崎氏)

 実験を通して感じた課題は、関係者への事前説明やアプリのインストール作業など準備にかかる手間だという。

「サプライチェーン上の事業者の作業自体はそこまで難しくありません。また、システム導入自体も数日で終えることが可能です。ただ、導入前の操作説明やアプリインストールにかかる手間などは、今後考えていかなければならないことだと感じています」(深堀氏)

「この事前準備の部分をいかにシンプルに圧縮していくかが、社会実装に向けた今後の課題のひとつになります」(吉崎氏)

目指すのは「簡単・安価・素早い」システム

 そもそもブロックチェーンをトレーサビリティに活用することには、どういったメリットと課題があるのだろう。

 トレーサビリティシステム自体は、ひとつの企業が自社のデータベースで一元管理する“中央集権的”なシステムで構築することが可能だ。しかし、多数の企業間でデータをやりとりする場合、「誰がデータの管理権を持つのか」、あるいは「記録されたデータの改ざんをどう防ぐか」といった課題が出てくる。

 こうした課題に対して吉崎氏は、「分散型台帳のシステムを持ち、かつ時系列順に記録されたデータの改ざんが事実上不可能であるブロックチェーンは最適な技術だ」とブロックチェーン活用のメリットを強調する。

 ただ、もともと不特定多数の参加者による分散型台帳のシステムを持つブロックチェーンは、処理速度が遅くなる「スケーラビリティ」(作業の増大に適応できる能力)の問題を抱えている。複数企業間でやりとりを記録するサプライチェーンシステムでは特に大量のデータが発生するため、このスケーラビリティ問題が障壁になるという。

 この課題に対して吉崎氏は、「Paradiumでは、ブロックチェーンに記録するデータサイズを大幅に圧縮する技術を用いて、大量のデータ処理を行えるシステムを実装している」と解決策を示す。

 サプライチェーンシステムでは商品ひとつひとつにIDをふることになるが、このIDデータをそのまま記録すると、商品の増加に伴いデータ量も増えることになる。これに対してParadiumでは「Accumulator(アキュムレーター)」という技術を活用し、常に固定サイズのデータに圧縮している。

「さらにコストを下げられる配慮もある」と吉崎氏は説明を続ける。Paradiumはクラウド上で活用できるSaaSシステムとなっており、使った分だけ支払う従量課金モデルが採用されている。このため導入・運営コストを大幅に下げられる。また既存システムやアプリにスムーズに機能を組み込めるよう、API提供も行っているとのことだ。

「トレーサビリティのサービスを開始する際に私たちは、数千万円、数億円かかるようなSI(システムインテグレート)的なシステム構築は行っていません。トレーサビリティ機能をとにかく簡単に、素早く、安価に届けることを目的としており、実際に利用者にもそのようなメリットを実感いただいています」(吉崎氏)

* * *

 現在chaintopeは、Paradium以外にも、同社ブロックチェーン技術をベースにしたさまざまなソリューションを提供している。

 またフィッシャーマン・ジャパン・マーケティングとの実証実験をはじめとする漁業領域のプロジェクトを複数進めるほか、イスラム教を信仰するムスリムが食べられる“ハラル和牛”のトレーサビリティシステム構築に取り組むなど、社会実装に向けたさまざまな活動を積極的に進めている。

 今後の展望を聞くと、両氏から共通で返ってきたのは、「ブロックチェーンのメリットを自然に享受できる世界を作りたい」という答えだ。

「ブロックチェーンが社会を変えると昔から言われているのに、なかなか実装例が出てきません。やはり導入のコストやハードルが高いことが問題なのだと思います。我々は、ブロックチェーンの複雑で面倒なところは全部任せてもらい、ユーザーさんが簡単に導入し、メリットを享受できる世界にしていきたい。ブロックチェーンの社会実装をどんどん進めていくことが、私たちが掲げる大きな目標です」(吉崎氏)

 ブロックチェーンの社会実装に向けた力強い歩みを期待したい。

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有限会社ガーデンシティ・プランニングにてライティングとディレクションを担当。ICT関連や街づくり関連をテーマにしたコンテンツ制作を中心に活動する。