90年代後半、まだ紙の新聞が主流だった頃、全国紙の新聞社の売上の構成はざっくりといえば販売収入と広告収入が半々ぐらいであった。デジタルメディアについていえば、当初コンテンツ閲覧無料でスタートしたこともあり、その売上の大半は広告収入である。紙メディア関連売上の急激な減少にデジタル広告収入の頭打ち感があいまって、ここ数年日本でもコンテンツ課金を開始するメディアが相次いでいる。今後はコンテンツ課金収入が伸び、かつてのように広告収入に加えメディアビジネスを支える2本の柱になるのだろうか。
■Paywallがもたらしたもの
先行してコンテンツ課金を始めた米国では、すでに多くのメディアがペイウォール(paywall)を設け、課金制を実施している。
米国には小規模なメディアが多く、これら地方都市を拠点とする新聞メディアは、2000年頃からネットニュースに読者を奪われ部数減が顕著になり、会社存続の危機が現実のものとなっていた。また、紙面広告においても、米国の新聞広告にはクラシファイド(classifieds)と呼ばれるいわゆる「三行広告(売ります、買います、募集しますなど)」が占める割合が多く、これが2000年代に入りいち早く、ネットの専門サイトに移行したため大きな打撃を受けた。
このように、米国のメディアは次々と収入の道を絶たれたため、デジタルコンテンツ課金も急がざるをえなかった。新聞に限っていえば、2013年の調査の時点ですでに1380紙のうち450紙がネット課金を実施している(米独立系世論調査機関Pew Research Centerのメディア調査部門PEJ=Project for Excellence in Journalism)。また別の調査では2015年には5万部以上の米国の日刊紙の78%が課金制を導入していた。
これら課金の試みは成果をあげているのだろうか。“成功例”としてよく知られているのは、ニューヨーク・タイムズ(以下、NYT)だ。同紙は、米国を代表するクオリティペーパーであり、その発行部数は90年代の多いときでも110万部程度で、全盛期1000万部を超えていた読売新聞など日本の大手全国紙に比べると発行部数も企業規模も小さい。
NYTも米国の他の新聞社と同様、紙の新聞の不調で経営難が予想されるようになった。ネットでのニュース配信にも積極的に取り組んでいたが、2005年に始めた有料化を2年ほどで再び完全無料に戻すなど、デジタルビジネスの戦略は迷走していた。その後、2011年から再び課金を開始し有料読者数が100万に達したのが、2015年7月。さらにドナルド・トランプ米国大統領が就任したころから読者増に拍車がかかり、2020年6月末時点の電子版の有料会員数は439万人に達した。また2020年第2四半期には、初めてデジタル版の売上(購読・広告収入)が紙媒体を超えた。
一方、NYTの広告収入は昨年の同時期に比べ44%減(デジタル:32%減、紙面:55%減)となっている。今年はコロナの影響があるというものの、広告収入は紙、デジタルとも昨年比マイナスとなっている。広告収入は頭打ちだが、コンテンツ課金収入でそれを補いさらに伸ばすという理想的な形になっているように見える。
NYTの他にもウォールストリートジャーナル(2020年2月で電子版購読者200万人)やワシントン・ポスト(ハーバード大学ニーマン財団のメディアに掲載された記事によると2018年12月で150万以上の課金購読者)など企業規模が比較的大きいメディアは、課金収入で一息ついているように見えるが、全米各地の都市にある新聞社ではデジタルコンテンツ課金をしても購読者が増えず、売上は減少をつづけ廃刊に至るケースも多い。ノースカロライナ大学の調査によると、2020年までの15年間で米国の新聞の1/4が消えてしまったという。そして消滅した新聞の多くは、地域の中小規模のコミュニティで発行される規模の小さなメディアだ。
メディアの規模の大小と、デジタルコンテンツ課金についての興味深い研究がある。ハーバード・ビジネススクールが出した学術論文によると、NYTのように、裕福な読者を持ち、全国的にも名の通ったメディアでは、ペイウォールを設けた事によりさまざまなプラス効果がある。意外な効果としては課金制の導入により、今まで無料でデジタル版を読んでいた読者が紙の新聞購読に移行し、紙の購読者の減少幅が抑えられる効果があるという。その結果、無料を続けていれば大きく減少するはずだった紙の購読料と広告収入は高止まりし、デジタルの課金収入と合わせると、課金によるPV減で失ったデジタル広告の減収分を大きく上回るという効果がでる。
反対に規模の小さな新聞社では、コンテンツ課金による購読料の伸びよりもデジタル広告減収の幅が大きく、また、紙の新聞の購読が増えるといった現象も見られないため、課金しなかった場合と比べて、デジタル広告を失った分、最大で12%の減収になるケースもあると、この調査では示されている。
この研究は「コンテンツ課金を実施しなかったらどうなっていたか」という仮定をシミュレーションしたものである。規模の小さなメディアでは課金によるメリットがないからと言って、無料を続けても状況が良くなるわけではない。他に収入の道を見つけなければ、いずれ事業継続が困難になる。また、コンテンツ課金したことがプラスの効果をもたらした判断される規模の大きなメディアにとっても、その売上規模が今後も事業継続していく上で十分なものなのかということは別問題だ。つまり紙の媒体がゼロになってもやっていけるのかという問題は、メディアの大小問わずに存在しており、NYTといえども、売上の半分は依然として紙メディア関連である。
■日本での課金制は?
日本では日本経済新聞が、2020年7月1日時点での電子版の有料会員数は76万7978であることを公表している。朝日新聞の有料会員数は、5年前に約23万人(2015年5月1日付文化通信記事)であったことが確認できるが、同社は最近の有料会員数は公表していない。他の新聞社も何らかの形で課金制を導入しているところは多くなりつつあるが、その実績は公表されていない。
そもそも、日本においては全国規模の一般紙もデジタルコンテンツ課金が、紙の新聞の減収を補う十分な収入源になるという目算を持って始めたわけではない。米国では多くの新聞社が課金を開始したことと、NYTが意外と成功しているといるのを見て、有料化に踏み切ったに過ぎない。また、地方紙においては、電子版に対して最小限の投資を行なうにとどまっていたため、有料化が遅れてきたが、ここ数年でコンテンツ課金を開始したり、その準備を進めたりしているところも多いが、これとて明確な戦略があってのこととは言えない。
出版業界も同様で、落ち込む週刊誌に代わる収益源になればと、さまざまな形での課金制を導入してはいるが、十分な成果を挙げているという話は聞かない。
日本では、本格的なコンテンツ課金は始まってまだ日が浅いので、これがメディアの新しい収入の柱となるか否かの評価にはもう少し時間が必要だろう。課金に関してこの先危惧されるのは、それが中途半端な形で終わってしまうことだ。NYTも一度はダメだった課金制だが2度目は上手く成長軌道に乗せることができた。
では、コンテンツ課金を中途半端に終わらせないためには何をすればいいのだろうか。>>次回へ続く
(調査・執筆協力:新垣謙太郎)