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名所旧跡・山や湖まで実名予約で訪問  “インテリジェント化”が進む中国の観光

混雑を避けるため旅には予約が必要(イメージ)

混雑を避けるため旅には予約が必要(イメージ)

 今回のコロナ禍で、中国の観光業界に大きな変化が起きている。密集を避けるため厳格な人数管理が求められたことを機に、観光地の「実名予約定員制」が一気に拡大、定着したことだ。そして、さらにそれを一歩進めた観光地全体の「インテリジェント化」も本格的に動き始めた。

 テンセント(騰訊)や美団(Meituan、9月30日付で「美団点評」から呼称変更)、ファーウェイ(華為技術)など中国の有力IT企業が、自前の膨大なデータやクラウドサービスなどを活用し、有名観光地の地元政府などと組んで次々とプロジェクトを始動している。14億の人口を抱え、人気観光地は休日ごとに大混雑、延々の行列が常態化してきた中国で、一歩踏み込んだ人の動きの管理が広がりつつある。

秋の大型連休、人出は6億人超、消費は7兆4000億円

旅客で混雑する駅改札
旅客で混雑する駅改札

 今年の中国は、建国記念日に相当する「国慶節」と秋の大切な伝統行事「中秋節」が同じ10月1日に重なり、その日から異例の8連休となった。新型コロナがほぼ収束し、前向きな気分が社会に広がったことで、人々は一気に各地の観光地に繰り出した。中国政府のまとめによると、この間、のべ6億3700万人が旅行(日帰りを含む)に出かけ、消費総額は4665億元、1元16円換算で7兆4000億円を超えたとされる。

 これは昨年2019年の国慶節連休で記録した同7億8200万人、6497億元と比べると、人数で18%、消費金額で28%ほど少ない。しかし新型コロナの影響で地域によっては数カ月間、事実上の自宅軟禁状態が続いていたことを考えれば、国内旅行が前年比7~8割の水準まで回復したことは奇跡的と言ってもいい。

受け入れ可能人数の75%に抑制を指示

 地域差はあるが、中国では5月頃までは旅行やレジャー関連の人の動きはほとんどない状態だった。しかし徹底的な移動制限に加え、個人の行動を記録し、仮に感染が確認されてもその経路をトレースできる「健康アプリ」の携帯が事実上、義務化され、大規模な感染拡大を抑止できる見通しが立ってきたことなどで徐々に制限措置は緩和された。今回の大型連休前、中国政府は「現在、中国国内に(コロナの)高リスク地域は存在しない。どこでも自由に旅行できる」と宣言、9ヵ月に及んだ移動制限は事実上、撤廃された形となった。

 しかし、一方で当局は全国のA級観光地(中国では一定の知名度を持つ観光地を「A級」に選定し、上から5A、4A、3A、2A、Aの5ランクに分けている)および博物館、美術館などに対して、1日の入場者数を最大許容量の75%以下に抑制するよう指示を出している。また「健康アプリ」の必携、マスクの着用なども旅行者に求めており、依然として警戒の姿勢は緩めていない。

「予約のない人は来ないように」

 こうした状況に対応するため、各観光地や地元政府は来訪する行楽客の数を把握し、混雑度を管理、報告する必要に迫られた。そのために最も有効な方法は、観光地そのものを完全予約制にし、「予約のない人は来ないように」と呼びかけることである。予約制にしてしまえば、その観光地やそこに至る交通機関や周辺の宿泊施設、レストランなども無用な混雑を避けられ、観光客にも地元にもメリットは大きい。

万里の長城の入場予約画面
万里の長城の入場予約画面

 中国の観光地は、自然景観を楽しむ山や湖、渓谷などのほか、街の旧市街が観光資源になっているような場所でも、観光客がそこに入るルートを限定し、ゲートを設置して入場料を徴収するのが普通だ。日本で言えば、例えば京都の嵐山や、神戸の異人館エリアといった観光地に至る道路のすべてにゲートを設け、立ち入りを有料にする――といったイメージになる。

 また中国ではAlipay(支付宝)やWeChatPay(微信支付)などのオンライン支払いシステムと、個人の携帯電話番号と全国統一の身分証明書番号を紐付けることで、実名制の予約や来場者管理が容易にできる。中国の高速鉄道や長距離バスなどはすでにこの方式で、身分証明書を直に改札機にかざして乗車するのが普通になっている。

 こうしたやり方がすでに定着していることで、今回のコロナ禍のような非常時の対応がやりやすくなっていることは間違いない。

あふれ返る観光客。「300メートル進むのに1時間半」

 このような観光地の実名制事前予約は、今回のコロナ禍で初めて登場したものではない。数年前から中国では、著名な観光地や施設などで実名制の事前予約システムが導入され、「予約がないと観光地に入れない」という状態が日常的に発生していた。このようなシステムが導入された理由は、観光客があまりに多すぎ不便という段階を超え、時には危険な状況に陥る例が出てきたからだ。

 例えば中国有数の名山として知られる安徽省の黄山では、2018年秋の連休中19万人が訪れ、急峻な断崖に細い石段が続く登山道は「300メートル進むのに1時間半」(新聞報道)という状況に。危険を感じた地元政府は午前11時の段階で入山停止の措置を取った。また中国の誇る世界遺産の一つ、秦の兵馬俑(陝西省西安市)は、同連休6日間で52万6000人、最も多い日には13万2000人という過去最多の入場者があり、場内はほとんど身動きが取れず、「人の頭しか見えない」状況になった。

上海の外灘(バンド)
上海の外灘(バンド)の夜景

 実際に人が多すぎて悲惨な事故が起きた例もある。2014年12月31日、大晦日の夜、黄浦江沿いの夜景で有名な上海の外灘(バンド)で、カウントダウンに参加しようとした若者が階段に殺到、将棋倒しになり36人の若者が圧死する事件が起きた。当日のイベントに関する情報発信の不手際、警察当局の人出の読み間違いによる警備体制の不備などがあったとされる。

5A級観光地の94%が実名制時間指定予約を導入

安徽省の黄山は中国有数の人気観光地
安徽省の黄山は中国有数の人気観光地

 このような状況を受けて、中国のメジャーな観光地では早いところでは2014~15年ごろから実名制の事前入場予約制が始まった。黄山の地元政府は2019年に同システムを全面的に導入、同市のホームページ、もしくはCtrip(携程旅行網)など大手旅行アプリなどで事前に1人1枚の実名制入山チケット(大人190元)を購入、各自のスマホアプリの二次元バーコードを提示して入山する方式にした。

 そこに今回のコロナ禍で、入場者のより厳格なコントロールが求められるに至り、今年春からの数カ月で一気に同様の仕組みが全国の観光地に広がった――という状況だ。中国文化旅游部(旅行を主管する政府官庁)の発表によると、今年の国慶節・中秋節連休には全国に280ヵ所ある5A級観光地のうち264ヵ所が実名制の入場時間指定予約制を導入、導入率は94%に達している。「観光は予約してから行くもの」が社会の常識になりつつある。

進む観光地の「インテリジェント化」

 この秋の連休でかなり回復を見せているとはいえ、9ヵ月に及ぶ移動制限で観光地の受けた痛手は大きい。観光収入への依存度が高い地方政府にとって観光産業の復興と成長は至上命題だ。産業振興による税収増が地方政治家の中央からの評価の重要な基準になっている事情もある。その中心的な期待を担うのが、実名制予約をさらに一歩進めたIT活用による観光地のインテリジェント化だ。

 中国の観光地は自然環境を楽しむリゾートを除くと、歴史的な由来のある名山や寺院、遺跡、革命の故地、偉人の記念館といった古いタイプの名所旧跡が多い。こうした観光地に実名制予約、来場者の管理システムを導入すると同時に、新たなコンセプトを吹き込んで若い世代にも魅力あるものに再生し、現地での新たなアトラクションの開発、魅力的な宿泊施設やレストランなどの企画・運営に取り組むとなれば、地元の力だけでは無理がある。

 そうした背景があって、特にコロナ以降、中国のIT巨頭の観光領域への参入が相次いでいる。

テンセント、ファーウェイも観光産業に参入

 例えば、中国一の名山として、中国人なら一生に一度は登るべき山ともいわれる山東省の泰山では、2020年9月、美団が地元・泰安市政府と契約を交わし、「インテリジェント泰山(智慧泰山)」の構築に取り組み始めた。

 AlipayやWeChatに続く「中国第3のスーパーアプリ」ともいわれる美団の競争力の源泉は、巨大な口コミサイトに集まるユーザーの数にある。グルメ情報から始まり、ホテルや旅行全般、ショッピング、結婚関連サービス、美容・医療、フードデリバリー、自動車、ペットなど幅広い領域で事業を展開し、そこに集まるユーザーに商品やサービスを販売することで収益を上げるモデルを確立している。

山東省の泰山は「インテリジェント泰山」に
山東省の泰山は「インテリジェント泰山」に

 観光地で美団は、アプリによる入場チケットの予約販売や来訪者の管理などに留まらず、データベースを活用したプロモーション、グループ内の旅行会社、タクシー配車アプリ、シェア自転車などを動員したサービスの提供、デジタル技術を生かした観光案内、リピーターを増やすためのオンラインマーケティングなどを行う。泰山という名山を新たなブランドとして再定義し、泰山の「第二の創業」を掲げる。美団の社内教育機関「美団大学」の分校を泰山市に開設し、旅行関連人材の育成を行う計画も発表されている。

 また、四川省楽山市にある観光地、楽山大仏ではテンセントが入場者の管理や、より広域での集客、観光業の地元経済への貢献拡大などをテーマに、地元政府とのプロジェクトを立ち上げることを今年9月に発表。ファーウェイも同月、同じく四川省の著名な観光地、都江堰(とこうえん)に関して地元政府と協議書を締結。同社が通信技術を基盤に各地の都市開発に参画してきた経験を生かし、「スマホ一台ですべて解決する」都江堰全域のインテリジェント化に取り組むことを発表している。

「人間の単品管理」

 こうした動きは、もともと人が多く、魅力ある観光地という資源が足りないという中国の状況に本質的な原因がある。しかし「観光地をいきなり増やす」という選択肢が現実的でない以上、対策としては、人の流れを事前に把握し、効果的に分散させるしかない。そのための有効な手段がITを利用した観光地の実名時間指定予約の仕組みであり、インテリジェント化を目指す流れもその延長線上にある。

 もちろんデジタル技術をフル活用したインテリジェント化には、観光客がその土地の魅力をより低いコストで効率的かつ安全、快適に楽しめるメリットがあり、「管理」の側面だけを強調するのは妥当でないだろう。そうではあるが、全国にくまなく張り巡らされた監視カメラ網や、それにともなう顔認識システムの普及などの状況と併せて考える時、やはり中国は「人の動きを高度に管理する社会」に向かっていると言わざるを得ない。

 いわば全国民が身体にICタグを付けて「人間の単品管理」を実施しているようなもので、あまり楽しそうな未来図ではないが、確かに効率は高くなる。今回のコロナ禍で、その動きがまた一段と強まったのは確かだ。

田中信彦 Written by
BHCCパートナー。亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科(MBA)講師。1983年早稲田大学政治経済学部卒。新聞社を経て、90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で執筆、コンサルティング活動に従事。(株)リクルート中国プロジェクト、ファーストリテイリング中国事業などに参画。上海と東京を拠点に企業等のコンサルタント、アドバイザーとして活躍している。近著に「スッキリ中国論 スジの日本、量の中国」(日経BP社)。