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感染者の行動を詳細に把握、大々的に公開する中国のスマホ「健康コード」のおそるべき威力

イメージ画像(本文とは関係ありません)

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 中国では気温の低い北部を中心に、新型コロナの感染が再拡大の勢いを見せている。北京に近い河北省の省都、石家荘市は即日「戦時状態」への突入を宣言、1月9日からは事実上の都市封鎖状態に入った。そのほか北京市や遼寧省などで20年末から新年にかけて数十人単位の新規感染者が確認されており、緊急事態宣言が発令されている。

 昨年3月下旬、全国的な感染の拡大が収束して以降、いったん緩和されていた各種の制限措置が各地で復活し、さまざまな感染拡大防止策が強化され始めている。その大きな柱のひとつが「健康コード」や「行程カード」など、スマートフォン(以下スマホ)を活用した感染対策だ。

「健康コード」などITを生かした感染対策

 新型コロナの感染拡大以降、中国では感染者追跡のための「健康コード」(健康码)や行動確認アプリ「行程カード」(通信行程卡)などが感染経路の特定に大きな役割を果たしてきた。プライバシー意識の違いもあって、中国ではGPSや中国の「北斗」などの衛星測位システムを活用した位置確認、各種決済アプリの使用記録などを通じて、当局が個人の行動把握を行いやすい土壌がある。

感染者の行動が細かく追跡され、公開されている(瀋陽市健康衛生委員会のホームページ)
感染者の行動が細かく追跡され、公開されている(瀋陽市健康衛生委員会のホームページ)

 そして、感染が明らかになった人の過去の行動ルートを明らかにし、濃厚接触者の洗い出しを進め、すみやかにPCR検査や自宅待機、隔離を行うことで、感染拡大を予防する措置が広く行われている。そのために感染者の具体的な行動経路が当局によって公開され、メディアが大々的に伝えるということが日常的に行われている。

 例えば、遼寧省の省都・瀋陽市では1月7日午後、新たに2人の感染が確認された。そしてこの2人について、直近10日あまりの行動が同市政府衛生健康委員会のウェブで公開され、メディアが多数、報道している。うち1人の女性の内容はこんな具合だ。

林某、女、63歳、定年退職人員

現住所:瀋陽市鉄西区衛工北街啓工后街道啓明社区

1月4日に無症状感染が確認された孫某の母

12月25日11時17分、啓明社区から徒歩で衛工街北三路のバス停へ、176路のバスに乗車し九路市場下車。市で買い物。12時42分、徒歩で「九路家具センター」へ、その後、176路のバスで帰宅、その後は外出せず

12月26日9時30分、自分の車で大東区徳坤瑶病院へ娘の見舞い。12時30分、自宅に戻り、その後は在宅

12月27日15時32分、徒歩で鉄西区北一路粮食市場。買い物、16時37分帰宅

12月28日8時05分、徒歩で衛工街北三路のバス停へ。288路のバスで同市中心病院下車、徒歩で瀋陽市医学院附属中心病院外来病棟2階特病科で受診。10時34分、徒歩で南七路衛工街バス停から176路バスで盛京病院下車、徒歩で中国医科大学盛京病院滑翔院区6階医保科、14時18分、同バス停から278路バス、途中艶粉街瀋遼路バス停で乗り換えて帰宅、以降外出せず

12月29日9時19分、配車アプリで車を呼び、大東区徳坤瑶病院へ娘の見舞い。12時、近くの「鼎鑫(金が3つ)面館」で昼食。その後、付近の「東輝永利成徳食品スーパー」ならびに「双聖華食品スーパー」で買い物。12時40分、小河沿バス停から134路、117路バスを乗り継ぎ、中国医科大学盛京病院滑翔院区3階血液科で受診。15時32分、徒歩で278路バス停、278路、176路バスを乗り継いで帰宅、以降在宅

12月30日、終日在宅

12月31日、13時、北一路啓工街博宇検査センターで全市民対象のPCR検査を受診(結果は陰性)。その後、徒歩で「北三路果物スーパー」で買い物、15時40分、徒歩で帰宅。その後在宅

2021年1月1日、11時14分、徒歩で「第一粮庫食品スーパー」で買い物、16時、シェア自転車で帰宅、その後外出せず

1月2日、8時30分、マイカーで「和平区南六市場」に行き買い物。10時帰宅、その後は在宅

1月3日、終日外出せず

1月4日、9時40分、配車アプリで呼んだ車で娘に付き添って中国医科大学盛京病院滑翔院区急患ロビーで受診、17時、近くの「新隆嘉生鮮スーパー」で買い物、19時50分、車で帰宅、以後は外出せず

1月5日、感染確認、10時、市内の隔離センターに収容、集中医学観察開始

 長くなるので、もう1人は省略する。詳細は同市政府のウェブサイトに掲載されているので、誰でも見ることができる。

 中国のメディアでは、このような形で感染者の行動が具体的に公開されている。公表されるのは姓のみで、名前は匿名だが住所はほぼ公開されており、近い関係の人なら誰だかはすぐにわかる。また訪問先は実名である。

上海市の健康コード「随申码」。ここでは緑色が表示されている
上海市の健康コード「随申码」。ここでは緑色が表示されている

 こうした行動履歴の把握が可能なのは、基本的にすべての市民がスマホアプリやアプリに付随する「ミニプログラム」として、前述したような「健康コード」や「行程カード」を常時携帯しており、行く先々で二次元バーコードのスキャンが必要だからである。上記の例でいえば、病院などの公的機関では必ずこれらの提示とスキャンを求められるし、原則的にはスーパーや飲食店などでも、店側による確認とスキャンが必要だ。

 現実には、感染拡大が抑制された後には、公的機関などを除いて厳格に提示を求められないケースが多かったようだ。しかしその場合でも携帯電話の基地局と衛星測位システムを利用した「行程カード」による位置確認は機能しているので、その人物が、いつ、どのような経路で移動したかはトレースが可能だ。

すべての人の行動を完全に把握する

 「健康コード」が開発されたのは、湖北省武漢市で感染が爆発的に広がった直後の20年1月末~2月半ばにかけてだ。感染のさらなる拡大を防ぐには、すべての人の行動経路を把握し、感染の経路を特定することが最も有効だ。そのことを本気で実行しようとしたのが中国の「健康コード」や「行程カード」である。

上海市の健康コード「随申码」の説明ページ。「青・赤・黄」の3色でリスクの度合いを表す
上海市の健康コード「随申码」の説明ページ。「青・赤・黄」の3色でリスクの度合いを表す

 中国のオンライン決済システムのスタンダードともいえるアリペイ(支付宝)を開発、運用するアント・グループ(当時はアント・フィナンシャル)が数千人のエンジニアを動員し、わずか1週間ほどで完成させた。春節(旧正月)の休みも顧みず、このプロジェクトに参加しようと手を挙げた社員が殺到したという逸話が残る。またウィチャットペイ(微信支付)を擁するテンセント(騰訊)も、ほぼ同時に同様の「健康コード」を開発し、公開している。

 緊急時とあって両社はこのシステムを無償で各地の地方政府に提供、各地の政府はそれをもとに、さまざまな機能を加えるなどして、各地方独自の「健康コード」として運用した。一刻を争う事態でヨコの連携を取る余裕がなく、いわば各地が見切り発車でシステムを立ち上げたため、「健康コード」の名称は地方によってバラバラで、内容も異なる。

 アリババの本拠がある浙江省と北隣の江蘇省のように、相互に連結してデータが共有できる場所もあれば、その地方に行くごとに新たなアプリやミニプログラムを立ち上げなければならない場合もある。中央政府は20年12月10日、「健康コードは全国統一で運用する」と宣言したが、21年1月現在、まだ完全には実現していない。

感染のリスクを「青・黄・赤」の3段階で表示

 「健康コード」とは、一口でいえば、その人のウイルス感染に対する「安全度」を表示するアプリである。自己申告の内容や各種の検査結果、行動履歴などと政府や、政府に協力する企業が収集したさまざまなデータを照合、分析する。PCR検査を受けたことがある人や新型コロナで病院での診察を受けたことがある人はその結果なども記録される。それらをもとにその人の感染リスクを3段階に分けて表示する。

 本人の「感染しているリスクの高さ」に応じて、低い方から「緑」(危険度は低い)、「黄」(中程度)、「赤」(高い)──の3段階で、アプリの画面にそれぞれの色のバーコードが表示される。「緑」が表示されていれば問題ないが、「黄」や「赤」になった場合、とりあえずは「感染者扱い」で、検査結果が出るまでは隔離を覚悟しなければならない。

「行程カード」の表示。過去14日間の訪問地が北京で、青色(問題なし)の表示になっている(左)こちらは過去14日間に日本を訪問しているので、黄色(要検査)になっている(右)
「行程カード」の表示。過去14日間の訪問地が北京で、青色(問題なし)の表示になっている(左)こちらは過去14日間に日本を訪問しているので、黄色(要検査)になっている(右)

 もうひとつの「行程カード」とは、携帯端末の所持者の位置情報を記録したもの。中国政府の工信部(通信関係を管轄する中央省庁)が3大キャリア(チャイナテレコム=中国電信)、チャイナモバイル=中国移動、チャイナユニコム=中国聯通)の協力の下、全国16億台の携帯端末の位置情報を統合し、所持者の行動履歴をデータ化している。それを記録したものが「行程カード」である。基本的にはコロナウイルスの発症までの期間を考慮し、直近14日間に所持者がいた位置が確認できるようになっている。

 中国で公共交通機関を利用する場合や、オフィスビルやショッピングモール、マンションの敷地に出入りする際などに、この2つの両方、もしくはどちらか一方の提示を求められることが多い。前述のように、感染拡大が下火になって以降、地域によっては省略されるケースも増えていたが、最近の感染再拡大で、特に北部の都市部を中心に再びチェックが厳しくなっている。

「第二の身分証明書」となった「健康コード」

 「健康コード」の情報は、すべての国民が所持している統一の身分証明書とリンクされている。中国には従来からカード式身分証明書をアプリ化した「CTID(Cyber Technology ID)」と呼ばれるシステムが稼働(未導入地域もある)している。当局の説明によれば、このシステムは「公安部(警察)のネットワークと従来の身分証プラットフォームの個人情報を連結し、顔認証システムなどの技術を使って本人を証明するもの」とされている。

 「健康コード」が運用されている「国家防疫健康情報コードサービスシステム」はこの「CTID」のプラットフォームと連動しており、それを通じて入出国情報や航空機・鉄道などの利用区間と座った座席の情報、公的機関が保有しているその他必要な情報などと照合し、分析されている。処理能力は極めて高く、二次元バーコードの生成能力は1秒間に1万件、読み取り能力は同7万5000件に達するとされる。つまり「健康コード」はすでに「第二の身分証明書」的な機能を持っているといえる。

「一党専政」のパワーと迫力

  今回、厳しい警戒体制を取りつつも、河北省などでの大規模な集団感染を防げなかったように、「健康コード」などのITを活用しても感染の発生と拡大を完全に防げるものではない。もともと、この「健康コード」自体、感染の発生を防ぐというよりは、発生後の拡大を抑止する効果のほうが大きいといわれる。今後、中国国内の感染がどこまで再拡大するかはわからないが、感染者の行動履歴をここまで詳細に把握し、公開することができれば、感染の拡大阻止に大きな役割を果たすだろう。

 感染拡大の抑止にかける中国当局の動きを見ると、「一党専政」体制の強い実行力を感じざるを得ない。善悪の判断はともかく、こと感染対策の視点に限れば、こうした強権が一定の有効性を持つことは疑いない。日本の社会でそのまま真似できるものではないが、これからの長いウイルスとの闘いには、こうしたITを活用した仕組みを日本でももっと活用する必要があるのは間違いないだろう。

田中信彦 Written by
BHCCパートナー。亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科(MBA)講師。1983年早稲田大学政治経済学部卒。新聞社を経て、90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で執筆、コンサルティング活動に従事。(株)リクルート中国プロジェクト、ファーストリテイリング中国事業などに参画。上海と東京を拠点に企業等のコンサルタント、アドバイザーとして活躍している。近著に「スッキリ中国論 スジの日本、量の中国」(日経BP社)。