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AIは薬剤師の仕事を奪う敵か それとも味方か 10年後の薬剤師像を探る

AI導入による薬局・薬剤師の未来について議論が行われた「薬局経営者マスターサミット」

AI導入による薬局・薬剤師の未来について議論が行われた「薬局経営者マスターサミット」

 AI(人工知能)が調剤や服薬指導を当たり前に行う時代が来たら、薬剤師の仕事はなくなってしまうのか。薬剤師らがAIと薬局、自分たちの未来について考える「第1回薬局経営者マスターサミット」(FUNmacy主催)が2020年12月10日、オンラインで開かれた。 サミットのテーマは「薬剤師とAIの未来は共存か敵対か~日本初のAI薬剤師誕生~」。

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医薬品医療機器等法(薬機法)の改正によるオンライン服薬指導解禁やオンライン資格確認、電子処方箋など、近年、医療分野のデジタル化は急速に進んでいる。さらに、遅ればせながら、この分野のDXも徐々に進み、医薬品情報を共有するクラウドシステムや調剤薬局の在庫シェアリングサービス、さらにはAIを活用しカルテや薬歴の入力を効率化する音声認識ソフト、医薬品情報のチャットボットなども登場。2019年には、大阪にロボットが薬剤を管理する薬局も開業した。

薬局業務は第二次産業+第三次産業?

 サミットではどのような議論が行われたのだろうか。まずは、AIを利用した医薬品情報の管理・共有システム「AI-PHARMA(アイ・ファルマ)」を監修する岡山大学病院薬剤部・人工知能応用メディカルイノベーション創造部門の部門長、神崎浩孝准教授が登壇。薬局業務でのAI活用などについて話題提供した。

薬剤師業界においても、AIを活用したサービスの導入が広がっている
薬剤師業界においても、AIを活用したサービスの導入が広がっている

 神崎氏は「医療は第三次産業だが、薬局は第二次産業の部分(調剤・鑑査)と第三次産業の部分(投薬・患者説明・多職種連携など)を兼ね備えている」と説明。さらに、第三次産業の内容を対人業務が中心のフロントエンド(投薬・説明)とバックエンド(情報収集・管理)に分け、バックエンドでデジタル化が進んでいる現状を示した。さらに、「五感からの情報収集→識別(記憶との結び付け)→判断」という人間の行動過程において、AI化、ロボット化が進んでいるのは「識別」の部分で、「判断」をAIに置き換えようとしているわけではないと続けた。

神崎氏は、AIを利活用して生産性を向上できる人・できない人の例を提示
神崎氏は、AIを利活用して生産性を向上できる人・できない人の例を提示

 そのうえで、「AIを利活用して生産性を向上できる」人材は、「DX導入や業務効率化に意欲的で、生産性を上げる意識がある、長期ビジョンで薬局経営を考えられる、導入後の運用体制構築ができる」人であると説いた。

“アマゾン薬局”に対抗するには

 続いて開催された「薬剤師とAIの未来について」議論するパネルディスカッションには、神崎氏のほか▽日本初の「スマート調剤室」を運営するメディカルユアーズ(神戸市)の渡部正之代表取締役▽AIによる週1回の発注業務自動化の効果を検証している八幡西調剤薬局(北九州市)の中村守男代表取締役▽在宅医療に力を入れるATファーマシー(川崎市)の福高祥恵代表取締役が登壇。ヘルスケアIT事業を手掛けるPHC(東京都港区)メディコム事業部長の大塚孝之氏がファシリテーターを務めた。

 まず、薬局へのAI導入について、渡部氏が、AIを搭載して日本に上陸するであろう「アマゾン薬局」への対抗策として、他の人種とは遺伝子レベルで異なる日本人の医療に関するビッグデータの集積や、日本語や文法を識別するAIの開発を挙げた。また渡部氏は「服薬指導で文字を連ねて正しい情報を与えることだけがわれわれの仕事ではない。人間は患者さんの悩みや不安にまで踏み込んで指導する。AIはあくまで人間の服薬指導をサポートする、というのが私の認識だ」と述べた。

AIやICTの活用で効率化した時間、人手を何に使うか

議論は何が残るか、ではなく何を残したいかという方向に
議論は何が残るか、ではなく何を残したいかという方向に

 今回のサミットのメインテーマは「薬剤師の仕事(ルーティンワーク)はなくなっていく。残る仕事は?」。これについて渡部氏は「AI導入で薬剤師が忙殺されている対物業務がなくなれば、新しい対人業務にチャレンジできる。日本の医師は、対人口あたりで、先進国中で最も少ないが、薬剤師は一番多い。コミュニケーションスキルを磨き、新しい対人業務を医師や看護師からシフトしていただくのがこれからの薬剤師に期待されることだ」と述べた。

 福高氏は、在宅医療で往診に同行する際に、薬剤師が患者の家族や看護師の意見をまとめて医師に提案することの重要性が高まっていると指摘。「分析した内容を医師に報告して、よりスムーズな治療につなげるというところで薬剤師が必要とされると思う」と話した。

 中村氏は「薬局の目的は、薬だけでなく、食事、睡眠、運動、排泄を含めたさまざまな健康サービスを有形、無形のコンテンツで患者さんに対して提供すること」とし、AIやICTによる効率化でできた時間と人手を活用した人材育成の取り組みを紹介。「薬局のファンを増やそう」をテーマに、3人以上のグループで企画を考えてもらったところ、あるグループがDM(糖尿病)患者向けに、糖質を抑えてたんぱく質を上げたグラノーラを作り出した事例を示し、「ルーティンワークはなくなっていくが、患者さんのための健康サービスをつくるということはなくならないと思う」と述べた。

日本の薬剤師業界のアドバンテージ、30万人のマンパワーをどう活用していくか

 最後に大塚氏が投げかけた問いは、「AIが入ることで5年~10年先の薬局の経営はどうなっているのか」。パネリストからは「業態が薬局屋さんから健康屋さんに変わっているのではないか」(中村氏)、「生活全体をサポートできるような存在になっている」(福高氏)と薬剤師の業務範囲がどんどん広がっていくという意見が相次いだ。

 渡部氏は「10年後は、今人間がやっているほとんどの業務が自動化されて、薬剤師がいろいろな業務にチャレンジできる」と予想。そのうえで「日本の薬剤師業界のアドバンテージは数。約30万人というアメリカと同じぐらいのマンパワーで、世界で一番手厚い対人サービスができる」と話した。神崎氏は今後、重要になってくることとして、経営のトップが明確なビジョンを打ち立てること、それに対して現実的な計画を立てることを挙げた。

 AIを薬剤師の仕事を奪う「敵」ではなく、職域を拡大し、職能を高める「味方」ととらえる。今回のサミットでは、未来に対するポジティブな意見が交わされた。

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ライター。1979年、石川県生まれ。同志社大学経済学部卒業後、北國新聞記者や毎日新聞記者、IT企業広報を経て、2013年からフリーランスとして書籍や雑誌、インターネットメディアなどで執筆。「Yahoo!ニュース個人」では、オーサーとして大阪、神戸、四国の行政や企業、地元の話題など「地方発」の記事を執筆。最近は医療関係者向けウェブメディア「m3.com(エムスリーコム)」で地域医療についても取材する。