冬になると、窓ガラスやサッシにびっしりとつく結露。放っておくとカビやダニが発生する原因になるほか、金属の腐食(サビ)にもつながる厄介ものだ。
結露回避のため、その発生を感知する方法としては湿度計や結露検出器があるが、湿度計は湿度が100%近くになると精度が低化するものが多く、結露対策には向いていないとされる。結露検出器も、直径100マイクロメートル(霧雨程度)以下の水分子を計測できないものがほとんどで、結露の発生を早い段階で検知することは困難だ。
こうした中で、目に見えない極小サイズの水滴を、高精度・高感度かつ高速に検知できるセンサーが開発され、注目を集めている。それが、国立研究開発法人物質・材料研究機構(NIMS)発ベンチャーである合同会社アキューゼ(本社・茨城県つくば市)が提供している「モイスチャーセンサ」だ。
NIMS研究者としてモイスチャーセンサを開発し、その実用化のためにアキューゼを立ち上げた川喜多仁氏(同社CTO)に、本センサーの開発の経緯や活用事例を聞いた。
モイスチャーセンサの主な特徴は、目に見えないほど小さな水滴(最小直径0.5マイクロメートル)を検知できることだ。その仕組みは以下のようになっている。
センサーチップの中には、電極となる金属が複数並んでおり、金属をつなぐ(ブリッジする)ように水滴が付着すると、金属間に電流が生じる。この金属間の距離を最小0.5マイクロメートルにまで狭めることができる。このため従来の結露検出器では感知できなかった小さな水滴も検知することができる。
また、モイスチャーセンサの応答速度は0.02秒以内となっており、この高速検知も特徴のひとつだ。一般的な湿度計や結露検出器が10秒程度かかるのに比べ、100倍以上高速に応答することが可能だ。
ではモイスチャーセンサ開発のきっかけは何だったのか。
川喜多氏がモイスチャーセンサを開発したのは2015年だ。当時、半導体の配線材料の研究をしていた川喜多氏は、同僚から「大気腐食センサー」について相談を受けた。
大気腐食センサーとは、鉄橋など構造物に使われている金属の腐食(サビ)を、大気中の水分量から計測するモニタリングセンサーだが、市販されているものは約5センチ角とサイズが大きいうえ、一体1万円程度と高価だった。これを長さ1キロの橋に1メートルおきに設置しようとすると、それだけで1千万円かかる。
「そこでセンサーを小さく、安くできないかと相談されたのです」(川喜多氏)
川喜多氏は半導体の配線技術を転用して、5ミリ角と小さく、一体100円程度で製造できる新型センサーを開発した。このセンサーの試用を繰り返すうちに、「従来のセンサーでは測れない小さな水滴を検知できることがわかり、用途が広がっていった」という。
「腐食対策には今も利用しようとしていますが、それよりも結露を含めて、小さな水滴を計測したいという要望があちこちから寄せられるようになりました。そこで徐々にそちらに寄っていったというのが開発の経緯です」(川喜多氏)
周りからの期待も高まり、いざモイスチャーセンサを実用化しようと動き出した川喜多氏だが、事はスムーズに進まなかった。複数の大手センサーメーカーに共同研究を呼びかけたところ、「どのくらいの市場規模があるかわからないセンサーを作ることはできない」と全て断られたという。
その一方で、化粧品や自動車のメーカーなどユーザーとなる企業からは「センサーを使ってみたい」という要望がいくつもあり、需要があることは明らかだった。
「それでどうするかを考えていたときに、起業を促す制度(NIMS認定ベンチャー起業支援制度)があることを知り、実用化までの道筋を自分でつけようと、合同会社アキューゼを立ち上げたのです」(川喜多氏)
現在川喜多氏は、モイスチャーセンサの研究開発はNIMSで、保護フィルターなど周辺要素の開発はアキューゼで行うといったすみ分けをすることで、実用化に向けた活動を効率化しているとのことだ。
「モイスチャーセンサのメリットがわかりやすい事例」として川喜多氏が挙げたのが、農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)や愛媛大学、NIMSと進めている、農業(施設園芸)における結露モニタリングシステムの開発(※)だ。
※内閣府・官民研究開発投資拡大プログラム(PRISM)採用プロジェクト
農業用ハウスで栽培しているトマトは、灰色かび病など結露由来の病害により、年間1割以上が廃棄されており、その損失額は約277億円にも上る。生産者は暖房やファンで空気を循環させるなどの方法で結露対策をしているが、結露が発生するタイミングがより正確にわかれば、対策にかける時間も費用も節約できる。
そこで川喜多氏らは、モイスチャーセンサを利用して、結露を細やかにモニタリングするシステムを開発している。
具体的には、モイスチャーセンサや無線を搭載した専用デバイスを農業用ハウスに複数設置し、各所の水分量を計測。そのデータをクラウド上に集め、結露レベルを色分けしてウェブアプリ上で表示するほか、時系列で観測できるようにもした。この結露モニタリングシステムは、「すでに全国10箇所ほどの圃場(ほじょう)で導入」され、経費削減に貢献しているとのことだ。
現時点では結露モニタリングシステムは「結露のレベル」のみを表示するにとどまっているが、この先の利用法も視野に入っている。
「実は農家が知りたいのは結露が出るかどうかじゃありません。そのあとの、病気が出るかどうかです。そうした要望も踏まえ、AI(人工知能)の専門家とも連携し、病害発生の危険度を高精度に予測するシステムにする必要があります。今後は病気の発生データや、気温、日射量など関連データとも掛け合わせて、『病害レベル』を予測(表示)するものにしたい」と川喜多氏は意気込む。
さらにモイスチャーセンサの利用法としては、農業分野にとどまることなく、工場や住環境設計における結露検知での利用が検討されている。また、モイスチャーセンサは、目に見える大きさの結露だけでなく、汗など身体から放出される水分(蒸散水分)の計測にも使えるため、美容やヘルスケアを含めたさまざまな分野で活用が期待されている。