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融資、保険…「金融包摂」がすすむ東南アジア新興国のフィンテック事情

東南アジアでもキャッシュレス時代が(カンボジアにて)

東南アジアでもキャッシュレス時代が(カンボジア・プノンペンにて。写真はすべて筆者提供)

 送金や融資など経済活動に必要な金融サービスへ、誰もがアクセス可能となる取り組み「金融包摂(Financial Inclusion)」は、国連資本開発基金(UNCDF)がSDGsの8つ目標を実現するための重要な要因だと述べるほど、世界的に重要な社会課題と認識されている。

フィリピンでのキャッシュレスはこれから(マニラにて)

 多くの新興国では、銀行口座の保有率が低く(後述のフィリピンは銀行口座の保有率が東南アジアで最も低く、約12.2%となっている〈フィリピン中央銀行(BSP)が7月16日に発表した「2019年金融包摂調査」報告書〉)、金融サービスへアクセスできない人が多いという社会問題が以前からあった。そこで、モバイルマネーのような新たなキャッシュレス決済サービスが、金融包摂の促進という側面からも期待されている。

 口座すら持てなかった人々にとって、これまで縁のなかった金融サービスへのアクセスが可能になれば、生活の向上にもつながる。そのため新興国ではこの数年モバイルマネーを中心に、その普及や成長に合わせ関連する市場やサービスが広がっている。今回はフィリピンなど東南アジアでの例を紹介したい。

コロナ禍で進むキャッシュレス

 周辺諸国と比べても現金による支払いを好む傾向が強く、キャッシュレス決済の普及は遅れるであろうと予想されたフィリピンだが、厳しいロックダウン政策が長期に渡った結果、キャッシュレス決済の普及が否応なく一気に進んだ。フィリピンでは主要なモバイルマネーサービスのひとつである「GCash(フィリピン)」は、現地メディアによると、2020年1月~7月の総取引額は前年の同時期と比べ280%も増加し、ユーザー数は人口1億人強の同国で2000万人を超えたという(『The Manila Times』電子版2020年8月22日付けの記事より)。

街を行くタクシーにVNPAYの車体広告(ベトナム・ハノイにて)

 銀行口座を持てない人々はこれまで「融資」を受けることができなかった。しかし、近年ではマイクロファイナンスサービス事業者による融資が行われている。中国の信用スコアの話を耳にしたことがある方は多いだろう。新興国のマイクロファイナンスサービスも同様で、これまでのモバイルマネーの利用履歴などを含む独自の与信システムによりリスクを判断し、少額の融資を行う。モバイルマネーの決済サービスが浸透したことにより、マイクロファイナンスの裾野も広がってきたわけだ。

 新興国向けにマイクロファイナンスサービスを提供するVenio(フィリピン)では、同社のアプリ上で必要事項を入力すると最初の融資を90秒以内に受け取れるが、その額は最大5米ドル程度だ。この額はサービスを提供する国ごとに若干異なり、現地の一般的な薬の販売価格相当を最少額として設定してあるため、日々貯蓄する余裕もなく暮らす人々にとっては少額ながらも意味のある額となる。この少額の融資を利用し、滞りなく返済を繰り返せば、さらに高額の融資や同社が提供する別の金融サービスの利用も可能になっていく。

 マイクロファイナンスサービスの多くは、コロナ禍に対応して、期限や条件付きで特別に無利子での貸付や返済期限の猶予特例措置を行い経済的困窮に陥ったユーザーの助けとなったと言われている。

新興国でのインシュアテック展開の可能性

 金融包摂率が低い国では、「保険」の普及率も低い。従来の保険契約は銀行口座保有が前提となっており、口座を持っていない人にとっては無縁のものだった。銀行口座を保有し維持するには、手数料や一定額の貯蓄額が必要なため、貧困層は銀行口座を保有することができない。その結果、保険の必要性が高いにもかかわらず、保険に加入することができなかった。

 ところが、モバイルマネーの普及とインシュアテック企業(保険分野でのテック企業)の登場で、こうした状況にも変化が起きつつある。

 シンガポールのインシュアテック(保険分野でのフィンテック)企業であるIglooは、2020年後半にフィリピンとタイに進出し、今後はベトナムへの進出も計画しているという(『e27』に掲載された創設者兼CEOのWei Zhu氏へのインタビューより)。いずれもキャッシュレス決済の普及が進む一方で、保険普及率が低い国だが、同社は低所得者層の保険加入を目標に掲げ、サービスを展開するという。今後は必要とする人々にも保険が届きやすくなっていくと期待される。

東南アジアでも注目されるBNPL

 BNPLはBuy Now Pay Laterの頭文字を取ったもので、その名の通り商品の支払いを後払いで行えるサービスだ。

 大半のモバイルマネー決済は即時決済であるため、クレジットカードを所持しておらずローンも組めない人々にとっては、高額な商品を分割払いで購入するようなことは難しい。そこで、キャッシュレス決済がある程度普及した東南アジアで、次に注目を集めているのがこのBNPL市場だ。このサービスもモバイル決済事業者がBNPLサービスを提供する企業と提携したり、イーコマースサービスがBNPL事業者と提携し決済手段のひとつとして提供している。

 BNPLは、クレジットカードの作成や銀行ローンのように申込みや審査といった手間もかからず、期限内に支払えば無利子であることが多いため、すでにクレジットカードが普及している欧米においても、若者を中心に広く利用されている。BNPLでは加盟店から4~7%程度の手数料を徴収してビジネスにしている。また、期限内に支払えない場合には、高額な延滞料が発生するケースもあり、この点などが消費者保護の観点から先行する米国などで問題になっている。

 しかし、その利便性から今後数年のうちに東南アジアにおいても、その利用はさらに拡大することが予想されており注目度は非常に高い。

新興国フィンテックの今後と懸念

 コロナ禍の社会状況下で利用が急増したこれらの金融サービスは、今後ウィルスの流行が終息した後にもユーザーが利用を継続するかどうかが、今後の大きな分かれ目になる。

地下鉄社内のLINEPay広告(タイ・バンコクにて)

 グーグルなどが東南アジアのデジタル経済を継続的に調査した『e-Conomy SEA 2020』というレポートが公開されている。その調査結果によると、フィリピン、インドネシア、ベトナムなど東南アジア6ヵ国を対象に行った調査で、新型コロナウイルス感染症の流行後、新たに利用を開始したデジタルサービスを今後も継続して利用したいと94%の人が回答しており、ここで紹介したようなサービスは今後も続いていくと考えていいだろう。

 とはいえ、フィンテックや周辺領域のスタートアップが比較的柔軟かつ迅速に市場へ参入し、多くのユーザーを獲得できる背景には、法律や規制に未整備な部分があり、それが参入障壁を低くしているという点もある。サービスが普及するに従って、その仕組が悪用されるリスクが高まり、消費者保護や犯罪防止の点から規制が進むことも考えられる。

 リープフロッグ現象(カエル跳び現象)とも呼ばれるが、新興国はテクノロジーによって一足飛びに発展を遂げ、先進国よりも直接的かつ大きな影響力を伴ってそこに住む人々に恩恵をもたらす。それだけに、今後政府による規制などで、新規のサービスが一過性のブームで終わってしまうようなことや、フィンテックサービスの恩恵で生活の質が向上しつつある人々が、再びその利用を制限されてしまうようなことが起こらないことを願いたい。

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