新型コロナウイルスで世界経済が停滞するなか、中国は国を挙げた対策が功を奏し、コロナ前とほぼ同じことができるようになった。膨大な公共投資で広大な国のすべての居住区やビルの入口では検温を行ない、大規模なPCR検査、ワクチン摂取を実施している。しかし、マネーがコロナ対策に向けられているわけではない。投資マネーはコロナ対策以外の別の成長分野にも向けられている。またその投資判断の基準にも変化が見られ、ソーシャルインパクトを重視するファンドも現れた。
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深センではレストランに入ると、KEENON ROBOTICS(本社・上海市 以下、KEENON)やPudu Robotics(本社・深セン市 以下、PUDU)などの、さまざまな配膳ロボを見かける。いずれもGPSなどが機能しない屋内でのモノ運びを得意にしている自動運転ロボット会社で、KEENONは日本でもサービスを展開している。PUDUも同じく室内自動運転を手掛けているロボットスタートアップで、2016年に創業している。同社はコロナ渦の2020年末にシリーズBとして、フードデリバリーなどを展開する大手企業の美団(Meituan)から1500万ドル(16億円)の資金調達を行った。
このPUDUの創業期にエンジェル投資を行ったファンド羲融善道( Heroad Group 以下、Heroad)は、ソーシャルインパクト重視を掲げるファンドだ。もともとエンジェル投資家として長く活動していた5人の投資家が資金を出し合って始めたファンドで、2020年4月の創業前にすでに成功している4つの企業に出資している。
そのひとつであるPUDUについては前述したとおり、別の投資先である智谷天厨(本社・深セン市南山区)も投資家の注目を集める存在だ。開発しているのは、企業向けの自動調理器具で、自動で野菜を千切りにしたり、煮物や炒めものを行う機械など、食品工場や大規模な厨房で導入される調理機械だ。
書連(本社・浙江省杭州市)は教科書他の教育コンテンツをデジタルのクラウドサービスで提供する、教育関連サービスのSaaS企業だ。単に教科書がネット上に置いてあるだけでなく、どんな教科書がどういった先生たちに人気なのかという評判や、教育の進捗管理などもできるプラットフォームを運営している。学校や教育機関のデジタルトランスフォーメーションを支援する企業と言えるだろう。
書里有品は絵本のオンライン販売の他、0~1歳児のためのサービスを提供している。多くの絵本出版社と提携し、親同士のレイティング(評価)に基づいた絵本のオンライン販売を行ったり、絵本の読み聞かせをオンラインで提供する。また絵本の読み聞かせについてのコミュニティを作り、各地でイベントを開くなど、事業のテーマが幼児教育ということもあって、公益的な性格が強い企業だ。
こうしたスタートアップに積極的に投資を行っているHeroadは“社会に良いこと“で経済を回す、「善経済」を提唱している。同ファンドのサイトには「会社の経営が公益的で、自動化や教育、医療健康など、テクノロジーを良い方向に向かう企業に投資する」と書かれている。
同ファンドは事業の見方にも独自の視点があり、例えば自動運転についても、Heroadが注目しているは「人間が雑用的な望まない仕事から開放され、よりやりたいことに注力できる」ソリューションであるという点だ。企業の経営体制や従業員への態度なども投資を決める基準にしているという。
さらにHeroadでは、このファンドが出資する形でNPOの羲辰公益基金会(Heroad Foundation)を設け、そこで自閉スペクトラム児を支援するさまざまな活動を行っている。
4月2日の国連が定めた「世界自閉症啓発デー」には、青いものを身につけた写真をSNSにアップすることで自閉症への理解を広めるインターネット上での活動を行い、あわせてボランティア中心で児童の演劇をサポートするなどの公益活動を行った。
こうした活動は非営利の範囲だけでは終わらない。Heroadでは、現在JUJUBEという、自閉症スペクトラム児の学習やコミュニケーションを支援するプラットフォームを開発している企業を支援している。NPOのファウンデーションとしての活動はもちろん社会善を志向したものである。加えて、自閉スペクトラム症への支援活動を通じて触れ合い、手を動かすことは、最高の顧客調査でありマーケティングになっている。
中国の国内経済が回復したとしても、世界経済が減速する中で当分の間、輸出は振るわないだろう。中国は今も「世界の工場」であり、スマホ関連の大手企業やドローンのDJIなど、先進的な中国企業は輸出不振の影響を大きく受けている。
一方でベンチャー投資大国でもある中国では、経済が減速してもベンチャー投資は止まらない。投資マネーの行き先は、まずは研究開発重視のベンチャーに向かった。スマホやドローンのように、すでに普及した商品をつくることで利益を稼ぎ出す仕組みのビジネスは世界的な不況の影響を受けるが、自動運転や宇宙旅行などの未来へ向けた研究開発は、現在の不況の影響が株価に及びづらいというわけだ。
さらに近年は、起業のモチベーションが社会課題の解決であるというケースが増えており、それにあわせて投資も事業性以外にもソーシャルインパクトを重視するようになった。欧米でもソーシャルインパクトを重視するファンドが増えているが、中国でも同様のファンドが現れていることは、中国の成熟を示すひとつの形と言えよう。
日本の経済が成熟したバブル期には、大企業の社会貢献が求められ、広告代理店などと連携して文化活動が行われた。ところが時代が進みインターネットやSNSで企業と社会が直接つながることができるようになってから経済が成熟した中国では、スタートアップと投資ファンドと言う組み合わせで、ビジネスそのもので社会貢献となることを意図しているのも面白いポイントだ。今後もこうした動向を注目していきたい。