ここ数年、各国の量子コンピューター開発が活発化している。2019年にGoogleが超伝導量子コンピューターによって、スーパーコンピューターで1万年かかる計算を200秒で解いたとして、いわゆる量子超越性の達成を発表したほか、昨年(2020年)には、中国科学技術大学も光量子コンピューターによる量子超越性の達成を発表したなど大きなニュースが相次いでいる。
ただ、こうした量子コンピューター開発の断片的な情報はあるものの、多くの人にとっては、開発状況全体を見渡すような情報を得る機会はあまりないというのが実情ではないだろうか。
2021年4月7日〜4月9日に東京ビッグサイト(東京都江東区)で開催された第1回量子コンピューティングEXPO春において、blueqat株式会社(旧MDR 本社・東京都文京区)代表取締役の湊雄一郎氏が登壇し、「量子コンピューターの製造業向け活用事例」と題したセミナーを行った。
blueqatは、量子コンピューターのソフトウェア開発ツールやオンラインのクラウド型量子コンピューター開発環境を提供しているスタートアップだ。セミナーでは、企業の量子コンピューター活用の現場に広く携わってきた湊氏が、各国の量子コンピューターの開発状況や利用状況を語った。
ハードウェアは4種類が競争
まず、現在どのような量子コンピューターが開発されているかについて、湊氏は、量子コンピューターのハードウェア開発は、主に「超伝導方式」「イオントラップ方式」「シリコン量子ビット」「光量子方式」の4種類で競争が繰り広げられていると説明した。
現時点で、最も開発が進んでいると言われているのが超伝導方式だ。「2015年からIBMやGoogleが開発を先行し、最近では富士通も開発をはじめている」(湊氏)。この方式では、電子の量子状態を安定的に保つために、電子回路を絶対零度(マイナス273度)にまで冷やす必要があり、巨大な冷凍装置が用いられる。量子状態を安定させるのが難しく、計算エラー(誤り)をいかに減らすかが開発上の課題となっている。
超伝導方式のように冷やす必要がなく、「常温動作が可能で、演算精度が高く、エラー率が極端に低い」(湊氏)として、近年大きな注目を集めているのが、イオントラップ方式だ。湊氏は、この方式は「原子時計に使われている技術をそのまま使っているため、誤り訂正をしなくても、普通にソフトウェアが動く」と述べ、現在、米国ベンチャーのIonQ や米国の複合企業で製造大手のハネウェル(Haneywell)が開発を進めており、「エラー訂正がかなり進んでいる」と期待をにじませる。
前述の超伝導方式は特殊な配線が必要となるため、量子ビットを大規模化しようとすると、「体育館サイズほどの計算機になってしまう」(湊氏)。そこで、既存のシリコン半導体の技術を用いて量子ビットを集積化しやすくし、ボディをコンパクトにできる「シリコン量子ビット」型量子コンピューターの開発も盛んとのことだ。
「実はGoogleで量子超越を発表した超伝導方式の第一人者であったジョン・マルティネス氏は超伝導をやめて、シリコン量子ビットをはじめています。それくらいシリコンの方が盛り上がっています」(湊氏)
光を計算に用いる光量子コンピューターについては、「今まで光量子コンピューターのハードウェアはそんなに出てこなかったが、カナダのスタートアップXanadu(ザナドゥ)から、2021年ぐらいにようやく実機のハードウェアが出そうだ」とした。
こうした量子コンピューター開発全般における大きな動きとして湊氏は、「エラー訂正」に対する各社の姿勢が変わったことを挙げる。
これまで量子コンピューターは、「NISQ(Noisy Intermediate-Scale Quantum)」と呼ばれるエラー訂正機能がない量子コンピューターと、従来のコンピューターを組み合わせながら利用されてきた。
「ただエラーが多い量子コンコンピューターと従来のコンピューターをハイブリッドで使うと、速度面であまり優位性がないことがわかってきました。そこで、エラー訂正ありの量子コンピュータ(FTQC:Fault Tolerant Quantum Computer)の実現に向かうように、各社ロードマップを変更しています」(湊氏)
量子クラウドサービスが拡張
では量子コンピューターの利用はどういった状況になっているのか。
近年、インターネットのクラウド経由で量子コンピューターを利用できるサービスが登場し、これにより企業での利用が進んだ。湊氏は、2021年はこの量子コンピュータークラウドサービスに「4強」が出そろうとし、量子コンピューターの市場規模の拡大が期待できるとした。
「中国勢もすごく伸びていますが、現状ではIBM、Amazon、マイクロソフト、Googleが4強となっています」(湊氏)
特に興味深いのがAmazonだという。
「去年、Amazon社から(量子コンピュータークラウドサービスの)提供が始まりました。今までは量子コンピューターのハードウェアを作った会社がソフトウェアまで提供するのが通常でしたが、Amazon社はその方針をがらりと変えた。Amazon社は、プラットフォームのクラウドサービス、インターネットで量子コンピューターと接続する仕組みを提供するだけ。ハードウェアは、ベンチャー企業であるRigetti、IonQ、そしてD-WAVEの3社から選べる形となっています」(湊氏)
Amazonの量子コンピュータークラウドサービスは価格面でも「革命的」だという。
「今までは(ハードウェアを作る会社と)個別契約しなければならず、量子コンピューターの利用に月額数100万円とか数10万円かけていた。それをAmazonは500円ほどで使えるようにした。これは革命的なことです」
ただ、依然として「最先端のものは値段をかけないと使えない」状況は続いているため、「安いところと、高いところの2極化が進んでいる」とのことだ。
湊氏は、医療、金融、マーケティング、材料開発など各分野における量子コンピューターの利用状況についても触れた。その中で、モビリティ分野を「意外な伸びが見られる」と評する。
「交通最適といった分野では、(量子コンピューターの活用)はあまり関係ないと思っていましたが、海外のフォルクスワーゲンやBMW、フォードなどが使いこなしていて、特にドイツ勢はものすごく使うのが巧い。それを見ている日本の企業も使おうとしているのだろうという感触があります」(湊氏)
特に、量子コンピューターの画像認識活用の調査研究が伸びそうだという。
「当社も自動車関連はたくさんご相談をいただくのですが、2020年までは、普通のコンピューターを使った機械学習がメインでした。しかし2021年からはそれが逆転して、量子コンピューターを使ったAI(人工知能)でモビリティをやってほしいという問い合わせが非常に増えています。今後伸びるかなと思います」(湊氏)
講演の最後に湊氏は、量子コンピューター業界の現状を「過渡期」とし、「混沌としてソフトウェアやハードウェアもこの先が読みづらい」と評した。
量子コンピューター業界に関する情報の質をしっかりと見極める姿勢が、今後さらに求められそうだ。