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音声感情解析AIを利用して「相談を受ける側」のメンタルも守る

音声感情解析AIを利用して「相談を受ける側」のメンタルも守る(イメージ図)

音声感情解析AIを利用して「相談を受ける側」のメンタルも守る(イメージ図)

 厚生労働省によると、国内の自殺者数は平成15年に34,427人と最悪の数字を記録した後、令和元年までその数字はずっと減少していた。ところが、令和2年の自殺者数は対前年比約4.5%増(912人)と増加に転じてしまった。さまざまな要因や動機が考えられるが、新型コロナウイルスの影響による健康面や経済面での不安の広がりが大きな要因のひとつではないかと分析されている。

 自殺防止のため、電話での相談に応じているのが、一般社団法人 日本いのちの電話連盟が運営している「いのちの電話」などをはじめとする電話相談だ。話をすること、聞いてもらうことで救われる人も多い。一方でこうした電話相談で、深刻な話を受け止める相談員の負担は大きく、相談員自身の精神状態も追い込まれがちだ。「自殺を食い止める最後の砦」である相談員自身も守る必要がある。

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 このほど開設された、ダイヤル・サービス株式会社(本社・東京都千代田区)が提供する無料電話相談サービス「生きるんダイヤル よりそいスタートライン」もコロナ禍で苦しむ人たちを対象とした電話相談サービスだ。

 ここで相談員として働く人たちにも、同様の問題がのしかかってくる。そこで相談員が心の健康の状態を把握できるように、株式会社Empath(本社・東京都渋谷区)の持つ「音声感情解析AI」を導入した。これで相談員の電話応対の音声を分析し、安心して働ける環境を作り上げることができる。

 今回、ダイヤル・サービス株式会社 社長室室長 宮﨑邦康氏と株式会社Empath 代表取締役 下地貴明氏に話を聞くことができた。

相談を受けるものの大変さも知る

ダイヤル・サービス起業時の今野代表(ダイヤルサービス提供)

 ダイヤル・サービス株式会社は、子どもの悩み相談などのサポートから企業の不正通報窓口、メンタルヘルス不全の対応まで、さまざまな相談サービスを提供している。 創設は1969年、代表取締役 今野由梨氏が起業し、日本初の電話秘書サービスから始まった。起業まもない1971年には女性7人による無料の電話相談「赤ちゃん110番」を開始している。当時、核家族化が進んで、育児ノイローゼに悩む母親が増えたという社会課題に対し、ほぼボランティアの活動だった。今でいうCSR活動だろう。

 そしてその経験は現在、企業や自治体向けの電話での育児相談に生かされている。85歳の今野氏は今も現役で経営を統括しており、相談を受ける者の大変さもよく理解している。「(つらい)相談に乗っているうちに、相談員も入り込んでしまい精神状態を崩すのですね」と宮﨑氏は話した。

メンタルケア解析からスタート

株式会社Empath 代表取締役 下地貴明氏(Empath提供)

 今回導入したEmpathの音声感情解析AI「Empath」は、会話の意味や内容ではなく、あくまで声から「会話の質」(発話の割合、スピード、トーンなど)と「感情」(喜び、平常、怒り、哀しみ、元気度の5種類)を分析する。

「声のスピード、抑揚、トーンなどの物理的な特徴量から機械学習をベースに感情を推定するものです。また、発話者同士の発話の割合や話すスピードの差異などで会話の質を可視化していきます」(下地氏)

 EmpathのAPIは、すでに世界50か国2,800社以上で使用されている。コンタクトセンターでの利用が多く、Beluga Boxというコンタクトセンター用通話解析エンジンも提供している。これはサーバーに保存した通話を、『顧客満足度』『喜び、怒り、平常、哀しみの四感情と気分状態を測定する元気度』『音響特徴(発話割合や話し方)』のそれぞれで数値化し、解析結果を出力できる。この解析結果を利用し、さらなる顧客満足度の向上やオペレータのケアなどを行っている。

コンタクトセンター用通話解析エンジン「Beluga Box」の画面イメージ例(Empath提供)

 Empathは、医療事業企画・開発のスマートメディカル株式会社からスピンオフし、2017年に設立された。下地氏は2011年頃からヘルスケアのための製品開発を構想していたが、当時の市場には、そういった製品は歩数計などがあるだけだった。しかし当時からスマートフォンのようなものが普及すれば、デバイス自体がセンサーを兼ねるようになり、この分野は注目を集めるだろうと感じたそうだ。

 さらに調査を進める中で、顔認証の技術は競合が増加する傾向にあったため、音声という非接触データから状態を把握する技術に注目し開発を続けた。そして、開発した音声感情解析技術は、2013年NTTドコモの東北復興新生支援室と協業し、東日本大震災の支援員(ボランティアスタッフ)のメンタル状態を把握するために活用された。

「例えばあまり感情を出さない支援員の方がいます。口では『大丈夫です』と言ったとしても、ほんとうに大丈夫なのか」(下地氏)そのメンタル状態をできるだけ正確に把握し、より健康的にボランティア仕事をしてもらえるようにしたという。このあたりは、まさに今回のダイヤル・サービスとの連携につながる経験だ。

 Empathは、メンタルヘルスケア領域での活用を念頭に開発されたものだが、そこからさまざまなビジネス領域に活用が広がることもわかってきた。例えば、運転手のメンタル状況を把握する車載エージェントや、子ども、独居老人のメンタル状況を会話から把握するロボティクスへの活用。さらに教育分野では小学校のアクティブ・ラーニングで子ども達の発話状況を解析し、能動的に授業を受けられているかどうかを判断することにも使われているという。

「昨今、1on1(ワン・オン・ワン)のミーティングやWeb会議での利用について引き合いが増えています」(Empath広報 千葉氏)。1on1においては、例えば部下との会話では、話した内容だけで読み取れなかったことを、感情分析のデータが補完してくれる。こうした特徴を活かすために現在、開発に力を入れているのが、リモート会議システムとのよりスムーズな連動で、ZoomやTeamsとの連携ができるよう開発を進めているとのことだ。

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ダイヤル・サービス株式会社 社長室長 宮﨑邦康氏(ダイヤルサービス提供)

「生きるんダイヤル よりそいスタートライン」のサービス、及びそこでの電話相談員のメンタルケアの試みはまだ始まったばかりだが、その手応えについて、「たいしてPRもしていないのに、やはり電話がかかってきています。それが手応えでしょうか」とダイヤル・サービス宮﨑氏は話す。また、下地氏も「民間のサービスとはいえ、すでに電話がかかってくるということは世間から必要とされているのだと感じています。これからデータの解析を進めていけば、電話サービスを利用する方々に救いの手を差し伸べられるような兆しが見えてくるのではないかと考えています」と結んだ。

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