前編では、世界的な半導体不足の複数の原因と深センのスタートアップなど小規模企業の苦境をお伝えした。ここでは、スタートアップが頼らざるを得なくなった小さな部品市場では、偽造や再生品が横行していること、さらには今回のような市場の混乱は、回復時に大きなダメージをスタートアップのエコシステムに与えてしまう可能性があることについて書きたい。
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中国以外の国では、BtoBによるマイコンチップの調達には見積もりや契約書類が必要で、非常に面倒なやり取りがある。そのことで信頼や品質が培われることもあるかもしれないが、同時にそれがスタートアップの参入障壁になっている。面倒な手続きなしで、市場でチップを何千個も調達できることは、それ自体が深センの大きなアドバンテージだった。
深センの電気街「華強北」は、まさにそうしたフレキシブルなやり取りがイノベーションを引き起こすことを意図して、1990年代に始まった。日本の秋葉原・ラジオデパートなどで電子部品が気軽にやり取りされているのを見た中国の商人たちが作り上げ、その後数千個・数万個単位の部品取引ができるように巨大化したのが、世界最大の電気街である華強北だ。いまそのフレキシブルな市場に、買い占め屋や偽造屋が横行している。
儲かるのは買い占めや偽造業者
人気のマイコンは数千万個以上生産されることも珍しくないが、その多くはアップルやフォックスコン(FOXCONN 鴻海科技集団)のような超大口の顧客が、自社専用の部品として調達していく。一般顧客やスタートアップが市場で調達できるマイコンチップはもともとその「あまり部分」のようなものなので、小規模製造業で構成される深センのスタートアップ・エコシステム内での品不足は、影響はどこよりも早く、そして最後まで長く続く。
深センのスタートアップや小規模製造業は、そうした「あまり部分」でエコシステムを作り上げてきた。大ロットで取引されるチップが、製造時のあまりで数百、数千という単位でも取引してくれるブローカーに流れる。製造時のB級品や壊れた電子機器から剥がしてきた半導体などを新品のような見た目にして売りさばく……。世界最大の電気街「華強北」は、そうしたフレキシブルで抜け目ない商人たちの街だ。そしてそのスピードは深センの持ち味でもある。
しかし、昨今はそのフレキシブルさのすきを突いて、買い占めが横行している。さらに半導体の買い占めで味をしめた業者は、コネクタなどの部品にも手を伸ばし始めており、スタートアップが必要とする部品不足には拍車がかかっている。この品不足をなんとか乗り越えようと、前編でも紹介したように中国製の互換品も利用され始めているが、それで問題が抜本的に解決するわけではない。
かつて深センの代名詞でもあったニセモノチップや、再生品を新品と偽る犯罪者は、中国の好景気とともに存在感を失いつつあったが、最近の価格高騰で息を吹き返している。部品不足で儲かっているのが犯罪者と転売屋だけというのはうんざりする話だ。
最も恐ろしいのは回復時
世界の情報化は今後ますます進む。インドや新興国であるアフリカでも、いずれは社会のインフラをIoTが支えるようになる。そのために半導体の工場はどの国でも増産中だ。特に中国の勢いは凄まじい。中国製の互換チップも価格は高騰しているものの、まだ市場で手に入れやすいためにスタートアップはそちらを使うように設計変更を行っている。
アメリカのチップを使い続ける必要がある米系の製造業者で働く知人によれば「2022年末ぐらいまで影響は続くと見たほうが良い」と悲観的な見方が強いが、チップそのものの増産は中国に限らず行われており、流通の問題もいずれ解決するだろう。十分な量の正規品が流通し始めると、買い占め屋も手元の商品売り急ぐ必要があるので、一気に市場に放出するだろう。
そして、最も多くの企業が倒産するのはその時だ。深センでのハードウェア製造についてオーソリティであり、過去の記事でもその経歴を紹介したバニー・ファン氏も、この回復時に多くの企業が倒産し、スタートアップを支える小規模製造業のエコシステムが壊れることを恐れている。
今回の半導体不足は一時的な現象ではなく、長く続くものとなっている。しかし、不足の回復はより短い時間で起こるだろう。その急速な変化が、製造業者にさらなるダメージを与えてしまう。
なぜ、半導体不足が一気に解消すると、好循環とならずにダメージを受けるのか。その理由はこうだ。
部品不足の時期に、製造を続けるためにやむなく部品を調達した企業は、高値で掴んでいることになる。また、その時期に発生した設計変更のためのコストや時間は、後に発注元にコスト負担を求めることもできないままキャッシュフローを圧迫し続ける。さらに自社で製造をする中国のスタートアップでは、そのコストを転嫁した高い価格で製品を市場に出さざるをえないが、そうなると回復後、通常価格で調達された部品でできた製品に太刀打ちできない。また製造を中国企業に委託している欧米のスタートアップは、より安いものへと契約を切り替えることができるかもしれないが、切り捨てられた側はさらなるダメージを受けてしまう。
このように、部品供給が回復しても負の遺産は残り、すんなりと「もとどおり」にはならない。
これまでの深センのフレキシブルな製造環境は、部品も製造業者も余裕があるなかで育まれてきた。それこそが自社で製造するスタートアップや、製造を委託するスタートアップが深センに集まる理由になってきた。しかし、半導体不足への対応と、回復時ダメージで、深センのフレキシブルな製造環境が失われるリスクがある。製造業者に余裕がなくなり、どこの工場も大規模で予定がきちんと組まれている発注しか受けられなくなってしまうと、深センだけでなく世界のスタートアップにとっても不自由な状況となってしまう。
リーマンショック、貿易摩擦、アジア通貨危機、政府の過剰投資によるメイカーバブルなど、深センの製造業は常に混乱の中で成長を続けてきた。今回の半導体不足のあと、深センのエコシステムはどういう姿を見せるだろうか。