近年、世界各国で業務用ドローンや空飛ぶクルマ(eVTOL)などエアモビリティの開発が盛んだ。日本においても、2030年代にはエアモビリティが実用化され、空を飛び交うことが想定されている。
しかし、そうした未来の実現には、無数に飛び交うエアモビリティのため、リアルタイムに最適航路や運行ダイヤを示す無人機管制(Unmanned Traffic Management、以下「UTM」)システムが必要となる。このUTMシステムで、複数のエアモビリティに瞬時に最適航路を提示するには、非常に多くの要素を考慮しなければならず、従来のコンピューターで対応するのは難しい。
そこでUTMシステムに量子コンピューターを活用して、多数のエアモビリティをリアルタイムに制御する技術の開発が始まっている。
住友商事株式会社(本社、東京都千代田区)と東北大学(本部、宮城県仙台市)、無人機管制システム開発会社OneSky Systems, Inc(本社、米国ペンシルヴァニア州、以下「OneSky」)は、2021年6月から12月にかけて、「多数のエアモビリティが飛び交う未来の実現に向けた、量子コンピューティングを活用したリアルタイム三次元交通制御に関する実証実験」を開始した。
この実証実験について、住友商事 航空宇宙事業部 事業開発チームの上田亮輔氏、同チームの江部元一朗氏、同社航空事業開発部 営業企画推進チームの武田光平氏、同社デジタル事業本部 新事業投資部の寺部雅能氏に話を聞いた。
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今回の実証実験にはどのような目的があるのだろう。
上田氏は、2030年代に想定されているエアモビリティが空を飛び交う世界において、「エアモビリティの最適航路や運行スケジュールをリアルタイムで作る仕組み(UTM)は不可欠だ」と切り出す。
「そこでは、離発着場の情報や機体の航続距離、バッテリーの寿命、搭乗者が希望する到着時刻など、さまざまなパラメーターを考慮する必要があり、その中から、最適解を選ぶことになります。そうすると、従来のコンピューターでは処理能力に限界があるため、量子コンピューター(アニーリング方式)を活用することで、その制限を取っ払おうと。そんな目的の取り組みになっています」(上田氏)
ただし今回の実証実験では、法律などの規制があるため実機は飛ばさない。最終的なアウトプットとしては、「シミュレーション動画のようなもの」を想定しているという。
「既存のコンピューターを使ってエアモビリティを飛ばした場合は、目的地までどのくらいかかるのか。また、量子コンピューターを使った場合はどのくらいかかるのか。それぞれ提示され、比較すると、量子コンピューターの方が早く着いていることがわかるといった、量子コンピューターを使うメリットを示せるものになればと考えています」(上田氏)
エアモビリティに力を入れる理由
そもそもなぜ今回、住友商事がエアモビリティの実証実験に取り組むことになったのか。実は同社は、eVTOLメーカーとして知られるBell Helicopter Textron(本社、米国テキサス州)や日本航空株式会社(本社、東京都品川区)と業務提携をし(2021年1月)、eVTOLの市場開発を始めるなど、エアモビリティ業界と積極的に関わりを持ち始めている。
その理由として武田氏は、「気候変動や物流量増加、交通渋滞などの社会問題が深刻化する中で、その有効な解決手段としてドローンや空飛ぶクルマといったエアモビリティに注目が集まっています。こうした新しい分野にいち早く参入することで、ビジネスチャンスがあると考えています」と説明する。
「上流の機体開発・製造から下流のサービス提供までの一連のバリューチェーンを見て、チャンスがあるところからどんどん入りたい。他方、黎明期であるエアモビリティ分野では、まずは社会実装が必要で、そういったエアモビリティが空を飛び交う世界をぜひ構築したいと考えています」(武田氏)
今回UTMシステムの実証実験を行う狙いとしては、「UTMには高度な技術が求められるため、まだプレイヤーが少なく、プロフィットプール(利益を生む場所)になる可能性が高い」と江部氏。
OneSkyを実証実験のパートナーに選んだ理由としては、OneSkyは、衛星や航空機用の大手ソフトウェア会社AGI(Analytical Graphics Inc.米国)からスピンアウトして設立されたため、ベースとなる技術力があり、他のスタートアップに比べ、(開発競争に)勝ち残る可能性が高いからだとした。
「OneSkyが持つ技術と、我々の知見、特に量子の技術と組み合わせて、さらに効率を上げたシステムを作り出せないかと期待しているところです」(江部氏)
量子技術を起点に社会変革を
では今回の実証実験で量子コンピューティングを取り入れた背景には、どういった動きがあるのか。
寺部氏によると、もともと住友商事は、大手IT会社を傘下に持つなどデジタル分野に力を入れており、DX(デジタルトランスフォーメーション)にも幅広く取り組んでいる。さらに2021年3月には、DXの先を行く取り組みとして、「Quantum Transformation(以下、QX)」という社会変革プロジェクトを立ち上げた。
「これは、デジタルから量子(の世界)へとパラダイムシフトが起こることを想定して、“量子技術によって社会変革を目指そう”という、ちょっと大きな絵を描いたプロジェクトです。今回のエアモビリティの実証実験は、このQXのパイロットプロジェクトという位置付けになっています」(寺部氏)
QXでは、エアモビリティの実証実験の他、量子コンピューティングを活用した、先物取引の成功率を上げる実験も開始。現在、複数のプロジェクトが走っている。
ちなみに寺部氏は、もともと自動車業界において、量子コンピューターで工場内無人配送車の搬送効率向上を目指す実証実験を立ち上げた経験を持つ。住友商事では、寺部氏のような量子コンピューティングやデジタル技術に通じた人材を各所から集めるなど、これまで以上に先端技術の分野に力を入れ始めている。
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今回の量子コンピューティングを活用したエアモビリティのUTMシステムを開発した先にどのような展開を想定しているのだろうか。
まず前提として上田氏は、「将来、複数のUTM事業者がサービスを提供する世界がやってくると想定している」とし、「その中でエアモビリティのオペレーター(操縦者)が、一番使いたい方法で、特徴的な機能を持つところを選ぶ世界になるだろう」と話す。
そうした社会の中で、「我々のUTMシステムが選ばれるようなれば」と上田氏は期待をにじませる。
「最適な航路設定をしたエアモビリティを我々が飛ばすケースもあるでしょうし、BELLさんやJALさんと一緒に飛ばすのかもしれません。もしくは、第三者の方にサービスの一環として提供するのかもしれません。まだ選択肢はいっぱいあると思いますが、いずれかの形で、何年先になるかわかりませんが、社会実装へと進めていければと考えています」(上田氏)
今回の量子コンピューティングを活用した実証実験が、エアモビリティが飛び交う未来の実現にどう影響するのか、今後の展開に期待したい。