量子コンピューターの産業利用に向けた動きが加速している。IBM、アマゾンなどが、インターネットのクラウド経由で量子コンピューターを活用できるサービスを提供し始めた。利用する側の企業なども、どういった用途に利用できるかの模索を始めている。
日本国内でも、量子コンピューターの社会実装を目的とした産官学組織「量子イノベーションイニシアティブ協議会(QII)」が2020年7月に発足した。参加企業は、東京大学が「かわさき新産業創造センター」内に設置した量子コンピューター(IBM Q System One)の実機にアクセスしながら、機密性の高い実データを海外に持ち出すことなく、ソフトウェアやハードウェアの開発を進められるようになった。
このように、企業の量子コンピューター活用に向けた動きが活発化する一方で、大きな課題となっているのが、量子コンピューターを実際に操作できる人材の確保だ。量子コンピューターは、従来のコンピューターとは異なる仕組みで計算するため、専門知識を持つ人材が必要となる。そこで急がれているのが、“量子人材”を育成する環境の構築だ。
2021年10月27日〜29日、幕張メッセ(千葉県千葉市)にて第2回量子コンピューティングEXPO秋が開催された。その中で、東北大学 大学院情報科学研究科教授(兼 株式会社シグマアイ代表取締役)の大関真之氏が登壇し、「量子コンピュータの活用に向けた布石 〜量子人材育成の最前線」と題した講演を行った。
大関氏は、まず量子コンピューターの人材育成の現状について説明。その中で、国や研究機関が実施している、量子人材の育成プログラムの課題点を挙げた。
現在、国立研究開発法人 情報通信研究機構(NICT)が「NICT Quantum Camp」を開催するほか、文部科学省が「光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)」を公開するなど、量子人材の育成を目的としたプログラムが複数開始されており、その多くで受講者は、オンライン動画の視聴や教材をダウンロードするなどし、量子コンピューターの知識を深めることができる。
ただし、その内容は「研究者向け」となっていると大関氏は指摘する。
「これらの内容がわかるのは研究者たちです。研究者が増えたり、理解を深めたりするのには役立ちます」
しかし産業界が求めているのは、量子コンピューティングを「理解している人」ではない。量子コンピューターを「利用できる人」だ。このズレが、企業の量子コンピューター活用を鈍化させている。
「企業が求めているのは、量子コンピューターを利用し、その良さを体感できるサービスやアプリを作ってくれる人です。『これはおもしろいね』『これはすごいね』と体験できると、そこではじめて、スケールして、事業化していこうという考えが生まれるものです。そこまでたどり着かないから、大体の量子コンピューターのプロジェクトは途中で潰れるのです」(大関氏)
では量子コンピューターを「利用できる」人材を広く育成するには、どのような仕組みが必要なのか。
現在ある量子人材育成プログラムの多くは、授業の動画を視聴するだけのものや、教科書がインターネット上に公開されておりそれを自習するオンライン型となっている。内容が研究者向けであることもさることながら、この学習スタイルが受講者の意欲を削いでいると大関氏は考えている。
「(コロナ禍で)大学の授業がオンライン型となり、『つまらない』といっている学生はたくさんいます。なぜか。教科書が画面上に大きく表示され、その一方で先生の顔が小さく写り、紙芝居をしているからつまらないのです。黒板の前で授業していた時は、黒板のすぐ隣に先生の顔があり、先生がしゃべっていることを見ながら、気持ちが伝わっていましたよね、それが授業になっていたはずです。実はこの大学のオンライン型授業のしくじりと、量子人材育成プログラムが陥っている状況は似ているのです」
こうした課題を解消すべく、大関氏が東北大学で開催したのが、“伴走型”の量子人材育成プログラム「量子アニーリングを利用した組み合わせ最適化問題の解法に関するワークショップ&チュートリアル」だ。
これは2021年5月から、高校生、大学生、大学院生、高専生、社会人を対象に開催された無料公開イベントで、コロナ対策のためにオンラインで行われたものの、受講者が自由に質問を投げかけられる仕組みを導入している。画面内に掲示されたすべての質問には、大関氏がリアルタイムで回答する。こうして進められる授業に加え、実際に量子アニーリングマシンにアクセスして進める演習の時間、さらにその理解度を確認する卒業試験がある。
「プログラミングも写経のように実施し、バグ対応も含め、一挙手一投足一緒にやっていきました」(大関氏)
一般的な大学の講義は1時間半程度だが、今回、すべての質問に回答しながらすすめるので、1時間半では収まらない。短いもので約5時間、長い時には10時間以上も続けられたという。
最終的に講義には450名を超える登録があり、量子コンピューターを使ってアプリを作る演習にも250名以上の参加者があった。学習成果としては、受講者が量子アニーリングマシンを操作できるようになったほか、6人ずつにわけたグループがそれぞれ独自のアプリ開発し、D-Wave主催の国際会議Qubits21への出展につながった。
「嬉しかったのは、(受講者の)所属企業などで、(受講後に)量子コンピューティングの事業、もしくは研究開発プロジェクトが発足したということ。これが一番欲しかった成果です」(大関氏)
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講演と同時開催されていた「第2回量子コンピューティングEXPO秋」の展示会場では、フランスの量子金融スタートアップQuantFiが、金融業界のビジネスマンや研究者を対象とした、量子金融を体系的に学べるトレーニングコース(日本語字幕版)のブースを設けるなど、海外からも量子人材育成プログラムを持ち込む動きが見られた。人材の育成という課題は、国を問わず共通のものとなっていることがうかがわれる。
量子コンピューターのように、破壊的なイノベーションを予想させるモノの場合、ついハードウェアの機能や性能、それを開発する研究者に注目しがちだが、利用する人材育成も並行して行うことも重要だというのは、忘れてはならないポイントだ。