長引くコロナウイルスの影響で、多くのレストランやバーなどが苦境に立たされているが、ニューヨークのイースト・ビレッジ、別名「リトル・トーキョー」とも呼ばれるエリアで非接触型の餃子店が人気を集めている。日本の居酒屋やラーメン店、中国・韓国系レストランなどが軒を並べる通りに、今年オープンした「ブルックリン・ダンプリング・ショップ(Brooklyn Dumpling Shop 以下、BDS)」である。
ご存知のようにダンプリング(dumpling)とは餃子のことだが、日本で最近よく見かけるようになった簡素な無人餃子販売店とは異なり、BDSではてりやきチキン風味やチーズバーガー風味、さらにはペパロニ・ピザ風味の餃子など、日本ではあまり馴染みのない一風変わった餃子がメニューに並んでいる。
店にもいろんな工夫がある。店内に入ると、ガラス張りのキッチンの中でシェフが餃子を作っている。その横には赤や青の光を放つ靴箱のようなロッカーがあり、訪れた客はそこから餃子などが入った小箱を取り出している。店内にはアクリル板で仕切られたテーブルが4つほど並んでいるが、ほとんどの客はテイクアウトだ。普通のレストランとは一風変わった風景であるが、近未来的でありつつもレトロな雰囲気を醸し出している。
いにしえのオートマットの再来
オーナーのストラティス・モルフォゲン氏(53)によると、これは「オートマット(Automat)」と呼ばれるレストランだという。オートマットとは19世紀末のドイツ発祥の「自動販売機型レストラン」のことで、アメリカでは1950年代に人気を博し、主にハンバーガーやピザ、パイなどを提供していた。しかし、1970年代にマクドナルドなどのファースト・フード店が全米に広がるにつれて衰退。ニューヨーク市では、1991年に最後のオートマット店が閉店したという。
「この(レストランの)コンセプトは2019年に思い付いたのですが、こんなタイミングで店をオープンができたのは、本当に不思議でなりませんね。その当時はコロナの事なんて知り得なかったですし、コロナ禍で一気に注目が集まりました」(モルフォゲン氏)
今年5月にオープンしたこの店では、注文は店のウェブサイトに直接アクセスし、オンラインで行う。電話番号を登録し、クレジットカードで支払いを済ませると、注文の内容が記録されたバーコードへのリンクがショートメールで届くというシステムだ。
注文した料理の準備が整うと、通知が送信される。客が店内のロッカー前に備え付けられたスクリーンにバーコードをかざすと、扉が開き、注文した餃子などを受け取ることができる。注文、支払い、食べ物の受け取りまで、誰とも接触する必要がない仕組みになっている。
さらに、客が飲食物を取り出した後には、各ロッカー内に備え付けられた紫外線ランプで自動殺菌するなど、しっかりとしたコロナ対策が取られている。
ちなみに、電話番号を他人に知られたくない、あるいはオンライン注文を利用しない場合は、店内に設置してあるタッチパネル式のセルフレジでオーダーを入れて支払いを済ませると、バーコードが記入された紙のレシートが発行される。
少人数で運営、同業者からは批判も
店内に入ってまず気づくことは、スタッフの少なさである。ガラス張りのキッチンの中に1人。店を訪れる客をアシストしたり、店内の清掃をしたりするホールのスタッフが1〜2人だけ。モルフォゲン氏によると、普通のレストランに比べて、オートマット型だとスタッフ数は半分ほど、3〜4人で日常の運営が可能であるという。ちなみに取材したこの店は金曜から日曜日にかけての週末は24時間営業している。同店がコロナ禍でも経営的に成功している理由は、オートマット型レストランの「非接触」という特性以外にも、少ない人数で運営ができるだからだと、同氏は指摘する。
「(レストランやホテルなどを含む)ホスピタリティー業界は新しいテクノロジーを取り入れるのに、非常に遅れている業界として知られています。それはロボットやオートメーション化が、我々の仕事を奪うと勘違いしているからだと思います」(モルフォゲン氏)
モルフォゲン氏が同店をオープンした際には、レストラン業界にはかなりの批判の声があったという。オートメーション化で、人件費の削減が可能である一方、雇用機会が減るのではという批判だ。しかし、コロナ禍で多くのレストランが閉店を余儀なくされるなか、成功するビジネス・モデルを作り出し、事業を拡大することが雇用の創出に寄与することになると、同氏は強調する。
実際にBDSはこれまでにニューヨーク州だけではなく、近隣のニュージャージ州や南部テキサス州などで、40店舗以上のフランチャイズ契約を済ませている。さらに、今後2年間以内に250店舗にフランチャイズ店を増やす計画であるという。
開発にはパナソニックも参加
モルフォゲン氏が「オートマットの中のテスラ」と呼ぶ、この進化型オートマット店のシステム開発には、1年近くの時間と数億円の費用が投じられている。飲食物を提供するロッカーは、現地のRPI Industries社が開発した「ONDO(オンド)」と呼ばれる食品用ロッカーを使用し、バーコードの読み取りなどのソフト面ではパナソニックが開発に関わっている。また、セルフレジやメニューの電光掲示板は別の2社が担当しており、これら異なる会社のシステムを同期させることが、最大の難関だったとのこと。
さらにモルフォゲン氏によると、餃子の在庫管理などもオートメーション化しており、在庫が一定の数を下回ると、自動的に追加発注するシステムを備えているという。フランチャイズ店がこのシステムを導入するためにかかる費用は、1店舗につき25〜30万ドル(約2800万〜3400万円)ほどで、すでにレストランの設備を備えている店舗などは、その費用を15万ドル(約1700万円)ほどに抑えられる。
同店を訪れていたニューヨーク在住のトリーさん(29)に話を聞くと、「オートマット」という言葉は初耳ではあるものの「コロナ禍の観点からも、すばらしいと思うよ」と。また、別の客のエディーさん(58)は、てりやきチキン風味の餃子を頬張りながら、「すごくおいしいよ。この店のコンセプトも好きだね。誰とも接触しないから、安心できるし」と語った。筆者もこの店の一番人気という「チキンパルメザン」味の餃子を試してみたが、餃子というより、ピザまんを食べている感覚に近い気がした。
最後に、モルフォゲン氏に日本に進出する予定はあるかと聞くと、「最適なパートナーが見つかれば、もちろん。今後は海外進出も視野に入れていますから」そう笑って答えた。
温故知新という言葉があるが、世界中のレストラン業界が危機に直面するなか、モルフォゲン氏のように過去のアイディアを活かして、コロナ禍をチャンスに変える人々が少しでも増えてくれればと切に願う。
■フォトギャラリー