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宇宙空間の課題を意識した内容にシフト〜宇宙ビジネスコンテスト2021

「S-Booster2021」最終選抜会。最優秀賞はMs. Kanchanit Thumrongboonkate氏(背景モニターの右下)が「IoT人工衛星を活用した野火早期警報発見システム」で受賞

「S-Booster2021」最終選抜会。最優秀賞はMs. Kanchanit Thumrongboonkate氏(背景モニターの右下)が「IoT人工衛星を活用した野火早期警報発見システム」で受賞

 2021年12月17日(金)に日本橋三井ホールにて、内閣府などが主催する「S-Booster2021」の最終選抜会が開催された。

 S-Boosterは、起業や新規プロジェクトの立ち上げを目指す人やチームを対象に、宇宙を活用したビジネスアイデアを募集し、専門家によるメンタリングを通して、事業化に向けた支援を行うビジネスコンテストだ。最終選抜会では、一次選抜、二次選抜を経て選ばれた12組が、数ヶ月かけて練り上げたビジネスプランを発表する。

 当媒体でも、以前「S-Booster2018」の様子を記事(「余剰石油掘削機からロケットを飛ばす〜宇宙ビジネスコンテスト」)にした。それから3年が経ち、JAXA(宇宙航空研究開発機構)をはじめ、NASAの月面探査計画「アルテミス」に参加を表明する研究機関が増えるなど、宇宙ビジネスは衛星・惑星探査活動へと拡大している。また、宇宙デブリ(ゴミ)除去に取り組むアストロスケール社が宇宙での実証実験に成功するなど、先行する宇宙スタートアップの事業化フェイズが一段進んだ感もある。そうした中で、S-Boosterで発表されるビジネスアイデアがどう変化しているのかを取材した。

月面を想定した“糸で編む家具”

 今回ファイナリストに選ばれた12組には、日本だけでなく、アジア・オセアニア地域から参加したチームが半数近く含まれている。発表されたビジネスアイデアは、宇宙空間における具体的な課題を解消するものが、以前に比べ大幅に増えていた。

 例えば、オーストラリアから参加したAndrew Barton氏は、太陽が当たらない夜間の月面でのサバイバル製品群を提案(「Lunar Night Survival as a Service」)。インドから参加したShubham Gosavi氏は、人工衛星にレーザー送電でエネルギーを補給する技術で、太陽光パネルによる人工衛星の重量増加を解消するビジネスアイデア(「Energy Orbit」)を発表した。

登壇中の廣瀬悠一氏

 その中でも月面探査を想定した独創的なアイデアで、会場の投資家や企業の高い関心を集めていたのが、廣瀬悠一氏の「物体を更新可能にする編み物方式3Dプリンタ『ソリッド編み機』」だ。

 NASAは「アルテミス計画」で月面基地を建設するとしている。「そこで課題となるのが、月にどうやって人の住まいを作るのか」だと廣瀬氏は指摘する。

 例えば欧州宇宙機関(ESA)では、膨張式のドームを設置し、その周りを隕石などから守るために月の砂(レゴリス)で固めてカバーする構想を掲げている。しかし、そのドーム内に置くソファーやベッドなどの家具をどう運ぶかという課題が残る。

「月にものを持っていくには、1kgあたり1億円かかると言われており、荷物はできるだけ小さくする必要があります」(廣瀬氏)

ソリッド編みで作った物体(左)と、ソリッド編み機(右)

 そこで廣瀬氏が提案するのが、自身が工作機械メーカーでの経験を経て考案した「ソリッド編み」の活用だ。ソリッド編みとは、メリヤス編みをベースに、編み地に編み地を重ねていく編み物方式で、中身の詰まった立体物を造形することができる。廣瀬氏は、ソリッド編みを自動化できる「ソリッド編み機」(3Dプリンタ)を開発中で、これを月に設置することで、椅子やベッド、ソファーなどを糸から生成することが可能になるという。

「ソリッド編みであれば、材料が糸なので小さく持っていけ、狭い機内に押し込まれても、周りを傷つける心配がありません」(廣瀬氏)

 さらにその最大の特徴は、「ほどいて編みなおせること」だ。

「ソリッド編みでは、セーターをほどいてマフラーに編みなおすのと同じように、椅子をほどいて靴に編みなおすことが可能です。これにより、例えば、昼間にデスクだったものを夜にベッドにすることもできる。(物体の)データさえあれば、デスクとベッドの両方を月に持っていく必要がなくなるのです」

 廣瀬氏は、ソリッド編み機を月面だけでなく、地球上にも広く設置することで、「市場規模は一気に拡大する」と自信をのぞかせる。ソリッド編み機をインフラとして、世界中に設置すれば、データのやりとりだけで、物を作り、リサイクルする未来も実現できるとし、企業や研究機関に共同研究を呼びかけた。

宇宙の交通事故を防ぎたい

岩城陽大氏はJAXAや内閣府宇宙戦略室を歴任した経験を持つ

 持続可能な宇宙開発に欠かせないと注目を集めたのが、岩城陽大氏の「スタートラッカを用いた宇宙状況監視による衛星衝突回避SaaS」だ。

 岩城氏によると、ここ数年かつてない数の民間衛星が打ち上げられ、地球の近くを漂う物体の総数は、小さな宇宙デブリを合わせると約3億3千万個にのぼるという。これらが弾丸よりも早いスピードで地球の周りを飛び交っており、「宇宙の交通事故」の原因となる。

 このため、例えばJAXAでは、毎日300件以上の宇宙物体の接近情報を受け取り、回避計画を作成するなどの「宇宙の交通事故」への対応が、宇宙開発の現場の大きな負担になっているという。こうしたリスクや負担を軽減するため、岩城氏らは、危険な物体の接近を特定し、衛星運用者に回避方法を伝えるナビゲーションシステムを開発している。

 このナビシステムの実現に必要なのが、宇宙空間の状況を正確に把握することだが、光学望遠鏡を使って地上から観測する従来の方法では性能に限界がある。また、専用の人工衛星を使う方法もあるが、一機あたり100億円以上と非常に高価だ。そこで目をつけたのが、ほとんどの人工衛星に備えられている「スタートラッカ」というカメラを備えたセンサーだ。通常は、これで恒星の位置を観測し、宇宙空間で衛星がどの方向を向いているのかを知るために利用されている。この「スタートラッカ」から得られる画像を、衛星周辺の物体観測にも利用しようとというわけだ。 シミュレーションから、スタートラッカの画像を活用することで、上下100キロメートル以内にある9割以上の物体を観測できることがわかったという。このデータを人工衛星から集め、既存の公開データと合わせて、宇宙状況のデータセットを作成し、衝突回避ナビゲーションサービスとして衛星事業者に提供するとのこと。

姿勢制御用カメラ「スタートラッカ」を活用すると説明

 人工衛星運用の市場規模は2.9兆円。そのうち衝突回避運用の市場には、人工衛星の資産価値と衝突確率を掛け合わせて試算すれば、「少なくとも700億円以上のポテンシャルがある」という。

 岩城氏は、スタートラッカから得られる宇宙状況のデータセットを「宇宙大航海時代の海図」だと表現。衝突回避サービス以外にも、ロケット、有人ステーション、軌道上サービスなどさまざまな分野のソリューションに活用していけると展望を述べ、発表を締めくくった。

*  *  *

 両チームとも最優秀賞は逃したものの(最優秀賞は、森林などインターネットが繋がらない場所において、IoT人工衛星通信を活用し、火災を早期発見、警報するシステムを発表した「EcoSpace」が受賞)、廣瀬氏の「ソリッド編み機」はJAXA賞を、岩城氏の「スタートラッカを用いた衝突回避サービス」は審査員特別賞を受賞した。

 前述したように宇宙ビジネスは、月の資源利用や火星探査も視野に入りつつある。そうした中で、S-Boosterで発表されるビジネスアイデアに、宇宙空間での具体的な課題に向けたものが増え、高く評価されるのは、自然な成り行きと言えるだろう。

 ただし気になるのは、ビジネスアイデアの発表者が実際に資金調達を受けるまでの支援体制がいまだ未整備なことだ。ビジネスアイデアの事業化を促すためにも、今後はアフターフォローワークの充実にも期待したい。

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