宇宙ビジネスが活況を呈する中で、特に大きな成長が期待されているのが宇宙旅行のサービスだ。米国では、スペースX社が同社の宇宙船「クルードラゴン」で民間人向けの宇宙旅行をすでに実施している。他にも、ブルー・オリジン社が宇宙船「ニューシェパード」による有人宇宙飛行を成功させるなど、宇宙旅行実現に向けた動きが加速している。
しかし、ロケットを使った宇宙旅行は、今のところ数十億円から数百億円もの莫大な旅費がかかる上、事前に厳しい訓練を受ける必要があり、現時点では限られた人しか享受できないサービスとなっている。
こうした宇宙旅行を、「誰でも頑張れば用意できる程度の経済的負担」で、「訓練や鍛錬を必要とせず」、「子どもから年配者まで」提供しようと奮闘するスタートアップがある。それが、「気球による宇宙旅行」の実現を目指す株式会社岩谷技研(本社・北海道札幌市、創業2016年)だ。
同社代表取締役の岩谷圭介氏に、「気球による宇宙旅行」の特徴と強み、今後の事業展開を聞いた。
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岩谷技研が目指す宇宙旅行とはどういったものか。岩谷氏によると、同社が開発する「高高度ガス気球」に、人が乗るための「気密キャビン」を取り付け、高度約25キロメートルまで飛行するサービスになるとのこと。
現在想定されている旅の行程はこうだ。まず乗客がキャビンに乗り込むと、地上から徐々に上昇し、1時間から2時間ほどかけて、宇宙が見える(地球を見下ろす)高さにまで到達する。そこで1時間ほど遊覧を楽しんだ後に、ゆっくりと1時間ほどかけて地球に戻ってくる。
「降りてくる場所は海を予定しており、回収船にピックアップしてもらいます。陸と、宇宙と、海に行って帰ってくる。丸一日かけて、地球全体を楽しめる旅になると思います」(岩谷氏)
では「気球による宇宙旅行」の特徴はどういったところにあるのだろう。岩谷氏はまず「安全性」をあげる。現在さまざまな形で宇宙旅行が考えられているが、「ロケットと違って、墜落しない気球は、最も安全な手法になる」と岩谷氏は胸を張る。
加えて、「身体的な負荷が少ない」ことも強みになるという。例えば、ロケットで宇宙に行く場合は、肉体的にも精神的にも大きな負荷がかかるため、乗客は事前の訓練が欠かせない。それに対して気球は、身体への負荷が少ないため、事前の訓練は不要だという。
さらに岩谷氏は、気球は使用するエネルギーが少なく、打ち上げ頻度を増やせるため、「運用コストを下げられる」ことも強みだとし、当初は1000万円台で開始するものの、「将来的には100万円台で宇宙旅行を提供できるだろう」と構想を述べる。
億単位のお金がかかるロケットでの宇宙旅行に比べ、この金額は破格と言える。その理由を岩谷氏は、「一人でも多くの人に視野を広げるきっかけを提供したいから」だと説明する。
「私は北海道大学で宇宙工学を学んでいた20代の頃、自分で小型の風船装置を打ち上げ、宇宙を撮影しました。そのときに『宇宙ってこんなに近いんだ』『自分でも物を運べるんだ』と多くの可能性を感じました。宇宙に行った宇宙飛行士の多くが、宇宙から地球を見るという体験のあとで、考え方が変わったと言っています。つまり、宇宙を見るという体験は、大きな価値観の変化をもたらしてくれると思うのです。
当社の掲げるミッションは、視野の広がる技術を作ることです。宇宙を見る機会を一人でも多くの人に提供することで、たくさんの人が視野を広げるきっかけにつながればと期待しています」
「気球による宇宙旅行」を支える技術
「気球による宇宙旅行」で乗客が向かうのは、高度25キロメートル以上の成層圏だ。ここは「真空と言っていい世界で、(気密キャビンの)壁一枚挟んだ外側は死の世界」だと岩谷氏はいう。
これほどの高度に人を安全に連れていくためには、さまざまな技術と工夫が必要になる。
岩谷氏によると、まず人を乗せる気密キャビンには、内側の空気が膨れようとする、数十トン以上もの内圧がかかるという。それに耐えるためには、頑強な部材を使う必要があるが、気球は重たいものを乗せられないため、できるだけ軽く作らなければならない。
「その相反する要求に我々のキャビンは応えています。一般的な宇宙船が1トン、2トンある中で、このカプセルは一人乗りのもので約25キロしか重量がありません。それでいて、内圧にしっかりと耐えうる構造になっています」(岩谷氏)
その秘密は「骨皮一体構造」にあると岩谷氏は説明する。内側からの圧力を受ける部分と、気密を守る部分が一体となっていて、全体で全ての力を受ける仕組みになっているという。
さらに、軽い強化繊維プラスティックを材料に使う他、内圧を巧く分散できるよう球体と円筒のみで構成するなど、さまざまな工夫と技術が詰め込まれているとのことだ。
気球についても、一般的なゴム気球ではなく、自社製プラスティック気球を用いている。
「その理由は耐荷重の違いです。ゴム気球の重量限界はせいぜい15キロほどで、それ以上は耐えられません。一方、プラスティック気球の設計上の耐荷重は数トンだと言われており、人を乗せて安全に宇宙に行くことは十分可能です」(岩谷氏)
さらに岩谷技研では、高高度ガス気球と気密キャビンを自社開発する専用工場も有している他、さまざまな特許を出願・取得するなどし、着々と準備は進んでいる。
2022年は「臆病に、大胆に」
岩谷氏は、「気球による宇宙旅行」の提供開始は「早ければ2023年中」だとし、そのために乗り越えなければならない課題は、「実験頻度」と「社員教育」の2つだと述べる。
「技術的にはもうほとんど実現できるレベルまで到達しています。これから先は、試験飛行をいかに数多くこなせるかが重要です。2023年に開始できるかどうかは、この実験頻度が大きく関わってきます。社員教育についても、人の命を預かる以上、社員が皆、安全意識を持って運営にあたる必要があり、今後は試験飛行を行いながら、有人気球のスペシャリストに社員を育てていくことが重要になります」
さらに岩谷氏は、「試験飛行の頻度を上げていくためには、さらなる資金が必要」だとし、近日中にさらなる資金調達に向けて動き始める。
世界に目を向けると、米国のスペース・パースペクティブ(Space Perspective)社が、気球で成層圏に行く宇宙旅行の提供を、2024年後半から開始すると発表し注目を集めている。
「この分野は勝者総取りですから、最初にサービスを開始した人が全て勝ち取っていくでしょう。ですから私たちは、今回の資金調達で『王手をかけましたよ』というところまで持っていこうと考えています。『気球による宇宙旅行』はもう手の届くところまで来ています。後は、これまで以上に慎重に臆病に、でも大胆に前進する。今年(2022年)はそんな勝負の年になるかなと思います」