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ファッションの街NY発 エビ・カニの殻でサステイナブルな代替レザーを

CEOのウエン・トラン氏(撮影:新垣謙太郎 その他記事中の写真も同様)

CEOのウエン・トラン氏(撮影:新垣謙太郎 その他記事中の写真も同様)

 かつては高級ファッション・ブランド店が軒を連ねていたニューヨーク5番街にも、H&M、ZARA、ユニクロなど、安価でカジュアルな「ファスト・ファッション」と呼ばれるアパレル店が多く見られるようになって久しい。大量生産、大量消費が主流となったファッション業界では、大量廃棄などの環境問題でもまた注目を集めるようになった。世界の最先端を行くとされるニューヨークのファッション業界にも、ESG(環境・社会・ガバナンス)の波が押し寄せている。

NY5番街にあるファスト・ファッションの店舗
NY5番街にあるファスト・ファッションの店舗

 今年1月に、ニューヨーク州議会では「ファッションの持続可能性と社会的責任に関する法案(Fashion Sustainability and Social Accountability Act)」が提出された。この法案では、同州で事業をおこない、年間売り上げが1億ドル(約133億円)を超えるアパレル・フットウェア企業を対象に、サプライチェーンや温室効果ガスの排出量など、製造過程や環境に対する影響などの情報の開示を求めている。

 また、同法に従わない場合には、年間売上高の2%までの罰金が課される。現在、州議会において議論が続いているが、この法案が法律化されれば、全米で初めて大手ファッション企業の環境的・社会的責任を定めたものとなる。

 ニューヨークのファッション・アパレル業界においては、これまでのようにスタイルや値段だけではなく、企業の環境や社会に対する役割、そしてファッションのサステイナビリティー(持続性)への対応が、重要だとみなされるようになった。こうした業界の変化に対応し、課題の解決に挑むスタートアップがある。

■注目される植物・海産廃棄物発の代替レザー

 「今の消費者は地球の環境を傷つけないために、サステナブルな商品を求めています。だから、企業側もそれに応じて、よりサステイナブルな商品を提供しなければならないのです」

 そう語るのは、ニューヨーク市ブルックリンを拠点とする、「代替レザー(皮革)」のスタートアップTômTex(トム・テックス)のウエン・トラン氏(29)である。

 「レザー」といえば、かつて高級品として人気があった「動物の毛皮」を使ったコートなどは、動物愛護の観点から徐々に姿を消してきた。また、牛や羊、ワニなどの皮革製品も、製革工程で使用される化学薬品による環境汚染が問題視されている。さらに、「フェイク・レザー」と呼ばれる合成皮革や人工皮革には、ポリウレタン樹脂が多く使用されており、自然分解されず、環境に害を及ぼすことも大きな問題となっている。

 こうした課題を回避できる素材として、ファッション業界ではここ1〜2年の間で、「ヴィーガン・レザー」と呼ばれる、りんごやパイナップル、サボテン、きのこなどの植物を使った代替レザーが注目されている。高級ブランドのエルメスは昨年3月に、同社初となるきのこを原料とした代替レザーのハンドバックを発表。英アパレル・ブランドのPANGAIA(パンゲア)は、ワインを生産する際に排出される廃棄ぶどうを元にした、グレープ・レザーを用いたスニーカーを売り出している。

■ベトナムからNY デザイナーから起業家に

エビやカニの殻から抽出されたキトサン
エビやカニの殻から抽出されたキトサン

 トラン氏がCEOを務めるTômTexは、きのこの他、主にエビやカニと言った甲殻類の殻、貝類などの貝殻廃棄物から抽出される食物繊維を持つキチン質(キチン・キトサン)と呼ばれる成分を使って、新しい代替レザーの製造に取り組んでいる。

 同氏はベトナム中部にある海に面したダナン市の出身だ。周りには多くのアパレル関連工場が存在し、近くの河川は工場からの廃棄物で汚されていた。そして、アメリカなどの先進国から逆輸入された古着を身につけて生活してきたのだと語る。

 医師の母と起業家の父をもつトラン氏は、よりよい生活を求めて20歳の時にサンフランシスコの大学に進学。医学を勧める両親の反対を押し切って、ファッション・デザイナーの道に進んだ。大学卒業後は、ファッションの中心地であるニューヨークに移り住み、複数の有名ブランドで働くかたわら、大学院でファッションの研究にもいそしんだ。

 しかし、実際に大手ファッション企業で働いてみて、大量に廃棄される生地や、試作品などのムダを目の当たりにし、自身の故郷での経験も相まって、環境に優しく、サステイナブルなファッションとは何かを考えさせられた。

 そこで思いついたのが、ベトナムでも大量に排出される海産物のゴミ。特に、エビやカニなどの殻から得られるキトサンの利用だ。大学院での研究を元に、トラン氏は他の2名と2020年9月にTômTexを立ち上げた。同社の名前は、ベトナム語でエビという意味の「Tôm」と英語の「Textile(生地)」を合わせたものだという。

■サステイナブルな生地の先にある夢

CSOのロス・マクビー氏
CSOのロス・マクビー氏

 同社の共同創業者でCSO(最高戦略責任者)を務めるロス・マクビー氏(30)によると、キトサンは果物などから抽出される植物繊維に比べ、柔軟で加工しやすいという。さらに、現在市場に出ている「ヴィーガン・レザー」の多くには、ポリウレタンが使用されていて、本当の意味で環境に優しい製品ではないと指摘する。

 コロンビア大学で生物化学を学んだマクビー氏は、TômTexをトラン氏と立ち上げるまでファッション業界との関わりは全くなかったというが、「環境問題を真剣に語るにあたって、技術・経済面以外にも文化面で解決策を探っていく必要があります。そういった意味で、ファッションというのは非常に興味深い分野です」と語った。

 現在同社は、ベトナムと米西海岸ワシントン州にあるキトサン・サプライヤー2社から原料の輸入を行っている。代替レザー開発の技術的責任者でもあるマクビー氏は、石油化学製品の使用の排除を行ったり、溶剤として水を使用したりと、いかに環境に害を及ぼさずにキトサンを元にした代替レザーを作成できるかに挑んでおり、これが最大のチャレンジであると言う。

 筆者もサンプル生地を触らせてもらったが、さわり心地は多少ゴムの様な質感があったものの、見た目には普通の革製品とあまり変わりが無かった。

TômTex製の代替レザー
TômTex製の代替レザー

 プレシード期にあった同社は、今年4月には米国内の複数のベンチャーキャピタル(VC)から170万ドル(約2億2600万円)の資金調達に成功している。今後は、現在10名ほどのスタッフをさらに増やし、代替レザーの生産もさらに増やす予定だという。

 トラン氏によると、現時点ですでに10社近くのファッション・ブランドと、TômTex製の代替レザーを使用した商品開発に向けた話し合いを行っているとのことである。さらに、来年末までには故郷のベトナムに工場を設立し、代替レザーの量産化を目指したいと語った。

 ベトナムでは、将来的には海外からの製造を請け負うだけではなく、自国における起業家の育成、そして自分たちの資源を利用したイノベーションをもっと広めて行きたいと語った。それが、米フォーブス誌「アジアで活躍する30歳未満の30人(30 Under 30 Asia)」に選ばれたトラン氏の夢でもある。

Written by
ニューヨーク在住フリージャーナリスト。米首都ワシントンのアメリカン大学国際関係学科を卒業後、現地NGOジャーナリスト国際センター(ICFJ)に勤務。その後TBSニューヨーク支局での報道ディレクターの経験を経て、現在フリージャーナリストとして日本とアメリカで活動中。東京都出身。