web3がもたらした新規な仕組みのひとつにDAOがある。DAOとはdecentralized autonomous organizationの略で、「自律分散型組織」のことだ。
DAOでは、なんらかのプロジェクトを遂行するために作った組織やチームの参加者にトークンを発行する。トークンは、株式のように出資によって得られる場合もあれば、プロジェクトに協力・参加するなど、なんらか貢献によって得ることもできる。また、ほとんどの場合、そのプロジェクトには圧倒的な権限を保有する管理者を置かない。トークン保有者が、ネット上のツールで投票や合意をすることによって意思決定が行われる。さらに、スマートコントラクトの機能で、ある条件が満たされると自動的に契約で定められた取引を実行することも可能だ。
“意思決定は素早く、業務は効率的で、ゆるやかなつながりながら参加者のモチベーションは高く、透明性の高い組織ができあがる”のがDAOの特徴だと言われている。とはいうものの、参加者が増え大きな組織になると合意形成が難しく、また法的な問題などいろいろと課題もある。
このDAOの仕組みを使って、メディアを運営しようという試みが行われている。株式会社PitPa(ピトパ)の代表取締役の石部達也氏は「メディアDAO」の組成に向けて、今まさに試行錯誤中だ。
石部氏がDAO化しようとしている“メディア”は、当媒体でもその内容の一部を毎週紹介しているポッドキャスト番組『JOI ITO’S PODCAST』とその関連コンテンツなどだ。PitPaはこの番組の制作に関わっており。番組リスナーに付与されるNFTの発行や、そのコミュニティの運営にも携わっている。
“メディア”としての番組には、発信者である伊藤穰一、番組制作スタッフといったつくり手の他に、リスナーやネット上のコミュニティ登録者など参加者も含まれる。最終的にはこれら個人も含めてDAOにしてしまいたい、というのが今回のメディアDAOの目論見だ。
なぜ、DAOにしようと思いついたのか。
「(『JOI ITO’S PODCAST』は)オーディエンスの熱量も高いし、数字も伸びていて。『なんでだろう?』って考えると、それはガバナンスが(従来型のメディアと)全然違うなと。それで、そのガバナンスをうまく機能させ続けるためにトークンを使って、ガバナンス能力持っている人がトークンを持っていると、うまく循環するのじゃないかってところが着想点で」(石部氏)
石部氏は、過去に既存のラジオ局のビジネスに注目したことがあった。ラジオのポテンシャルをもっと引き出す方法があるのではと考えたのだ。しかし、その収益構造からすればやむ得ないのだが、広告主やラジオ局の権限は大きく、番組ホスト(ラジオDJやタレントなど)のそれは小さい。番組リスナーはホストの魅力で集まっているのに、ラジオ局の権限ピラミッドはそれとは反対で「いちばん重要な人が権限を持っていない」(石部氏)のだが、この古くからのガバナンスを変えることは難しいと感じたという。
参考として見せてもらった、石部氏の手元の資料(原文は英文、編集部で意訳)には、メディアDAOの目標、到達点として、
「メディア・マネジメントの分散化により、クリエティビティを向上させることが目的」
「ガバナンストークンにより、予算管理、利益分配などの権利を保有することができる」
などとあった。
メディアDAOでは、最初から番組ホストがトークンを保有し、権限を持つ。そうすればギャラを貰って出演するだけの関係より、番組に対する姿勢はより積極的になる事が考えられる。
より広く、番組に関係する人たち、つまりメディアの利用者(視聴者、読者など)にもトークンを保有してもらうことについてはどうなのか。DAOの仕組みとしては、「作る側」だけでなくそれを「使う側」にもトークンを配布することができる。ある割合のトークンを利用者に保有してもらうことにより、より多くのアイデア(ユーザーの要望)が集まることになるし、それを取り入れ組織やコンテンツの魅力をさらに高めることができるかもしれないが、それは実現可能なのだろうか。
「そこが、今回のメディアDAOの問題で、今回は製作委員会方式をとろうとしているので、トークンを渡せるのはコンテンツ製作に関っていることが条件なのです。さらに法人格を保有している必要があるので、制作スタッフでもフリーランスの人たちには渡せないことになってしまうのです」(石部氏)
と、これはどういうことなのか。ここがDAO普及の大きな課題になるのだが、現時点ではDAOのようにガバナンストークンを使った組織について、明確な規定をした法令が日本には存在しないという問題がある。
組織はその種別ごとに、構成員の資格や責任の範囲などが法律で定められている。今回のメディアDAOは、製作委員会方式の形式を踏襲した民法上の任意組合として組成することを検討している。ただこの形式だと現状では、金融商品取引法の適用除外の問題から、出資者は法人格を持つ必要があることや、出資者(トークン保有者)が無限責任を負うことなどもあり、現時点では個人へのトークン配布はハードルは高い。
他にも、合同会社などいくつか他の組織形態もあるが、トークン保有者が変わるたびに、その氏名を登記しなければならないなど、現実的には実施が難しい定めなどがあり、どれもDAOの特性をすべて実現する事ができない。
既存の法令は、出資者や個人を保護するために存在しているので、それを安易に変えることはできない。法令を遵守しながらDAOの特性を活かすにはどうすればよいのか、その論点整理と議論は、現在も進行中だ。
さしあたって、法令を遵守しながら個人に参加を促すひとつのアイデアとして検討されているのは、番組制作に関わる、あるいは番組になんらかの貢献してくれた個人には、ガバナンストークンではなく、その経歴や貢献を証明するNFTを配布することだ。
NFTは学歴や職歴と結びつけてブロックチェーン上に保管し、証明書として利用することができる。PitPaは、すでに千葉工業大学において学修歴証明書をNFTで発行している実績がある。
今回、このNFTと収益の配分を直接リンクすることは難しいが、別途、その個人と締結する契約で「そのNFTを保有していることが、この契約で定められた報酬を受け取ることができる証だ」と明記することで、NFTの保有に価値をもたせるという仕組みを検討している。
ただ、そこまでしてメディアをDAO化させるメリットはあるのか。石部氏が考えるメリットは出演者のモチベーション向上以外にもまだまだある。
まず制作スタッフだが、これまで企業内で番組やコンテンツを主体的に作ってきた社員は、一部の“大物プロデューサー”を除けば、個人の名前が表に出ることはなかった。また逆に“伝説の人気番組“になると巷には”俺が作った“という人がたくさん現れることになる。これがパブリックチェーン上で、参照できる職歴証明があれば、実績が明らかになり、「いままで表立って出てこなかった人材に新たなチャンスが生まれる」(石部氏)
また、従来の製作委員会方式では、初期に決定された出資、分配比率は原則変わることはない。しかしトークンを使ったメディアDAOなら、トークン譲渡によってその比率を途中で変更することも可能となる。つまりコンテンツが成長するに従って、貢献度で取り分を変えることができる。
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まだまだ、課題は多いメディアDAOだが、今回のようにポッドキャストを中心とした音声コンテンツからスタートしていく他にも、例えば地方の企業が出資して運営する地域のコミュニティFMなどでも応用が可能なのではないかと感じた。
また、既存のメディア企業であっても、新聞社なら夕刊や土曜版など特定の紙面やページ。テレビなら特定の時間枠だけDAOで運営してみるというのはどうだろう。課題克服の困難も予想されるが、それを乗り越える作業も含めて、凝り固まった組織で作るメディアとは異なったテイストもメディアになるのではないだろうか。
※株式会社PitPaは株式会社デジタルガレージの出資先の一社となります。