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汗を計測して脱水・熱中症予防に役立てる 広がる“結露予知”センサーの活用法

「蒸汗センサ(モイスチャーセンサ)」を用いて汗の量を計測している様子(画像提供:NIMS、山口市)

「蒸汗センサ(モイスチャーセンサ)」を用いて汗の量を計測している様子(画像提供:NIMS、山口市)

 放っておくとカビやダニの原因となる結露の発生を、一般的な湿度計や結露検出器に比べ、素早く高精度に検知できるのが「モイスチャーセンサ」。筆者は以前、このモイスチャーセンサを、国立研究開発法人物質・材料研究機構(NIMS)の研究者として開発し、NIMS発ベンチャー・合同会社アキューゼ(本社・茨城県つくば市)のCTOとして、その実用化を目指す川喜多仁氏を取材した(参考記事:『使い方はさまざま 見えない水滴を検知する“結露予知”センサー』)。

 先の記事では、モイスチャーセンサは主に「(住宅や農場における)結露予知」に利用され始めていると紹介したが、実は他にも、汗など人の身体から放出される水分(蒸散水分)を検知するセンサーとして、ヘルスケア分野での活用方法も模索するための実証実験も始まっている。

 NIMSと山口市、森ビル都市企画株式会社(東京都港区)は、2022年11月に「ウェルビーイングにつながる産業創出をテーマとした事業連携に関する協定」を締結した。その実証実験第一弾として、山口市産業交流拠点施設にあるMEDIFITLAB(メディフィットラボ)内のスポーツクラブにおいて、「脱水症予防・熱中症予防につながる産業創出をテーマにした社会実証事業」を始めている。実証実験の狙いやその先の展望について、川喜多氏に話を聞いた。

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「脱水症予防・熱中症予防につながる産業創出をテーマにした社会実証事業」は、「蒸汗センサ(モイスチャーセンサ)」を用いて、スポーツクラブ利用者の汗の量や、指の温度、体重、心拍数を測り、これらと体重(体水分)の変化率や「喉の渇き」との相関を探ることで、脱水症・熱中症を予防する仕組みづくりを目指そうというものだ。

インタビュー中の川喜多氏
インタビュー中の川喜多氏

 川喜多氏によると、本実験で使う蒸汗センサは、コアチップにモイスチャーセンサを用い、「汗由来の水を正確にチップ部分に送るための空間設計」など、汗計測に特化したさまざまな工夫を施したものだという。

 従来の汗計測では、汗(水分)を吸収材に吸収して測る「発汗チェッカー」が使われてきたが、計測できるまでに数分かかる上、精度や感度が低く、吸収した水分を排出できないため、繰り返し利用することはできなかった。蒸発した汗を計測する「発汗センサー」もあるが、これも計測に数十秒かかる上、徐々に水分がセンサー部にたまっていくため、繰り返し使うと精度が落ちる傾向にあるという。

 こうした汗計測における課題を「蒸汗センサであれば解決できる」と川喜多氏は胸を張る。

「我々の『蒸汗センサ』は“吸収”をしません。センサーの表面に蒸発した水分がつくと応答が出るという非常にシンプルな仕組みなので、応答時間が速く(最短1000分の5秒以内)、精度も感度も高い。さらにセンサーについた水は乾けば何も残らないので、繰り返し使うこともできます。これらの特徴により、蒸汗センサは、これまでの汗計測の課題を概ねクリアできるものになると確信しています」

汗計測で“かくれ脱水症”を感知

  では今回の実証実験において、蒸汗センサはどう活用されているのだろう。

 そもそもこの取り組みは、高齢者ケア施設などにある「脱水症が深刻になる前の状態を簡単に検知したい」というニーズへの対応から始まったと川喜多氏は説明する。

「脱水症の症状は、体重(体水分)の減少率が3%を超えると深刻な状態になると言われており、この体重(体水分)の減少率が1〜2%のうちに、(体重計などを使わず)簡単に検知したいというニーズが、高齢者ケア施設などにあります。そうした中で私たちは、汗の出方と、体重(体水分)の変化率に何か関係があるのではないかと考え、ある高齢者ケア施設で、蒸汗センサを使った小規模な実験を行いました」

 川喜多氏らは、まず蒸汗センサを使って蒸汗量を測り、体重(体水分)の変化率との関係性を探っていったが、当初、明瞭な相関を見出すことはできなかった。しかし、「指の温度」という新たな指標を加えたところ、ある相関関係が見えてきたという。

 指の温度が一定温度より高い場合には、「汗が多く出たときほど、体重の変化が大きくなり、被験者は『喉の渇き』を自覚する傾向にあった」。しかし、指の温度が一定温度よりも低い場合には、「体重が減ると、汗が出にくくなり、被験者は『喉の渇き』を感じにくい傾向があった」という。

「高齢者ケア施設で問題になるのは、後者のケースです。体重(体水分)が減っているのに気づかない “かくれ脱水症”になっている可能性が高い。こうした状況を素早く簡単に見つけられるようにするため、例えば、蒸汗センサで、汗の出方と指の温度を計測し、危険なときにアラートを出すような仕組みを作れればと考えています」

 しかし、こうしたことを明確に言い切るには、現状では統計的にサンプル数が足りない。また、幅広い年齢層や状況下でデータを取る必要もある。

「そうしたことを山口市さんや森ビル都市企画さんに伝えていくうちに、だったら山口市の施設で広くデータを収集し、解析する実証実験を行い、将来的に健康増進につながる産業創出を目指そうということになりました。そこで実施されることになったのが、今回の実証事業です」(川喜多氏)

技術を横展開し、実用化と普及を加速

  ちなみに今回の実証事業に川喜多氏は、NIMSの研究者としてだけでなく、NIMS発のスタートアップでモイスチャーセンサを提供する合同会社アキューゼのCTOとしても参加している。

「この実証事業は、NIMSが今のところはメインで参加してしますが、その先々に山口市を中心に、健康増進につながる新しい産業創出につなげようという目的があります。(国研である)NIMSが関与できるフェーズは限られているので、その先のいろいろなサービスや製品化を行う場面では、アキューゼとして協力することになります」

 また、今回の実証実験で使っている蒸汗センサについても、汗計測用に施した「静電気などのノイズへの対処」や「指の体温を逃すための空間設計」などの技術は、さまざまな用途へ横展開できるという。

「今回の蒸汗計測は、スポット的に技術がひとつ増えたというよりも、横の広がりにもつながっていくものです。そのため、例えば、工場や住宅、農業向けの結露計測においても、質的にプラスに働きます。また、横展開した技術を使うことで、デバイスの値段を下げることにもつなげられ、さらに使ってももらえるシーンが増えるのではないでしょうか。そういう意味でも、今回の参加は、モイスチャーセンサの実用化や普及に大いにつながるものと考えています」

 現在アキューゼは、今回の実証実験以外にも、農作物の葉の蒸散量をリアルタイムに計測する技術を開発し、農林水産省の「スタートアップ総合支援プログラム(SBIR支援)」に採択されるなど、多方面で取り組みを展開している。

 最後に川喜多氏に、NIMS研究者としてモイスチャーセンサを開発し、その周辺技術をアキューゼで開発する体制を築いたことは、モイスチャーセンサの実用化に役立っているかとたずねると、「もちろんです」と、力強い答えが返ってきた。

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有限会社ガーデンシティ・プランニングにてライティングとディレクションを担当。ICT関連や街づくり関連をテーマにしたコンテンツ制作を中心に活動する。