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都市連動型メタバースの現在位置 「バーチャルシティガイドライン」仕掛け人らが見据えるもの

バーチャル渋谷の風景(C)渋谷5Gエンターテイメントプロジェクト

バーチャル渋谷の風景(C)渋谷5Gエンターテイメントプロジェクト

 メタバースへの期待は依然として高い。金融大手・シティグループ社が2022年4月に発表したレポートによると、メタバース市場に参入する事業者は増加しており、2030年までにその市場規模は8兆〜13兆ドルに達するという。

 一方で、こうした展望が「過剰な期待」であるとの指摘も根強い。日本IBMは23年2月発表のレポートで、「ユーザーの視点から見た場合、個人のメタバースに対する理解や体験はあまり進んでいない」と述べた(22年9月にウェブ上で1105名を対象に行われたもので、メタバースの認知度についての質問では、回答者の約75%が「名前を聞いたことはあるが、どんなものかは知らない」「聞いたことはない」を選んでいる)。

 事業者の期待と、ユーザーの理解度・認知度の間にある大きなギャップ。その原因のひとつは、「メタバースが普及した世界の完成形」の明確なイメージが存在しないことだろう。加えて、そうした「完成形」へのロードマップも世間にはみあたらず、現在位置がどのあたりなのかの認識ができない。つまり、メタバースの進歩や普及にまつわる出来事が報じられても、その価値を理解したり、期待したりするための尺度や土台自体が整っていないのが現状といえる。

 こうした中、メタバースの調査研究を行う団体「バーチャルシティコンソーシアム」が22年11月に発表した「バーチャルシティガイドライン ver.1.5」は、メタバースの発展における確かな一歩と呼べるものだ。同団体の参画企業であるKDDI株式会社が中心となって運営している「バーチャル渋谷」から得た知見をもとに、現行法では保護の範囲が不明瞭なデータやデジタルアセットの所有権等(バーチャル・プロパティ)の扱いなど、これまで暗黙知となっていたメタバース発展のための論点を整理・明文化したもので、画期的な取り組みとして注目されている。

バーチャルシティガイドラインの主なトピック(C)バーチャルシティコンソーシアム
バーチャルシティガイドラインの主なトピック(C)バーチャルシティコンソーシアム

 今回、ガイドラインの策定に携わったKDDI株式会社の川本大功氏、東急株式会社の渡邊彰浩氏にインタビューを実施。ガイドラインの策定を経て、バーチャルシティコンソーシアムはメタバースの先行きをどのように見据えているのか、話を聞いた。

オープン・メタバースは実現可能か

 話を進める前に、「メタバース」という言葉の定義や取り扱われ方について整理をしておく。広義では「アバターを介してアクセスするオンライン上の3次元仮想空間およびその仮想空間を用いたインターネットサービス」といった意味で理解されていることが多いが、厳密な定義は業界団体や研究組織によって異なることがあるためだ。

「バーチャルシティガイドライン ver.1.5」における定義は、「マルチデバイスから、恒常的にアクセスできること」「3次元の『空間』で構成された仮想環境であること」「操作可能な分身(アバター)が存在し、アバターを用いて仮想環境内で活動できること」「リアルタイムの相互作用性があること」「超多人数が同時接続し、仮想環境を共有することができること」「別の仮想環境との相互運用性があること」「仮想環境内で自律的経済圏が存在すること」、これら7つの要件を全て満たすものだという。そして23年2月現在、これを実現しているプラットフォームは存在しないと思われる。

 すなわち、「メタバースを実現する」とは、この7つの要件を満たすプラットフォーム群から成るネットワークを構築することと同義といえる。そしてメタバース実現のための論点をこのように小分けし、整理することによって、眼前の課題や実現への道筋がより具体的に見えてくる。

 例えば、同ガイドラインが要件の1つとして挙げる、「他の仮想環境との相互運用性」はどのようなもので、どのように実現されるのか。

 現在、メタバースといった場合、「cluster」や「VRChat」といったプラットフォーム(仮想環境)がイメージされるが、複数のプラットフォームで同じアバターを使うためにはアバターのファイルをそれぞれにアップロードする必要があるなど、互換性に難がある。理想は、ユーザーがプラットフォーム間の移動を繰り返しても、アイデンティティを維持した状態で活動できることだ。しかし、プラットフォーマーの多くが営利企業である以上、Web2.0を牽引した企業がそうであったように、ユーザーを自社プラットフォームに囲い込もうとするのは自然なことだ。「他の仮想環境との相互運用性が確立されたメタバース」を「オープン・メタバース」と呼ぶが、この理念はそうした営利企業の性質と相入れないように思われる。

KDDI株式会社の川本大功氏
KDDI株式会社の川本大功氏

 川本氏(KDDI株式会社)はそれが部分的に事実であると述べつつ、「しかし、業界団体や政府の研究会の議論を俯瞰する限り、オープン・メタバースを目指すべきというコンセンサスが広く共有されている」と指摘する。

「近年のオープンソフトウェアの文脈に類似しますが、メタバースを発展させていくには早い段階で最低限の仕様統一を行い、ユーザーの参画余地を広げる必要があります。メタバースを実現するための技術領域は、単一の企業では担いきれないほど広い。ユーザー、プラットフォーマー、行政などさまざまな主体が自由に参画し、その過程でボトムアップ的に便利な仕組みや運用のルールなどが生まれていくのが理想であり、プラットフォーマー各社もその重要性を理解したうえで、そうした形を目指そうとしているのが現状というのが個人的な所感です」(川本氏)

 渡邊氏(東急株式会社)が続ける。「相互運用性については、現在でも部分的には実現しているとも言えます。あるプラットフォームのアバターを別のプラットフォームで使うことは不可能ではありませんし、決済をする場合、プラットフォーム間の共通通貨が存在しなくとも、日本円でやりとりすることもできる。こうした仕組みはユーザーの活動や試行錯誤を通じて、やがてあるべき形に収束していくのではないかと考えています」(渡邊氏)

 ただし、その「あるべき形」がいつ出来上がるかについては両名とも「予想は難しい」と述べた。デバイスの進化に大きく依存する一方で、その進化の速度を予測しづらいのが一因だ。

「バーチャルシティコンソーシアムが構想する本格的なメタバースの発展を考えた際、ボトルネックの筆頭はやはりデバイスです。現在一般的なヘッドマウントディスプレイはまだまだ大きく、重い。また、家庭用ゲーム機などと比べて普及率が低い。SNSの普及がスマートフォンの普及に支えられていたように、メタバースの普及にもデバイスの進化が一番の要因であると思われます」(渡邊氏)

メタバース上の法整備は「見通しが立っている」

 法整備の問題は、メタバースの議論において近年、盛んに言及されるようになった。例えばアバターに肖像権はあるのか。実在する街並みをメタバース上に再現したとして、商品の看板などの商標権はどのように扱われるのか。アバターの活動で築いた地位や人間関係などを財産として保護すべきか。こうした問題は、メタバース普及における大きな壁であると見做す向きもある。だが、川本氏の説明から受ける印象は異なる。

「現在議論されている法的な問題のほとんどは、SNSやオンラインゲームでの議論を踏襲できる論点が多いです」(川本氏)

 アバターの肖像権の扱いなど、メタバースだからこそ生じる問題は確かに存在するが、SNSやオンラインゲームが普及する過程で蓄積された議論を参照することで、現行の法体系でそのほとんどは対応可能であるという。肝心なことは、メタバース上で今後生じる法的問題を精査し、その扱いをプラットフォームの利用条規に盛り込んだり、対応する法律を検討したりすることだ。「いわば、法整備についてはもはや整理の問題が多いのです」(川本氏)。

 法整備において、世界有数のコンテンツパワーをもつ日本にとって重要となるのは著作権や知的財産権(IP)をめぐる展望だろう。例えばIPを守ることに傾注し、日本固有のルールが設けられ、メタバースにおける“ガラパゴス”のような状況になるリスクはあるのか。

「日本はIPが強いので、法をどのように整理していくかは確かに大切な課題です。ただ、これからガラパゴスのようになるとは考えづらい。例えばアメリカを思い浮かべてください。ディズニーを筆頭に強力なIPを持っていますが、著作権法としてガラパゴスにはなっていません。既存の法体系の中で整理できることも多いからこそ、メタバースにおいて日本だけが独自のルールをつくり、国際的な連携をすることなく、特異な市場になるということはないと思います」(川本氏)

「ハレ」だけでなく「ケ」も

 「バーチャル渋谷」のような都市連動型メタバースの今後の展望についても尋ねた。KDDIが中心となって2020年5月にスタートして以来、23年2月までに世界中からのべ130万人以上が来訪しており、メタバースという領域全体を眺めても特筆すべきプロジェクトのひとつとなっている。

東急株式会社の渡邊彰浩氏
東急株式会社の渡邊彰浩氏

 渡邊氏は他のメタバースプラットフォームとの差別化の要として都市との連動を挙げた。

「都市連動型メタバースが見据える目標は複数あり、そのひとつが『人の生活空間を拡張し、新たな経済圏を創出する』というもの。この『生活空間の拡張』に伸びしろがあると考えています。現在、メタバースの使われ方はイベントであったり、ゲームであったりと、暮らしを『ハレ』と『ケ』に分けるのであれば、『ハレ』が多い。『バーチャル渋谷』も同様で、ハロウィーンなどのイベントに多くの人々がいらっしゃいます。

 しかし、暮らしの大部分を占めるのは『ケ』であり、これをメタバース上でもデザインしたいのです。日常生活における何気ないことや、『バーチャル渋谷』で得た何らかの特典を現実で使えたりと、都市連動型メタバースとして現実の渋谷とメタバースの渋谷を連動させる仕組みを作れると良いのではと考えています」(渡邊氏)

 メタバースの実現を見据えた「バーチャルシティガイドライン ver.1.5」。その策定に携わった川本氏、渡邊氏両名は、「メタバースの実現」を100%とした場合、現状は「3%」と述べた(厳密な統計ではなく比喩に近い表現であることを断っておく)。まだ先は長い。だが、道筋は見え始めた。メタバースをバズワードで終わらせないためにも、いま私たちがどこにいて、何をなすべきか、一人ひとりが問い直す意義は小さくない。

Written by
ジャーナリスト。日本大学藝術学部、ニューヨーク市立大学ジャーナリズム大学院卒業。朝日新聞出版勤務等を経てフリー。貧困や薬物汚染等の社会問題を中心に取材を行う。著書に「SLUM 世界のスラム街探訪」「アジアの人々が見た太平洋戦争」「ヨハネスブルグ・リポート」(共に彩図社刊)等がある。