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東大VRセンターがメタバース研究の新拠点を設置 その狙いと研究内容は?

東大VRセンター「VR:メタバース実践」寄付研究部門/東京大学名誉教授の廣瀬通孝氏(中央)と、東京大学大学院情報理工学系研究科 知能機械情報学専攻 教授の葛岡英明氏(右)、東大VRセンター特任助教の伊藤研一郎氏(左)

東大VRセンター「VR/メタバース実践」寄付研究部門/東京大学名誉教授の廣瀬通孝氏(中央)と、東京大学大学院情報理工学系研究科 知能機械情報学専攻 教授の葛岡英明氏(右)、東大VRセンター特任助教の伊藤研一郎氏(左)

 インターネット上の仮想空間にアバターを使って入り込み、他者とのコミュニケーションを楽しんだりイベントに参加したりと、さまざまな体験ができる「メタバース」。このメタバース空間の創出・運営に関わる基礎的な研究を行う新たな取り組みが東京大学で始まった。それが、東京大学バーチャルリアリティ教育研究センター(以下、東大VRセンター)内に、2023年2月1日付けで設置された「VR/メタバース実践」寄付研究部門だ。

 当媒体では、東大VRセンターの設立時(2018年)や、同センターのサービスVR寄付研究部門設立時(2019年)などを取材し、その動向を伝えてきた。今回のVR/メタバース実践寄付研究部門では、どういった目的のもと、どのような研究を行っていくのか。東京大学名誉教授で、VR/メタバース実践寄付研究部門の中心メンバーである廣瀬通孝氏と、東大VRセンター特任助教の伊藤研一郎氏に聞いた。

(参考記事:

東大の“VR普及の拠点”は何を目指し、どんな人材を生み出すのか』(2018年8月1日)

サービス業で「令和VR」の新たな役割を見出す東大が新拠点を設立』2020年2月12日)

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 まずVR/メタバース実践寄付研究部門が設立された経緯について聞いた。廣瀬氏は、同研究部門はサービスVR寄付研究部門の「後継であり、発展型」だと説明する。

 サービスVR寄付研究部門とは、サービス産業での活用を目的にVR技術の研究を行い、日本のサービス産業の競争力向上に貢献していこうというもので、2019年から2022年の3年間設置された。

VR:メタバース実践寄付研究部門の設立経緯を話す廣瀬氏
VR/メタバース実践寄付研究部門の設立経緯を話す廣瀬氏

 しかし、2020年のコロナ禍により、状況は一変する。もともとサービスVR寄付研究部門では、サービス業の従事者などがVR空間内で訓練などを行い、そこで培ったスキルをリアル空間で活用することを想定していた。ところが、コロナ禍以降、バーチャル接客が実施されるなど「VR空間での接客そのものが主戦場」になるケースが増えたと廣瀬氏は説明する。

「そうすると、VR空間でどんな活動ができるかという話が中心になってきます。さらに、そこにたまたまメタバースブームが起きました。そこで、サービスVR寄付研究部門の参加企業をはじめ、いくつかの企業に『メタバース関連の研究部門に参加しませんか』とお声がけしたところ、サービスVR寄付研究部門よりも多い9社に集まっていただけることに。そのような流れで、VR/メタバース実践寄付研究部門はスタートしました」(廣瀬氏)

具体的に何を研究するのか

 ではVR/メタバース実践寄付研究部門では、具体的にどのようなことを研究するのか。まず廣瀬氏は、その活動目的を、「メタバース空間の創出・運営に関わる基礎的な研究を行うとともに、この技術が社会に実装される際に必要なさまざまな課題について学際的な研究を行うこと」だとし、その特徴は「VR技術に軸足を置くこと」だと説明した。

「我々VR研究者の多くは、もともと一人称視点だったVRに、多人数によるコミュニケーションが加わったものがメタバースだと見ています。一方、もともとSNSなどのコミュニケーションツールがあり、そこにVR的な色彩(身体性など)が加わることで、メタバースになるという見方もあります。このようにメタバースへのアプローチにはさまざまな道筋がありますが、やはり我々の強みはVRに深く関わってきたことですから、VR技術に軸足を置き、そこにコミュニケーションや経済的なものを吸収し、磨き上げていこうと考えています。これが我々の特徴であり、力点です」(廣瀬氏)

 具体的な研究内容としては、まず「新しいサービス空間としてのVR基盤の構築」を挙げる。これは具体的には、ブラウザ上で動作するオープンソース型のVRシステム(Mozilla Hubsなど)を活用し、多くのユーザーが参加できるメタバース空間の構築に必要な技術や課題を研究するというものだ。ここには、メタバース空間内でのサービス提供に欠かせないブロックチェーンやNFT技術も研究対象に含めるという。

 2つ目の研究内容は「従来のVR資産のメタバース化」だ。これは、サービスVR寄付研究部門で開発したVRコンテンツなどを、試作するメタバース空間(ネットワーク上)に移し、その際に発生するさまざまな課題の解決を通じて、実践的なメタバース技術の構築を試みるというもの。

インタビュー中の伊藤氏
インタビュー中の伊藤氏

 伊藤氏によると、従来型のVRコンテンツをネットワーク上に乗せることは簡単ではない。例えば、サービスVR寄付研究部門で開発した、航空会社の受付スタッフの訓練用コンテンツをMozilla Hubs上に移すと、身体の一部を表示できなくなるなどの課題が生じるという。

「例えば、メタバース空間の同じ部屋にいる20人のユーザーが自由に手足を動かし、その表現が共有されるということは、20人全員に各自の手や足の座標情報を同時に送ることになります。このため、(一般的な環境であれば)たちまちネットワークがパンクします。そのため(現状では)必要最小限の表現にまでスリムダウンせざるを得ないのです」(伊藤氏)

 こうした、従来型VRコンテンツをネットワーク上に移す際に生じる課題をひとつひとつ解決していきながら、実践的な技術や知見を蓄積していくとのことだ。

メタバース普及に向けた研究も

 VR/メタバース実践寄付研究部門の研究内容の中で、特に興味を惹かれたのが「社会普及力に富むVRインタフェースの研究」だ。

 廣瀬氏は、一般の人に向けてメタバースを普及していくためには、「従来の大規模なVR装置ではなく、簡易かつ小型なVR装置を積極的に利用していく必要がある」と主張する。その際、特に重要となるのが、錯覚現象を利用し、実際には身体にかかっていない力を感じさせる「疑似触覚」の仕組みだという。

 その一例として提示したのが、「Yubi-Toko」という移動インタフェースだ。タブレット上に表示される雪道を、指でスクロールしながら進んでいくときに、雪道に足跡がつく視覚的効果や、「ザクザク」という聴覚的効果により、まるで雪の上を移動していているかのような錯覚を感じさせる。

「この他にも、座ったままの状態で歩いた感覚を作り出したり、限られたスペースで広大な空間の歩行体験を作り出したりする装置も研究されています。こうした技術を我々は『No motion VR』と呼んでいますが、これらは巨大な力学的な装置を使うのではなく、ソフトウェア的に多感覚を作り出していることが大きなポイントです。今すぐのメタバースというと、視覚と聴覚が中心となりますが、将来を見据えこうした多感覚型技術も研究しておくと、今後のメタバース普及の大きな力になると考えています」(廣瀬氏)

 さらに廣瀬氏は、人の神経を直接刺激する「神経直接刺激インタフェース」も重要になると説明する。

「例えば、耳に後ろあたりにある前庭器官辺りを電気刺激すると、人は違った方向に重力を感じるようになります。こうした『神経直接刺激インタフェース』は、今までのVRの入力装置と違い、もう少し脳に近いところを刺激するもので、ロードマップ的にはもう少し後に活用されると言われていたものです。しかしメタバースの登場自体、ロードマップの前倒しが起こっているわけですから、そういう意味では、本研究部門の研究対象に『神経直接刺激インタフェース』を加える意味は少なくないと考えています」(廣瀬氏)

 VR/メタバース実践寄付研究部門は、これから3年間設置される。その活動が、実社会におけるメタバースのさらなる普及につながることを期待したい。

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有限会社ガーデンシティ・プランニングにてライティングとディレクションを担当。ICT関連や街づくり関連をテーマにしたコンテンツ制作を中心に活動する。