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「メタバース」と「VR」の違いはどこにある?〜廣瀬通孝東大名誉教授の講演から

「日本ものづくりワールド2022」における講演『VRからメタバースへ』に登壇した廣瀬通孝氏

「日本ものづくりワールド2022」における講演『VRからメタバースへ』に登壇した廣瀬通孝氏

 近い将来、社会や経済、個人のあり方に変革を起こすテクノロジーの新たな波がやってくると言われている。「web3」「NFT」などとともに、その重要なキーワードのひとつが「メタバース(Metaverse)」だ。

 メタバースは、ユーザーがアバターなどを使って生活し、社会・経済活動を行う仮想世界のことを指す概念で、VR(Virtual Reality=仮想現実)より少し広義なものだ。このメタバースを、VR研究者はどのように捉え、どのような未来の到来を予測しているのだろうか。

 2022年6月22日(水)〜24日(金)に、東京ビッグサイト(東京都江東区)にて「日本ものづくりワールド2022」 が開催された。その中で、東京大学名誉教授/先端科学技術研究センター・サービスVRプロジェクトリーダーの廣瀬通孝氏が登壇し、『VRからメタバースへ』と題した講演を実施した。講演ではメタバースと従来型VRとの決定的な違いや、今後はより重要性が増すであろう技術について解説した。

ロードマップの大幅な前倒しが起こっている

 まずメタバースに大きな関心が寄せられている現状に対して廣瀬氏は、「(時代の流れが)予想よりも早かった」と分析する。

 廣瀬氏は数年前に自身が作成した「VR技術のロードマップ」で、2020年頃にVRの「ネットワーク化」が起こり、2030年頃にかけて「プラットフォーム化」が進むと予測していた。

「我々は今ブラウザを使ってインターネットにアクセスしていますが、そういった形でVRがプラットフォーム化していくだろうと考えていました。しかし、これが予想よりもかなり早かった。プラットフォーム化というのは、まさにメタバース化ですが、一気にロードマップの前倒しが起こっているというのが、現状だと思います」

 メタバースとVRの違いについては「(メタバースが)複数人のコミュニティである点」だと指摘する。

「メタバースは、ARやVRと同義語のようにも思えます。しかしVRでは、たくさんの人が(同時に)入ってくることは真面目に考えていません。例えば(この会場にいるような)人数をログインさせた場合には、今のVRシステムの多くは落ちると思います」

 その一方で、メタバースでは、多人数が参加し、ストレスなくコミュニケーションできることが重要になる。

「(メタバースでは)コミュニケーションというものが非常に重要で、その中でコミュニティが作られる、SNS的な意味を持っています。そういう意味では、VRはインターフェイスが重要なのに対し、メタバースはそれ以外の要素も重要になってくるのだろうと思います」

生き残るのは「効率よくリアリティを発生する技術」

廣瀬氏は、1989年に米国VPLリサーチ社のJ.Lanier氏が世界で初めて「Virtual Reality」という言葉を使った頃からVR研究に携わっている
廣瀬氏は、1989年に米国VPLリサーチ社のJ.Lanier氏が世界で初めて「Virtual Reality」という言葉を使った頃からVR研究に携わっている

 ではメタバースの普及にあたって、どういった技術が重要になってくると考えているのだろう。廣瀬氏はまず、ネットワーク技術の重要性を挙げる。

「今まで、VRとネットワーク技術の間には少し距離がありました。しかし、5Gには同時接続というものがありますが、これはメタバースの世界が出てくるときに役立つものと考えられます」

 さらに関心を寄せているものとして、アバターの技術を挙げた。

「バーチャルワールドの中に自分自身が入って行き、いろいろとコミュニケーションをとるときには自分の身体を持たないといけませんから、そういう人形を持つことは極めて重要になります」

 特に興味深いのは、「(ひとりが)複数の身体を持つ」あるいはその逆で「夫婦などパートナー同士でひとつの身体をシェアすることが可能になる点」だと指摘。

「(そうすると)身体と自分との関係がものすごく多様になってきます。それと社会がどのような関係を持つのだろうということですね。これからは単にアバターという技術だけでなく、もっと社会学的なところまで話が広がっていくのではないかと考えられます」

 もう一点、重要なのが「疑似触覚」を生み出す技術(※)だという。

参考記事 『東大VR研究「五感インタフェース」で得られるより豊かな疑似体験とは?』

 疑似触覚とは、錯覚現象をうまく利用することで、実際には身体にかかっていない力を感じさせる仕組みだ。講演中に廣瀬氏がその例として挙げたのは、雪面での“歩きにくさ”を疑似体験できる移動インターフェース「Yubi-Toko」だ。タブレット上に現れるバーチャルな雪道を、指でスクロールしながら進んでいくものだが、雪道に足跡がつく視覚的効果、「ザクッ」「ザクッ」といった雪を踏む聴覚的効果などがあいまって、まるで雪の上を移動していているかのような錯覚を感じさせるというものだ。

「こういう(身体の錯覚を利用する)技術は、大規模なハードウェアを必要としません。真面目にいろいろな感覚を発生させるわけではなく、心理学と上手に混ぜることで、非常に効率よくリアリティを発生させるものです。こういうタイプの技術はすごく簡単だし、軽いし、一般家庭の中に入りやすいため、社会普及力は非常に高い。こういったものが、おそらくこれから生き残り、メタバースという世界を構成していくのだろうと思います」(廣瀬氏)

 メタバースの普及で重要度が増す技術がある一方、コロナ禍が契機となり、新しいメタバースのテクノロジーへと組み換えられていく、従来型のVR技術は少なくないと廣瀬氏は指摘する。

「今VRがメタバースに進化しようとしたときに、どうしても避けて通れないのが、(恐竜が巨大な隕石によって滅んだときのような)グレートインパクトによる、技術の進化(と淘汰)です。このダイナミズムが今VRの世界には起こっていて、非常に興味深い局面に我々は直面しているものと考えられます」

 講演の最後に廣瀬氏は、犬の「騙し絵」のスライドを写し出し、現在の社会がコロナ禍以前の世界に後戻りできない状況にあることを示唆した。

「これは、よく見ると犬が見えてくる騙し絵です。大事なのは犬が見えるかどうかではなく、犬が見えてしまった人は、犬が見える前の自分に戻ることができないということです。結局我々は見てしまったわけです。リモートでもやっていけるということを見てしまったわけです。それがとても良かったものだから、僕は現実社会と再アダプテーション(適応)している最中ですが、そのようなことで、社会は変わっていくのだと思います」

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有限会社ガーデンシティ・プランニングにてライティングとディレクションを担当。ICT関連や街づくり関連をテーマにしたコンテンツ制作を中心に活動する。