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サービス業で「令和VR」の新たな役割を見出す東大が新拠点を設立

東京大学VR教育研究センター内に設置された「サービスVR寄付研究部門」担当教員の廣瀬通孝氏(東京大学大学院情報理工学系研究科教授)

東京大学VR教育研究センター内に設置された「サービスVR寄付研究部門」担当教員の廣瀬通孝氏(東京大学大学院情報理工学系研究科教授)

 1989年6月、アメリカのベンチャー企業「VPL(Visual Programming Languages)」がサンフランシスコで行われた通信技術系の展示会で、ヘッドマウンテッドディスプレイ(以下、HMD)を使ったシステムを発表した。そのとき「VR(Virtual Reality:仮想現実)」という言葉を使ったのがVRの歴史の始まりだと言われている。

 その時から30年を経た現在VR技術は、産業界では主に製造業でモックアップや設計図の作成などで利用が進められてきた。しかし近年、サービス業においてもVRを活用しようとさまざまな試みが始まっている。

 こうした状況を受け、東京大学は2019年11月、連携研究機構VR研究教育センター (以下、VRセンター)内に「サービスVR寄付研究部門」を設置。同研究部門では、株式会社セブン&アイ・ホールディングス(小売り)、東日本旅客鉄道株式会社(鉄道)、森ビル株式会社(不動産)など各種サービス業に携わる企業からの寄附を元に、VR/AR技術のサービス産業への活用を目的とした研究を行い、日本のサービス産業の競争力向上に貢献していくという。

 具体的にどのような研究を行うのか。また、どういった狙いがあるのか。VRセンター・センター長で、サービスVR寄付研究部門担当教員の廣瀬通孝氏(東京大学大学院情報理工学系研究科教授)に聞いた。

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VRの研究開発は「第一次ブーム」と「第二次ブーム」に分かれると解説する廣瀬氏
VRの研究開発は「第一次ブーム」と「第二次ブーム」に分かれると解説する廣瀬氏

 まずはサービスVR寄付研究部門を設立した背景について聞いた。

 VRの研究開発は、1989年から2019年までの「第一次ブーム(平成VR)」と、2019年から始まる「第二次ブーム(令和VR)」に分かれる。

「第一次ブームの担い手は製造業の企業だったが、第二次ブームではサービス業に移りつつあります」(廣瀬氏)

 その背景には、日本の製造業が勢いを失いつつある一方で、サービス業にはまだ改善の余地とポテンシャルがあること。さらに、HMDなど関連機器の低価格化やユーザビリティの向上から、情報通信技術に通じた企業でなくてもこの分野に参入しやすくなったことなどが挙げられる。

 ではサービスVR寄付研究部門は、具体的にどのような研究を行うのか。

 廣瀬氏は、「対人サービス」と「空間サービス」の2つの観点から研究を行っていくとし、まず対人サービスに関しては、コンピューターが作り出す仮想空間に顧客アバターを作り、従業員の訓練に活用するための研究を進めると説明した。

 現在想定しているのは、航空会社などの受付カウンターのスタッフをトレーニングするための顧客アバターだ。お辞儀をする際の姿勢や言葉遣いなど、受付スタッフはさまざまなトレーニングを受ける必要がある。現状ではそうした訓練は、人間の教員が行っているが、顧客アバターが実用化されれば教員が訓練現場に来る必要がなくなり、効率があがる。対人サービスの研究では、こうした顧客アバターを作るための基盤となる技術を参加企業と共に研究開発していくという。

「例えば顧客アバターの怒りの度合いを変化させることで、訓練者のメンタルがどう変わるかを測る。こういったことで、いかにトレーニングに適した顧客アバターを作っていくかが大きな研究テーマになります」。

 もうひとつの空間サービスに関しては、企業が提供するサービス空間(店舗、駅、不動産など)における行動誘発のための基礎研究や、サービス空間の価値向上につなげる研究開発を行う。

 例えば鉄道会社では、駅ホームの階段付近などに乗客が滞留しないよう流動を促したいと考えているが、そうしたときに、いちいち物理的な構造物を作るのではなく、VR/AR技術を始めとする情報工学的な技術や心理学を活用する。

「具体的には、プロジェクションマッピングを使ってみたり、あるいは、ある場所では携帯電話の気持ちのいい振動を与え、そうでない場所では気持ち悪い振動を与えたり。そういったことで人の行動を誘発し、流動を促す研究を行うわけです」。

 また不動産仲介業者には、物件の広さなどを顧客に体験してもらうためにVR技術を使った空間シミュレーターを提供したいというニーズがある。東京大学の廣瀬・谷川・鳴海研究室では、狭い室内でも、HMDをかぶり円状の壁に沿ってぐるぐる歩くことで、無限にまっすぐ歩き続けている体験ができる「無限回廊」という技術を開発しているが、こうした技術を活用しながら、空間シミュレーター開発につながる研究を行っていくことも想定している。

サービス業と製造業の“ハブ”となる場に

 サービスVR寄付研究部門の活動期間は約3年と定められている。しかし、廣瀬氏は期間限定の研究で終わらぬよう、日本バーチャルリアリティ学会の中に「サービスVR研究会」を立ち上げ、「サービスVR」を新しい研究ジャンルとして確立しようとしている。

「もともと、我々一艘で船出したつもりだったのですが、実は内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)のプロジェクト『人工知能と融合する認知的インタラクション支援技術による業務訓練・支援システムの研究開発』と表裏一体であったり、今まで関わりが少なかった金融系の人たちが興味を持ち始めたり。いろいろな方面から密接な関係ができつつあります。大艦隊とまではいきませんが、ひとかたまりの集団ができつつある状態。今回拠点ができたことで活動がさらに発展していくのではと考えています」。

 さらに廣瀬氏は、サービスVRの活動は、「日本のサービス産業と製造業の両方の競争力向上につながる」と持論を展開した。

 観光業をはじめとするサービス産業はこれからまだ伸びる可能性がある。例えばホテル業などは人手による業務比率が高く、設備投資や技術開発によって生産性をあげるという考え方がまだ浸透していない。このため生産性においては、製造業に大きく遅れを取っているケースが多い。

 一方製造業は、生産性は高いものの、サービスという概念がまだ浸透しておらず、GAFAをはじめとする海外企業に活躍の場を奪われ続けている。この状況を改善するには、従来の重厚長大なものづくりから、周りの状況にどんどん対応するアジャイル型の研究開発に転換する必要がある。とすると、顧客の要望に合わせてサービス内容を柔軟に変化させるサービス業型の考え方に触れることは、大きな意味を持つだろう。

「もともとVR研究にたずさわる人の多くは製造業畑の人間です。ですから、サービスVRの活動を通じて、サービス産業の人材と製造業の人材をうまくミックスできるかもしれません。サービス産業の人は技術について知識を深め、製造業の人はサービスのことを知る。サービスVR寄付研究部門が、そういうハブのような場になればと期待しています」。

庄司健一 Written by
有限会社ガーデンシティ・プランニングにてライティングとディレクションを担当。ICT関連や街づくり関連をテーマにしたコンテンツ制作を中心に活動する。