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早川書房とメディアドゥ 「NFT電子書籍」付き新書シリーズの創刊を発表

「ハヤカワ新書」の創刊会見にて

「ハヤカワ新書」の創刊会見にて

 デジタルアイテムに「一点物」の価値を付加するNFT(Non-Fungible Token、非代替性)。これまで、デジタルアートの領域で活用されることが多かったが、出版業界で、NFT化した電子書籍を流通させる試みが新たに始まった。

 2023年6月1日、株式会社早川書房(東京都千代田区)と、電子書籍取次の株式会社メディアドゥ(東京都千代田区)は、早川書房が立ち上げる新書レーベル「ハヤカワ新書」の創刊ラインナップ5作品について、新書の本編と同じ内容が収録された「NFT電子書籍」がセットで付いてくる「NFT電子書籍付き新書」の提供を、通常版と同日の6月20日に発売すると記者発表した。

 「NFT電子書籍」は、紙の新書に付いているカードのQRコードを読むことでメディアドゥのNFTマーケットプレイス「FanTop」に遷移し、そこで取得できる。「EPUB」フォーマットの電子書籍となっており、通常の電子書籍と同様にスマートフォン上で読むことができる。作品によっては、追加テキストや動画、音声、画像など、NFT電子書籍のみで鑑賞できる限定コンテンツも収録され、「より豊かな読書体験を提供できる」(早川書房代表取締役副社長 早川淳氏)ものになるとのことだ。

登壇中の藤田氏
登壇中の藤田氏

 さらにメディアドゥ代表取締役社長CEOの藤田恭嗣氏は、「NFT電子書籍」は、ブロックチェーン技術により、どのユーザーが入手・所有しているのかが証明できるため、「FanTop」上で、二次流通(売買)することも可能となる。加えて、「FanTop」ではユーザー間での二次流通(売買)が成立するたびに、権利者へ収益を分配する仕組みが設けられており、「二次流通、三次流通と、どんどん転売されていこうが、(そのたびに)作家の先生や出版社様に印税をしっかりとお戻しできるようになる」と強調する。つまり、これまで出版社や著者が収益化する手段を見出せなかった二次流通市場においても、出版社や著者が利益を得られるようになる可能性が出てきたというわけだ。

「この取り組みを、日本の出版社様をはじめとして、世界の出版社様にもご理解いただき、新たなマーケットを作る第一歩にしたいと思います」(藤田氏)

二次流通の仕組みは?

「FanTop」について解説する佐々木氏
「FanTop」について解説する佐々木氏

 では、二次流通において出版社や著者に利益が分配される仕組みとは、どのようなものなのか。

 メディアドゥFanTop事業本部部長の佐々木章子氏は、まず前提として、従来のNFTマーケットがアート作品を多く扱うのに比べて、「FanTop」は「出版社や著者などから権利許諾された著作物(デジタルコンテンツ)」のみを流通させるものであり、特に「印税配分を前提に作られている」ことが大きな特徴だと説明する。

 その仕組みは下図の通りだ。従来のアート作品を扱うNFTマーケットにおいては、二次流通(売買)が行われた場合は、下図・下側のグラフのように、ユーザー(売り手)への利益還元が9割近くを占め、残りをプラットフォーマーが手数料として得るケースが多い。この場合、クリエイター側に収益がもたらされることはない。

 一方、「NFT電子書籍」を流通させる「FanTop」(下図・上側のグラフ)では、作品ごとに、著者や出版社が「コンテンツ利用料」(つまり印税)を設定できる。ユーザー間で二次流通(売買)が行われるたびに、その収益の中から、コンテンツ利用料が著者や出版社に支払われるため、著者や出版社にも収益がもたらされ続けるとのことだ。

印税配分を前提とした「FanTop」の仕組み(画像提供:メディアドゥ)
印税配分を前提とした「FanTop」の仕組み(画像提供:メディアドゥ)

「印税分配を前提とした『FanTop』は、(従来のアートを扱うNFTマーケットのような)投機的なものではなく、クリエイターに利益を還元することを目指したプラットフォームとなっています」(佐々木氏)

 佐々木氏は、こうした仕組みにより、出版社や著者には「印税配分」や「(『NFT電子書籍』を前提とした)新しい企画のクリエイション」を、読者には「より深く楽しめる読書体験」を、そしてリアル書店にも「単価上昇や来店促進」の機会をもたらし、出版業界に“4方良し”の状況を生み出したいと語った。

「苦い体験」を繰り返さないために

 記者発表の後半では、早川書房 事業本部本部長の山口晶氏、同ハヤカワ新書編集長の一ノ瀬翔太氏、メディアドゥ取締役副社長COOの新名新(にいな・しん)氏が登壇。「NFT電子書籍」および新しい読書体験に関する鼎談を行なった。

鼎談の様子(左側から新名氏、山口氏、一ノ瀬氏)
鼎談の様子(左側から新名氏、山口氏、一ノ瀬氏)

 鼎談では「NFT電子書籍」で提供するコンテンツのアイデアや二次流通マーケットに対する期待などさまざまなテーマが語られたが、特に新名氏が、出版業界関係者に向けて語った締めのコメントが印象深かったので紹介したい。

 もともと出版社に勤めていた新名氏は、今の状況を見て「電子出版の黎明期を思い出す」という。電子出版の黎明期にドイツの出版業界では、書店や取次、出版社などが関わり、電子書籍端末「tolino(トリノ)」を生み出し、アマゾン社の「Kindle(キンドル)」に対抗するものへと育てていった歴史がある。しかし電子出版の黎明期、日本においては、電子書籍は「敵」だとみなされ、紙書籍のプレイヤー(出版社など)は積極的な関わりを避けたと新名氏はいう。

「その結果、何が起こったかというと、今、皆さんがご覧になっているように、電子書籍のマーケットのおいしいところは、既存の出版業界の外の皆さんに持っていかれた。これが私の中で非常に苦い体験として残っています。

 一方、NFTというのは黎明期にいます。この黎明期に、早川書房さんのような78年の歴史がある老舗がファーストペンギンになっていただけたのは、これは電子書籍の黎明期とはちょっと違うぞ、やっと日本の出版業界も目覚めたぞという感じがしています。ぜひ新しい出版の未来へ、参加しようという出版人がたくさん出てきてくれると嬉しいなと思います」(新名氏)

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有限会社ガーデンシティ・プランニングにてライティングとディレクションを担当。ICT関連や街づくり関連をテーマにしたコンテンツ制作を中心に活動する。