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インターネットの歴史をヒントに「惑星間インターネット」の現状と未来

「Interop Tokyo 2023」の基調講演「The Interplanetary Internet- 宇宙へ広がるインターネット市場 -」の様子

「Interop Tokyo 2023」の基調講演「The Interplanetary Internet- 宇宙へ広がるインターネット市場 -」の様子

 今やインターネットは、地球規模で人類を支える社会・経済のインフラへと発展した。その一方、人類の活動領域は、地球上にとどまらず、月や火星、さらにその先の深宇宙へと拡大しようとしている。そうした中で、大きな課題となりつつあるのが、宇宙活動のインフラとなる「通信」をいかに整備するかだ。

ヴィントン・サーフ氏のビデオメッセージも
ヴィントン・サーフ氏のビデオメッセージも

 この問題に関して、インターネットの根幹となる通信プロトコル「TCP/IP」の開発者の一人で、“インターネットの父”と言われるヴィントン・サーフ(Vinton Gray Cerf)氏らが提唱しているのが、「惑星間インターネット(Interplanetary Internet)」という考え方だ。惑星間インターネットとは、地上で発展したインターネットを宇宙空間に拡大するもので、宇宙船や人工衛星などの「宇宙機(spacecraft)」と地上局や、惑星間などをつなぐ通信ネットワークを指す。

 ヴィントン・サーフ氏は、Internet Society(インターネット協会)内に、「IPNSIG(Interplanetary Networking Special Interest Group)」を設立。「人類の利益のためにネットワークを惑星間空間に拡大する」をビジョンに掲げ、その実現に向けた技術やポリシー、ビジネスのあり方について検討を進めている。

 2023年6月14日〜16日に、幕張メッセ(千葉県千葉市)にて「Interop Tokyo 2023」が開催された。その中で、IPNSIGのChairperson(会長)で、宇宙航空研究開発機構(JAXA)で宇宙通信の研究に携わる金子洋介氏と、こちらもまた“日本のインターネットの父”と言われる慶應義塾大学教授の村井純氏がモデレーターとして登壇。「The Interplanetary Internet- 宇宙へ広がるインターネット市場 -」と題した対談を行い、宇宙通信の開発状況や、そこに地上で培ってきたインターネット技術をどう活用できるかなどについて議論した。

宇宙における通信ネットワークの現状は?

 現在、宇宙における通信ネットワークは、どういった開発段階にあるのだろう。

宇宙における通信ネットワークについて説明する金子氏
宇宙における通信ネットワークについて説明する金子氏

 金子氏はまず地球低軌道(高度2千メートル以内)について、将来的に商業宇宙ステーションが登場したり、民間の旅行用ロケットが打ち上げられたりするなど、「経済活動の場へとどんどん変わろうとしている」と話す。

 そして、その次の舞台が「月」であり、新たなビジネスフィールドとして展開しており、特に2025年以降に有人の月面着陸を成し遂げ、月で持続的な調査活動を行う米国NASAなどが進める「アルテミス計画」が大きな原動力になっていると説明した。

「こうした探査の動きがある中で、月の通信インフラの展開ということが検討されています」(金子氏)

 金子氏によると、現在、月の通信インフラプロジェクトとして計画されるのが、NASA(アメリカ航空宇宙局)の「LunaNet」と、ESA(欧州宇宙機関)の「Moonlight」の2つであり、多くの企業や大学が参入を表明するなど「非常に高い関心が得られている」とのことだ。

「そして、さらにその先の時代を見ていくと、月面に基地ができたり、火星に基地ができたりしていくだろうと。こういういろいろな要素が地球と全部つながって通信ネットワークのバックボーンができてくるのじゃないかと考えています。これをいわゆる『Interplanetary Internet(惑星間インターネット)』と、我々は呼んでいます」(金子氏)

インターネットの歴史から学べること

 金子氏が会長を務めるIPNSIGでは、今後の宇宙通信のインフラの展開を、以下のように考えているという。

 現在の宇宙通信は、基本的に政府や宇宙機関が持つ宇宙通信のネットワークに、一部の民間企業が接続している状態だ。これが、少し未来になると、民間企業や大学がバックボーンとなる宇宙通信のネットワークが出現し、それぞれがIX(Interplanetary Exchange point:惑星間ネットワークの相互接続ポイント)でつながる時代がやってくる。

「さらに10年、15年先になると、民間企業や大学がバックボーンとなるネットワークが主流になっていく。これを、全てのユーザーが使う時代がくるかもしれないといったことを我々は考えています」(金子氏)

 さらに金子氏は、個人的な考えとしながら、「宇宙での(通信ネットワークの)相互接続の時代を想像していくと、ひょっとすると、インターネットの歴史にかなり近いものになるのではないか」との見解も示した。

 インターネットの黎明期(1980年代)には、ARPANetやCSNet、NSFNetなどさまざまなネットワークがバラバラに運営されていたのを、ヴィントン・サーフ氏らが提唱した通信プロトコル「TCP/IP」を用いて相互接続し、ひとつのネットワーク、つまりインターネットが誕生したという経緯がある。宇宙の通信ネットワークが相互接続していくときにも、これと似たことができるのではないかということだ。

当日のスライド
当日のスライド

 加えて金子氏は、インターネットが成功したポイントとして、「『TCP/IP』という単一の技術方式」が定義されたこと、「オープンな技術標準化の仕組み」を確立できたこと、多様な人が参加できる「マルチステークホルダ・ガバナンス」の仕組みができたことを挙げた。

「まずは、深宇宙の通信に耐えられる『深宇宙通信プロトコル技術(DTN※)』の構築。それから『オープンな技術標準化の仕組み』。これはインターネットからしっかり継承していいと思います。それと、やはりいろいろなプレイヤーが入ってくるということで、『協調的なガバナンス』をいかに構築できるか。これら3つがキーポイントになってくるのではないかと思います」(金子氏)

※Delay/Disruption-tolerant Networking、中断や切断の多発、大きな伝達遅延が生じる通信環境でも、信頼性のあるデータ転送を実現する通信方式

「やはりインターネットからの学びは多いと思います。先ほどお話した通り、単一の技術的な方式を定義したことと、オープンな標準化の仕組み、それからインターネットからのガバナンスの教訓、こういったことを踏まえながら、惑星間インターネットに取り組むべきだと思います」(金子氏)

登壇中の村井氏
登壇中の村井氏

 一方、地球上のサービスであるインターネットにはない課題もある。例えば月面における1日は、昼が2週間続き、その後、夜が2週間続くという。すると時間や暦に関しては地球と同じでいいのか?また月は誰のものでもなく、国家は存在しない、そうなるとIPやASNの割当は誰がどのように行うのかなど地球とはまた別の課題がある。その上で、講演の最後に村井氏はこうしたところが「大変おもしろいポイント」だと会場に訴えた。

「私たちは地球と同じ(インターネットの)技術を作ろうとしていますが、実は1日は24時間じゃないなど、地球での常識にとらわれないように開発を進めなければいけません。月面は(地球と)全然違うこともありますから、どんな技術が、どんな風に生かされ、どういう風に開発していかないといけないのか、考えていかないといけません。実はそういうところが、みなさん、大変おもしろいポイントです。(アルテミス計画では)2025年には月に着陸する計画です。時間はあまりないが、逆にいうと、今からおもしろい。多くの方に興味を持っていただければと思います」(村井氏)

 まだ、今からでも遅くない。“宇宙のインターネットの父・母”に名のりを上げたい人は、この企てに参加して見ては!?

※参考 IPNSIGのサイトはこちら

Written by
有限会社ガーデンシティ・プランニングにてライティングとディレクションを担当。ICT関連や街づくり関連をテーマにしたコンテンツ制作を中心に活動する。