2022年、新しいもの好きの人たちの話題を、ChatGPTなどの「生成AI」にもっていかれたかのように見える「web3」は、苦難の道に入ったように見える。しかし、現時点で日々の話題を独占するAIも“第4次ブーム”と言われているように、この数十年、「持ち上げられては落とされて」を繰り返してきた。つまり話題の表舞台から降りても、それが必要なものなら技術は進展し、制度は整備されていく。
6月16日に東京ミッドタウン八重洲で「Web3 Future 2023(主催:株式会社Ginco 株式会社GiveFirst)」が開催された。セッションのテーマは、国家戦略から、地方自治、金融、ゲームなど多岐にわたった。
■「web3からAIへ」というのは……。
基調講演を行ったのは、自由民主党のweb3プロジェクトチーム座長の平将明衆議院議員だ。講演中の話題として、G7を前にして欧米のIT政策担当者と懇談を重ねてきたある大臣から「平さん、web3って言っている人は誰もいないよ。みんなAIだと言っている」と話しかけられたことを披露した。
この話からもわかるように、今年になってから政治の世界でも、話題は「AI」であり、特に暗号通貨取引のFTXが破綻した米国では、「web3」の話題は忌まわしい印象すらある。
しかし、「『web3からAIへ』というのは何もわかっていないことを自ら吐露するのと同じで、ブロックチェーンとAIは相互に作用しながら進化するもの」と平議員は話す。さらに規制ありきではなく、実際に使ってみて「テクノロジーがどう転がるのかを見極める」そうしたイマジネーションの力が政治家に求められているとの認識を示した。
また、講演のなかでは税・法制で課題となっている各項目についての検討進捗状況にもふれた。こちらはちょうどこの日(16日)公表された「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2023改訂版」にある通りで、いくつかの課題については整備がすすんだものの、いまだ懸案のままとなっているものもあり、今後の進展を待つことになる。
■冬を春にするのは人の力
続いてのパネルのタイトルは「日本再興に向けた国家戦略としてのWeb3」。モデレーターは金融庁の牛田遼介氏。パネラーとして神田潤一衆議院議員、ジョージタウン大学の松尾真一郎研究教授、そして主催の株式会社Ginco 代表取締役の森川夢佑斗氏が登壇した。
国家戦略としての制度整備に当たって、「新たな技術がどのように利用されるのか、ユースケースの整理が必要では」との前提で始まった。
「トークンは容れ物であり、その背景に(中に)何があるのかが大事」と語る森川氏は、ユースケースとしては全く新規の使い方もあり得るが、既存の産業・サービスとの組み合わせでより利便性が高まるケースがまず有望なのではと話した。
例えばNFTアートは、全世界規模での流通性と換金性の良さで、クリエイターの懐事情を良くし、創作環境は改善された。ただ、「(web3の)テクノロジーとしてのメリットは顕在化してきているが、一般ユーザーがアクセスするにあたってのUI/UXはまだまだ課題がある」(森川氏)。ウォレットなどのweb3関連のツールがなかなか普及しない現実などを踏まえ、自己主権型で管理をすることに重点をおいてきたこれまでのあり方も含め、個人の負担が企業の工夫によって軽減される方法も考えてもよいのではとの提言も発せられた。
国家戦略を立案するに当たって、政府があらかじめユースケースを“決め打ち”すべきでないと考える松尾氏は、「ユースケースについての質問にはいつも『わかりません』と答える」と言う。政府がすべきことは、ユースケースを決め打ちから出発する議論ではなく、ブロックチェーン等の技術をよく理解して、それを使える人の数を増やし、そういった人がイノベーションを起こしやすくするにはどうすればいいのかを検討することが大切で、結局それがより多くのユースケースを生み出すことになると話した。
さらに松尾氏は、「『クリプト・ウィンター(crypto winter=暗号通貨の“冬”)』という言葉は、人が何もしなくても次は自然と“春”が来るような誤解を招くので、使うのをやめたほうがいいと思う」とかねてからの持論を述べた。技術の発展を維持し、秩序を回復させ、“冬”を“春”にするには人による努力と営みが必要になるということだ。
ここからバネルディスカッションの話題は人材の話に転じた。
web3人材に関しては、海外から起業志向のある人材を呼び込むための「外国人起業活動促進事業」の一環で、スタートアップビザの制度が国内のいくつかの自治体で実施されていることや、web3関連イベントを開催し、海外から関係者を呼び込むことで事業熱を高める試みがなされていることなどが、神田議員から説明された。また、国内人材の育成ということでは、世界の才能が競いあうトップカンファレンスの海外現場に優秀な人材を出し、グローバルな視野と、イノベーションの最前線で生まれる知識を得る必要があり、そういった人材を発掘し支援することの重要性を松尾氏が指摘した。実際に自身が関係する海外のカンファレンスに参加した若く優秀な日本の人材が、現地で刺激を受けたとことでブロックチェーンの学術的研究世界へと転身した事例も紹介した。
パネルの最後はやはりAIの話題。生成AIが社会のさまざまな分野に浸透するのは止められない流れである。そうなると今以上に大量に発信される書類や画像の真偽、あるいはそれらが人の手によって作られたものなのか否かを見分ける必要がでてくる。そこで、唯一性や真贋を証明したり、制作過程をトレースすることができるweb3の技術は、AI普及後の世界でも重要な役割を果たすことになるというのは、登壇者の一致した見方だ。
■web3特有の難題
かねてから言われてきたことだが、web3の技術は早い段階から、経済活動に影響を及ぼす資産や通貨といったものと密接に繋がった。また、中央集権型のガバナンスの対極にあるため、既存の組織や既得権者とのすり合わせも難しい。社会実装するには法や税制を新たにする必要があり国家規模の関与が必要になるのだが、日進月歩のイノベーションと年度単位の国の仕事では速度感が違いすぎる。
今回のイベント中の講演やパネルディスカッションの議論から見えてきたのは、技術はどんどん前に進み、それを社会実装するとグレーゾーンが広がる。事業家たちの「早く白黒つけてほしい」との声を受けて、web3への理解が進んだ一部の政治家、官僚たちが奔走しているが、制度改革には時間がかかり“待機”の時間が長くなってしまう。それが“停滞”に見えるが法や税に関係する以上、ある程度の時間が必要なのは止む得ないということだ。
その点AIは、チャットボットや議事録要約などの仕事の効率化や、個人の創作活動をサポートするなど用途を限定して利用する分には、国家規模の意思決定を待つ必要はない(権利や倫理などAIにも解決が必要な問題はあるが)。ChatGPTなど最新のAIの能力は個人でも手軽に試すことができるので、その性能に驚いた人の口コミはどんどん広がる。メディアも政治家も同様で、その結果、話題の中心はAIになる。
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こうしてweb3、さらにメタバースなども今はAIの話題の影に隠れた感はあるが、話題の有無に関わらずイノベーションは続いている。場を荒らす人や冷やかしだけの登場人物は去り、これまで抽出された技術や制度上の課題をフィックスするための作業を粛々と継続する人たちがいる。何年かして、こうした仕事が整った時、また世間がweb3(web4かもしれないが)を話題にするようになるだろう。