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【日本人が知らない 、世界のスゴいスタートアップ Vol.3】脱炭素ビジネス、勝つためには技術だけじゃ足りない

「脱炭素ビジネス、勝つためには技術だけじゃ足りない」イメージ図

「脱炭素ビジネス、勝つためには技術だけじゃ足りない」イメージ図

連載「日本人が知らない、世界のスゴいスタートアップ」では、海外のベンチャー投資家やジャーナリストの視点で、日本国内からでは気が付きにくい、世界の最新スタートアップ事情、テック・トレンド、ユニークな企業を紹介していきます。第3回のテーマは「脱炭素建材のイノベーション」です。(聞き手・執筆:高口康太)

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 ここ数年、よく目にするのが脱炭素というテーマだ。EV(電気自動車)や再生可能エネルギーについてはニュースで見かけることも多いが、必要な取り組みはそれだけではない。

 ビル・ゲイツ著、山田文訳『地球の未来のため僕が決断したこと』(早川書房、2021年)によると全世界で年に510億トン(二酸化炭素換算)の温室効果ガスが排出されている。うち27%が電力、31%が製造、19%が食料生産、16%が移動、7%が冷暖房と内訳を示し、それぞれの分野でどのようなテクノロジーやソリューションを使えば、温室効果ガスの排出量をゼロにできるかという展望をこの本では示している。

 非常に面白い内容で、世界中の家畜の牛のげっぷやおならに含まれるメタンは、二酸化炭素換算で20億トンに達するという(私のように知らなかった人間には驚きの)小ネタや、「長距離バスやトラックにとってバッテリーはあまり実用的な選択肢ではない。動かす乗り物が大きくなればなるほど、そして充電なしで運転する距離が長くなればなるほど、電気でエンジンを動かすのはむずかしくなる」として、バイオ燃料や燃料電池などEVとは別の解決策が必要になることをロジカルに論じている点も勉強になった。

 本書の中でも一番印象的だったのは、多くの分野で、それぞれが脱炭素に取り組む必要があるという点だ。いわゆる気候テックの裾野は広いので、資金の出し手であるベンチャーキャピタルも広い視野が必要になる。

 ベンチャー投資家として、世界の最新テック事情、スタートアップ事情に精通しているマット・チェン(※)さんに、気候テックの観点で注目される企業について聞いた。

※鄭博仁(マット・チェン)ベンチャーキャピタル・心元資本(チェルビック・キャピタル)の創業パートナー。米国、中国を中心として世界各地のベンチャー企業に出資している。起業家時代から約20年にわたり第一線で活躍する有力投資家として、中国で「エンジェル投資家トップ10」に選出されるなど高く評価されている。

――少し前はWeb3への関心が強いと聞きましたが、最近は気候テックにも注目されているとか?

マット・チェン(以下、M):1.5℃目標をご存知ですか? 2015年の国連気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)で採択されたパリ協定などに基づき、気温上昇を産業革命の前と比較して1.5℃以内にとどめることを目指す目標です。

この1.5℃とは科学者たちが割り出した、地球が許容できる限度です。もしこれ以上の気温上昇、たとえば産業革命前と比べて2.0℃の上昇となったらどうなるでしょうか? わずか0.5℃の違いですが、その差は大きい。ロイターの報道が伝えるところによれば、過去には10年に1度しか起きなかったような猛暑が発生する確率が1.5℃ならば4.1回に増加、2.0℃ならば5.6回と、2年に1度以上のペースで起きると予測されています。穀倉地の不作による食糧危機の可能性、森林火災の頻発などさまざまな危機が加速します。

――日本企業の取り組みも進んでいます。気候変動に関する取り組みを表明するTCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures気候関連財務情報開示タスクフォース)開示を行った日本企業も増えています。

M:それでも、削減はまだまだ不十分です。昨年11月のCOP27では「閉まり続ける扉(The Closing Window)」がテーマとなり、対策の遅れが問題視されました。現在、各国が提出した目標では気温上昇は2.4~2.6℃という高水準に達すると予測されています。アントニオ・グテーレス国連事務総長は「私たちは気候変動の地獄に向かう高速道路にいるが、まだアクセルを踏み続けている」と警鐘を鳴らしました。

欧米を中心に脱炭素の取り組みは強化が続いていますし、協力しない企業はマーケットから弾き出されるでしょう。となれば、GX(グリーン・トランスフォーメーション)はきわめて有望な投資分野ですし、社会的意義も大きいと考えています。

――GXの中でも特にマットさんが注目している分野はありますか?

M:脱炭素というと、太陽光発電などの再生可能エネルギーの開発、EV(電気自動車)など内燃機関の置き換えがよく取り上げられますが、それだけではありません。あらゆる業界が取り組む必要があります。

――確かに現在では、再生可能エネルギーなど特定の分野ばかりが注目されている印象です。

M:ひそかに大きな圧力にさらされている業界は少なくありません。その代表格がセメントです。国連環境計画によると、温室効果ガス排出の40%弱は建設業によるもので、工業や物流を上回る排出源なのです。中でもセメントは全温室効果ガスの8%を占めています。

セメントは主原料である石灰石を燃やして作られますが、その燃料から二酸化炭素がでます。また、その工程で起きる化学反応によって、二酸化炭素が排出されます。この化学反応を変えること自体はできないので、どんなに効率的な工程に改善しようとも、セメントを作れば必ず二酸化炭素が排出されてしまうのです。

元NBA選手の気候テック・スタートアップ

――対策しようがない、と。もうCCS(Carbon dioxide Capture and Storage、二酸化炭素を回収し地中に埋める技術)に頼るぐらいしかないのでは。

M:ところが近年、二酸化炭素を増やすどころか減らしてしまう、画期的な建設材料の研究開発が進んでいます。私たちチェルビック・キャピタルが出資した建材開発企業「Partanna」(パタナ)もその一つです。

同社は2021年の創業。あのロサンゼルス・レイカーズで3連覇を達成した元NBA選手のリック・フォックス、建築家のサム・マーシャルによって設立されました。脱炭素が世界的なトレンドになる中、エコなセメント代替材料にチャンスがあると見たのです。

社名と同じ名称のプロダクト「パタナ」はプラインと製鋼スラグを主な原材料としています。プラインとは淡水プラントから生み出される排水です。プラントでは作り出した淡水と同量程度の、塩分濃度が高い排水が排出されています。その量は全世界で年に350億立方メートルと膨大です。現在はほとんどが海に捨てられていますが、その海域の塩分濃度があがるなどの悪影響が懸念されています。

――淡水プラントにもそんなデメリットがあったとは。

M:淡水プラントは中東など一部の地域に集中しているため、その弊害も気になるところです。

そして、やはり製鉄の過程で生み出される廃棄物にスラグがあります。ブラインとスラグ、どちらも厄介者の廃棄物ですが、パタナはこの両者を組み合わせ、二酸化炭素を取り込んで固定化しセメントの代替物を作りました。一般的なセメントと同様の汎用性があり、大規模なインフラから防潮堤、商業ビル、住宅、道路などさまざまな用途に利用可能となります。

生産時に高温の燃焼工程がないため、製造するための二酸化炭素排出量が少ない。それに加え、パタナは固化する際に二酸化炭素を取り込みます。大気中から二酸化炭素を減らしてくれるわけです。

ちなみに1250平方フィートの家を建てた場合、130トンもの二酸化炭素を使う計算です。

技術だけじゃ勝てない

――調べて見ると、日本でも二酸化炭素を吸収するカーボンネガティブコンクリートの実証実験が進んでいるようです。

M:セメントという脱炭素にとっての“悪者”と一気に“善玉”に変える画期的技術は世界で研究が進んでいます。最終的にどの技術が主流になるかは予測できないわけですが、脱炭素のスケジュールから考えても、また他の企業が導入するまでに時間がかかることを考えても、スピード感を持った取り組みが求められます。

パタナは創業者のリック・フォックスがバハマ出身で、アンバサダーを務めているという縁もあり、同国と強いパイプがあります。バハマのフィリップ・デイヴィス首相は2022年末に開催されたCOP27で、パタナを使った世界初のネガティブカーボン住宅を1000戸建設する計画を発表しました。2023年中に第一陣となる30戸が完成します。また、サウジアラビアの高級リゾート開発プロジェクト「レッド・シー・グローバル」の植物園に使われることが決まったほか、米国のリゾート施設でも利用されています。

――セレブ経営者の人脈なのか、世界で使われつつあるのですね。

M:今後は技術開発の競争に加えて、どれだけ利用実績を積み重ねられるかの競争も激化します。

また、世界のグリーンマネーをどれだけ引きつけられるかも勝負のカギを握るでしょう。パタナは昨年末、米NPO団体VerraのVCS認証を取得しました。温室効果ガス削減量を認定し、それを取引するカーボン・クレジット市場が広がりつつありますが、VCS認証は60%以上のシェアを持っています。今年6月には米気候テック企業Patchが運営する市場で、パタナのカーボン・クレジットの販売も始まっています。

新たな技術の開発には資金が必要です。ベンチャーキャピタルから出資を募るだけではなく、カーボン・クレジット市場などGXを支える枠組みをうまく活用することも必要になるでしょう。

カーボン・クレジットには排出回避型(Avoidance Credit)、炭素除去型(Removal Credit)の2種類があることをご存知ですか?

前者は従来の手法と比べてどれだけ削減できたかを示すもの。パタナでいうと、既存の建築と比べてどれだけ排出量が少ないかで決まります。後者は実際に大気中の二酸化炭素を除去した量で決まります。将来的には炭素除去型しかカーボン・クレジットとして認めるべきではないという意見も有力です。パタナはこの両者のクレジットを獲得している点が強みです。

――日本企業は技術開発には熱心ですが、第三者を巻き込んで、その技術を普及させていくのは苦手という印象があります。普及のためには世界のグリーン技術支援の枠組みをいかにうまく活用できるかが重要なのですね。

M:ともあれ、この分野の新技術には大きな期待を持っています。環境を犠牲にしてでも発展を優先するのか、それとも発展をあきらめてサステナブルな世界を目指すのか。これまで突きつけられていた二者択一に、テクノロジーの力によって、環境と発展を両立させる、まったく新しい解決策が示される。それができれば本当にすばらしいことではないでしょうか。

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ジャーナリスト、千葉大学客員准教授。2008年北京五輪直前の「沸騰中国経済」にあてられ、中国経済にのめりこみ、企業、社会、在日中国人社会を中心に取材、執筆を仕事に。クローズアップ現代」「日曜討論」などテレビ出演多数。主な著書に『幸福な監視国家・中国』(NHK出版、梶谷懐氏との共著)、『プロトタイプシティ 深圳と世界的イノベーション』(KADOKAWA、高須正和氏との共編)で大平正芳記念賞特別賞を受賞。